85、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』の開発者
それから少し経ち、暑くない夏がやってきた。
ユフィラルフ魔導学院のあるグリーンロード領は、夏は暑く、冬は寒い。だけど今年は、いつまでも春のような気候が続いている。
これは異常なことだそうだ。
別の言い方をすれば、異常気象になることがわかっていたから、異世界人との交流……乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』を、昨年からプレオープンし、この秋の終わりから正式に始められるようにと、神託者達が準備をしてきたらしい。
私はこの世界に来てもうすぐ4年。『エリザの妹』は、夏の終わりで9歳になる。中身はアラサーだけどね。
◇◇◇
「みかんちゃん、りょうちゃん、待たせてごめん」
ユフィラルフ魔導学院の学生食堂の階段で、私達は待ち合わせをしていた。りょうちゃんは女装しているからか、学生達の注目を集めている。というか、りょうちゃんが食堂の中をジロジロと見回しているのよね。
これから、2階の冒険者ギルド出張所の会議室で、『フィールド&ハーツ』のユーザーミーティングがある。
「まだ、みっちょんが来てないから、大丈夫だよ」
時雨さんは慌てて来たのか、まだ息が整っていない。
「みっちょさんは、今日は無理って連絡があったよ。リゲルさん案件だと思う」
「なるほど、ね」
時雨さんも、みっちょんがリゲル・ザッハに夢中になっていることを知っている。ゲームでの推しキャラと会えたら、こうなるのも当然かな。
「みかんちゃんは、この半年で随分と変わったね」
「うん、背が伸びたよね」
身体的な特徴のことかと思って、そう答えたけど、ちょっと違うみたい。時雨さんは少し困った顔をしてる。
すると、食堂内をジロジロ見ていたりょうちゃんが、私に妖艶な笑みを向けた。
(悔しいけど色っぽいよね)
「時雨さんは、みかんちゃんに向けられる視線のことを言ってるんだと思うよ。みかんちゃんのクラスは、シャーマンだらけのクラスだからかな。怖がられてるね」
りょうちゃんには、ゲネト先生が策士だという話はしていたのに……あっ、時雨さんは知らないからかな。
「あー、うん。それより、いつまでここにいるの?」
「もう一人、待ち合わせをしているのよ」
(ん? 誰?)
時雨さんに視線を向けたけど、彼女も首を傾げている。
ユーザーミーティングに初参加する人なのかな。りょうちゃんのフレンドさんかも。
「待たせたかな。おや?」
聞き覚えのある声がした。その声には、とっても聞き覚えがある。うん、思いっきり聞き覚えがある。
私が振り向くと、私のクラスの担任がいた。さっきの、おや? は、私ではなく時雨さんに向けられたものらしい。
「まぁ! ゲネト先生。お久しぶりです。宿屋ホーレスのシグレニです」
時雨さんは、なぜか嬉しそうに、手を胸の前で合わせている。拝んでるの? まさかね。あっ、でも、シャーマンを聖職者のように扱う人も少なくないから、本当に拝んでいるのかも。
「キミは、この学校の卒業生だね? 俺の実習を受けたことがあるだろう? 試験は受けなかったかな」
(すごい記憶力ね)
「はい、ゲネト先生の実習は3回受けましたが、私には厳しかったので試験は諦めました。えっと、ミカンさんが確か……」
「あぁ、ミカンさんは、俺のクラスを仕切ってくれているよ。シャーマンだらけの中では、リーダーをシャーマンから選ぶわけにはいかないからな」
(ふぅん、まぁ、そうかもね)
シャーマン家って、なぜか、互いに対等でいることを大事にしているみたい。格差をつけると足を引っ張ろうとする人が少なくないためだと、レオナードくんが言っていた。互いに、幽霊合戦になるのかな? あまりにもホラーだよね。
でも、レオナードくんのトリッツ家は別格だと思う。ゲネト先生に家名はあるのかな? ゲネト先生は高位のシャーマンだから、やはり別格だと思うけど。
「ミカンさんなら、身分的にもリーダーに相応しいですね」
「あぁ、だが、シャーマン達は身分では抑えられないよ。圧倒的なチカラを示さないとね。ミカンさんのことは、組替えのときにリーダー候補として俺のクラスに取ったんだが、年齢が若すぎるから、最初は少し面倒だったよ」
(組替えのときから?)
初めから仕組まれていたってことは、やはり、ゲネト先生は策士だわ。そんなバランスを考えて組替えをしたのね。
時雨さんは、ゲネト先生の言葉に少し困ったみたい。助けを求めるように、私に視線を向けた。
これが教室の中なら、私は偉そうに反論したかもしれない。だけど、今は誰かにアピールする必要はないから、さすがに高位のシャーマンに対して、失礼なことは言えないな。
「とりあえず、上の会議室に移動しましょうか。ギルドマスターが早く来いと言っているよ」
りょうちゃんはそう言うと、なぜか私の手を掴んで階段をのぼり始める。一瞬、ドキッとしたけど、今のりょうちゃんは完璧な女装をしているから、変な反応はできない。
「あはは、リョウのそれは、ヤキモチか?」
ゲネト先生が変なことを言う。私が振り返ろうとすると、りょうちゃんに手を引っ張られた。
「ミカンさん、後ろを向いていると転びますよ?」
(私への呼び方が変わった)
「私、そんなに子供じゃないよ?」
そう反論してみたけど……これって、子供の反論よね。りょうちゃんは、妖艶な笑みを浮かべている。なんだか、いつもとは少し違うかも。ゲネト先生がいるからだよね。
◇◇◇
「やっと来たか。キミ達が一番最後だぞ」
冒険者ギルド奥の会議室の前では、ギルドマスターが腕を組んで待ち構えていた。
「ゲネトさんが遅刻したんですよ」
りょうちゃんは、いつもならこんなことは言わない。ゲネト先生とは、どういう関係なんだろう? 神託者同士で仲が悪いとか、あっ、この世界に害のある神託者……なわけはないか。もしそうなら、ゲネト先生をユーザーミーティングに招くわけがない。
「ふぅん、リョウの化粧に時間がかかったのかと思ったぜ。って、おい、その顔はやめろ。変な気分になるじゃねぇか」
りょうちゃんは、ギルドマスターをからかうように色っぽい表情を向けている。ギルドマスターは、いつまで経っても、りょうちゃんの女装にはドキドキしちゃうみたい。
会議室に入り、扉が閉まると、進行役の席にはなぜかゲネト先生が立った。
「俺は、『フィールド&ハーツ』の開発をしたゲネトだ。よろしく。今日は、追加の攻略対象の件で集まってもらった。立っている人は座ってくれ」
(開発者? ゲネト先生が?)




