表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/196

83、春の始業式のピリピリ

「は? 何だと?」


 レオナードくんは、新たなクラスメイトに鋭い視線を向けている。教室の中だということを忘れてないかな。


「ガキのくせに女のケツを追い回してるのか、って言ったんだよ。聞こえなかったのか?」


 久しぶりに、私の左腕がズキンと痛んだ。私にも強い悪意を向けられているみたい。20代前半に見える彼としても、10歳のレオナードくんに席を退けと言われたことが、我慢できなかったのね。


 秋から15組だった人達は、レオナードくんと彼の様子をヒヤヒヤしながらも注目しているようね。


 廊下の方を見ても、まだ先生が来る気配はない。



「新入りが偉そうにするなよ!?」


「ふふん、女の前では、いい格好をしたいらしいが、あまりにも身の程知らずだぜ。クソガキ!」


 一触即発な不穏すぎる雰囲気に、新たにこのクラスになった人達は、逃げ場を探すようにキョロキョロし始めた。


(仕方ないか)



 私は、わざとガタンと大きな音を立てて、立ち上がった。その音に、元々15組だった人達が怯んだことが、他の人達に伝わっていく。


「ちょっとアナタ達! 始業式からつまらないケンカをしないでくださる!?」


 私の言葉遣いがいつもと違うことで、レオナードくんはハッとしたみたい。だけど、新入りクラスメイトは、そんなレオナードくんに軽蔑するような視線を向けた。


「女が怒ったぞ? あはは、どうするんだ? クソガキ」


「なっ、何……クソッ」


 レオナードくんは、挑発に乗りそうになりながらも、ギリギリ耐えている。だいぶ成長したよね。



 私は、新入りクラスメイトの方に視線を向けた。すると彼は、両手を軽く挙げて降参するような仕草をしたけど、その顔は、私を侮辱する変顔をしていた。


 あまりにも完成度の高い変顔に、思わず笑いそうになるのを必死にこらえる。彼はお笑い芸人じゃないんだから。侮辱されて、ヘラヘラするのはマズイ。



「アナタのお名前、もしくは呼称は?」


「は? 人にモノを尋ねるときは自分から名乗れや。チヤホヤされて育った貴族のお嬢ちゃんは、そんな常識も知らないのか?」


(やはり、そうくるよね)


 予想した通りの反応に、思わず吹き出しそうになる。中身年齢アラサーの私から見たら、生意気な社会人1年生に見えるんだけど。


「そう。それが常識だとおっしゃるなら、アナタは王家の方なのね? 失礼いたしましたわ。私は、ミカン・ダークロードと申します」


 私はそう言って、かしずき、騎士風の挨拶をしておいた。サラから、高貴な人と会ったときにする挨拶として教えられたものだ。


 そして私が立ち上がると……その彼は、表情を引きつらせていた。口をパクパクしているけど、声が出ないみたい。


(さぁ、どう出てくるかしら?)


 私に正式な騎士風の挨拶をさせておいて、王族ではありませんとは言えないよね。彼は、その横暴な態度から考えて、王家の血を引く貴族なのかもしれない。もしかしたら、本当に王族かもね。




 ガラッと教室の扉が開いた。


「なんだ? この雰囲気は。適当に近い席に座れ」


(先生が来ちゃった)


 私は、一番前の真ん中の席に座る。すると、レオナードくんは軽くため息をつき、私の後ろの席に座った。


「おい、立ってる奴、近くの席に座れと言っただろ」


 ゲネト先生の不快な声だ。また、何かの術を乗せているみたい。振り返ってみると、さっき言い争いをした彼は、ガクガクと震えながら、近くの席に座った。


 この術を初めて受けると、メンタルに深く突き刺さるのだと、以前レオナードくんが言ってたっけ。私には、精霊ノキがいるから効かないけど。



「春の始業式も、また乱戦が必要か?」


 ゲネト先生の視線は、私の頭上を越えていく。一番前の真ん中の席って、先生の死角になっているのかも。


 卒業できなかった旧3年生のひとりが口を開く。


「先生、もうあれは勘弁してください。あのときのミカンさんは、本気で戦ってなかった。今、乱戦なんかしたら、全員が一瞬で場外ですよ」


(大げさね)


 たぶん彼は、乱戦が嫌いなだけだと思う。春に卒業できなかった人達は、ゲネト先生の実習でマイナスが付かないように必死なのね。


「ミカンさんは、クラスメイトが相手なら手加減するはずだ。冬の魔術実習では、手加減をしなかったようだが」


(ん? 何のこと?)


 私が首を傾げていると、ゲネト先生はニヤッと笑った。



「俺も見てみたいと思っていたところだ。ちょっと乱戦をやるか。ただし、ミカンさんには剣の使用は禁じる。これなら、大丈夫だろ」


(私に、何かを言わせたいのかな)


 私は、仕方なく立ち上がる。


「先生、せっかく私を恐れる人が減ったのに、変なことを言わないでください」


 私が反論すると、ゲネト先生はとても上機嫌になったみたい。彼が想像した通りの反論だったようね。


「異世界人が噂する『小さな悪魔』って、ミカンさんのことだろう? ミカンさんが草原の監視に行くと、異世界人達はおとなしいらしいね」


(へ? なぜ、バレてる?)


 もしかすると……いや、もしかしなくても、ゲネト先生は神託者なのね。こんなに有能なシャーマンが、神託者じゃないわけがない。それにユフィラルフ魔導学院は、神託者を目指す人が多く通う学校だ。


「先生、それは個人情報ですわ。そんなことより、早くホームルームを始めていただけませんか」


「ふっふっ、残念だな。俺の術をどこまで打ち破るのか、実験してみたかったのだが」


(はぁ、もう……)


 ゲネト先生が変なことを言うから、クラスの雰囲気がガラッと変わった。新たなクラスメイトから過剰に恐れられている。


 私は、先生の言葉をスルーして、席に座った。


(あっ、しまった)


 ここは、そんなことないですよ〜と言うべきだったのかも。私が、高位の有能なシャーマンであるゲネト先生を無視したみたいになってしまった。教室内の空気感が、より一層ピリピリとしている。




「新入りから、自己紹介だ」


 先生がそう言うと、新たなクラスメイトが端から順に自己紹介をしていく。そして、例の彼の順番になると……。



「俺は、タイタンだ。Aランク冒険者。家は商人をしている。いま話題になっているメラミンスポンジを取り扱う唯一の商家、サンサン屋だ」


(えっ? この人が噂の不良少年?)


「王族じゃないのかよ。ミカンに挨拶させたくせに」


 レオナードくんが先生の前で、言っちゃったよ……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ