83、春の始業式のピリピリ
「は? 何だと?」
レオナードくんは、新たなクラスメイトに鋭い視線を向けている。教室の中だということを忘れてないかな。
「ガキのくせに女のケツを追い回してるのか、って言ったんだよ。聞こえなかったのか?」
久しぶりに、私の左腕がズキンと痛んだ。私にも強い悪意を向けられているみたい。20代前半に見える彼としても、10歳のレオナードくんに席を退けと言われたことが、我慢できなかったのね。
秋から15組だった人達は、レオナードくんと彼の様子をヒヤヒヤしながらも注目しているようね。
廊下の方を見ても、まだ先生が来る気配はない。
「新入りが偉そうにするなよ!?」
「ふふん、女の前では、いい格好をしたいらしいが、あまりにも身の程知らずだぜ。クソガキ!」
一触即発な不穏すぎる雰囲気に、新たにこのクラスになった人達は、逃げ場を探すようにキョロキョロし始めた。
(仕方ないか)
私は、わざとガタンと大きな音を立てて、立ち上がった。その音に、元々15組だった人達が怯んだことが、他の人達に伝わっていく。
「ちょっとアナタ達! 始業式からつまらないケンカをしないでくださる!?」
私の言葉遣いがいつもと違うことで、レオナードくんはハッとしたみたい。だけど、新入りクラスメイトは、そんなレオナードくんに軽蔑するような視線を向けた。
「女が怒ったぞ? あはは、どうするんだ? クソガキ」
「なっ、何……クソッ」
レオナードくんは、挑発に乗りそうになりながらも、ギリギリ耐えている。だいぶ成長したよね。
私は、新入りクラスメイトの方に視線を向けた。すると彼は、両手を軽く挙げて降参するような仕草をしたけど、その顔は、私を侮辱する変顔をしていた。
あまりにも完成度の高い変顔に、思わず笑いそうになるのを必死にこらえる。彼はお笑い芸人じゃないんだから。侮辱されて、ヘラヘラするのはマズイ。
「アナタのお名前、もしくは呼称は?」
「は? 人にモノを尋ねるときは自分から名乗れや。チヤホヤされて育った貴族のお嬢ちゃんは、そんな常識も知らないのか?」
(やはり、そうくるよね)
予想した通りの反応に、思わず吹き出しそうになる。中身年齢アラサーの私から見たら、生意気な社会人1年生に見えるんだけど。
「そう。それが常識だとおっしゃるなら、アナタは王家の方なのね? 失礼いたしましたわ。私は、ミカン・ダークロードと申します」
私はそう言って、かしずき、騎士風の挨拶をしておいた。サラから、高貴な人と会ったときにする挨拶として教えられたものだ。
そして私が立ち上がると……その彼は、表情を引きつらせていた。口をパクパクしているけど、声が出ないみたい。
(さぁ、どう出てくるかしら?)
私に正式な騎士風の挨拶をさせておいて、王族ではありませんとは言えないよね。彼は、その横暴な態度から考えて、王家の血を引く貴族なのかもしれない。もしかしたら、本当に王族かもね。
ガラッと教室の扉が開いた。
「なんだ? この雰囲気は。適当に近い席に座れ」
(先生が来ちゃった)
私は、一番前の真ん中の席に座る。すると、レオナードくんは軽くため息をつき、私の後ろの席に座った。
「おい、立ってる奴、近くの席に座れと言っただろ」
ゲネト先生の不快な声だ。また、何かの術を乗せているみたい。振り返ってみると、さっき言い争いをした彼は、ガクガクと震えながら、近くの席に座った。
この術を初めて受けると、メンタルに深く突き刺さるのだと、以前レオナードくんが言ってたっけ。私には、精霊ノキがいるから効かないけど。
「春の始業式も、また乱戦が必要か?」
ゲネト先生の視線は、私の頭上を越えていく。一番前の真ん中の席って、先生の死角になっているのかも。
卒業できなかった旧3年生のひとりが口を開く。
「先生、もうあれは勘弁してください。あのときのミカンさんは、本気で戦ってなかった。今、乱戦なんかしたら、全員が一瞬で場外ですよ」
(大げさね)
たぶん彼は、乱戦が嫌いなだけだと思う。春に卒業できなかった人達は、ゲネト先生の実習でマイナスが付かないように必死なのね。
「ミカンさんは、クラスメイトが相手なら手加減するはずだ。冬の魔術実習では、手加減をしなかったようだが」
(ん? 何のこと?)
私が首を傾げていると、ゲネト先生はニヤッと笑った。
「俺も見てみたいと思っていたところだ。ちょっと乱戦をやるか。ただし、ミカンさんには剣の使用は禁じる。これなら、大丈夫だろ」
(私に、何かを言わせたいのかな)
私は、仕方なく立ち上がる。
「先生、せっかく私を恐れる人が減ったのに、変なことを言わないでください」
私が反論すると、ゲネト先生はとても上機嫌になったみたい。彼が想像した通りの反論だったようね。
「異世界人が噂する『小さな悪魔』って、ミカンさんのことだろう? ミカンさんが草原の監視に行くと、異世界人達はおとなしいらしいね」
(へ? なぜ、バレてる?)
もしかすると……いや、もしかしなくても、ゲネト先生は神託者なのね。こんなに有能なシャーマンが、神託者じゃないわけがない。それにユフィラルフ魔導学院は、神託者を目指す人が多く通う学校だ。
「先生、それは個人情報ですわ。そんなことより、早くホームルームを始めていただけませんか」
「ふっふっ、残念だな。俺の術をどこまで打ち破るのか、実験してみたかったのだが」
(はぁ、もう……)
ゲネト先生が変なことを言うから、クラスの雰囲気がガラッと変わった。新たなクラスメイトから過剰に恐れられている。
私は、先生の言葉をスルーして、席に座った。
(あっ、しまった)
ここは、そんなことないですよ〜と言うべきだったのかも。私が、高位の有能なシャーマンであるゲネト先生を無視したみたいになってしまった。教室内の空気感が、より一層ピリピリとしている。
「新入りから、自己紹介だ」
先生がそう言うと、新たなクラスメイトが端から順に自己紹介をしていく。そして、例の彼の順番になると……。
「俺は、タイタンだ。Aランク冒険者。家は商人をしている。いま話題になっているメラミンスポンジを取り扱う唯一の商家、サンサン屋だ」
(えっ? この人が噂の不良少年?)
「王族じゃないのかよ。ミカンに挨拶させたくせに」
レオナードくんが先生の前で、言っちゃったよ……。




