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80、ミカン、悪役令嬢顔ではないことに気付く

「メラミンスポンジ? メラミンとは誰だ?」


 ギルドマスターが真顔で変な質問をしてくるから、私は思わず、吹き出しそうになった。いや、ぷぷっと発してしまったかもしれない。


「人名ではなくて……というか名前の起源は私も知らないんですけど、これに少し水を含ませれば、鏡を磨けるんですよ」


「水はあまり吸収しないぞ?」


「保水力は不要です。実演しないとわからないですよね。とりあえずカットしたいから、ナイフか何かを貸してください」


「切れ味の悪い短剣ならあるぞ。ギルド内では、これ以上の長さの剣を抜くことは禁じてるからな」


「食事用のナイフでも切れるので、もちろん大丈夫ですよ」


 私は借りた短剣で、巨大すぎるメラミンスポンジを、スーッと適当な大きさに切っていく。風魔法を使えば、適当な大きさに切り刻めそうだけど、ここは冒険者ギルドの催事スペースだから、魔法は禁止だもんね。


 あまり細かくするのは面倒だから、雑誌くらいの大きさにカットした。床には白いクッションが無造作にとっ散らかっているように見える。



「ギルドマスター、鏡はないですか?」


「あぁ? まぁ、3階にはあるぜ」


「じゃあ、短剣は一旦お返しします。私は魔法袋を持ってないので、ここはあとで片付けますから、しばし放置でいいですか?」


 私がギルドマスターにそう尋ねたとき、カノンさんの小声が聞こえた。何を言ったか聞こえなかったけど、彼は手に簡易魔法袋を持っている。


「カノンさんが片付けてくれるの?」


 彼は、無言で何度も頷いている。


「ありがとう。じゃあ、お願いします」


 私がそう言った瞬間、カノンさんはもう、散らかっていた大量のメラミンスポンジを収納して、その簡易魔法袋を私に差し出した。


(どうしようかな?)


 彼は目が泳いでいるし、とてもビクビクしてる。今の彼は、現地人のカノンさんだっけ。


「カノンさんが装備してくれると助かります。役に立ちそうだと思ったら、同じクラスの人に配ってほしいの。私は新入生だから、ちょっとね」


(あっ、疑いの眼だ)


 確かに今の言い方は失敗したかな。何の損得もなく、ただ配るということは、私が何かを企んでいると思うよね。



「カノン、とりあえずおまえが装備しておけ。ミカンさんの魔力量が、おまえより多いとは思えん」


 ギルドマスターがそう言うと、カノンさんは聞こえないほどの小声で返事をしたみたい。口が少し動いた後、彼は魔法袋を装備した。そして、なぜか目を見開いている。


「あっ、あの! なぜ重量がほぼゼロなのでしょうか。消滅したのかもしれません」


「カノン、それなら、一つ出してみればいいだろ」


 ギルドマスターがそう言った瞬間、カノンさんの手には、メラミンスポンジが握られていた。微かに、軽い、と言ったような気がする。


 魔法袋は、収納できる量は重さで決まるから、メラミンスポンジなら小容量の魔法袋でも、たくさん入れられるよね。




 ◇◇◇



 階段を降りると、3階の受付カウンター前には、たくさんの人がいた。今日は始業式だったから、何もないはずなのにな。


「ギルドマスター、すごい人ですね」


「あぁ、ユフィラルフ魔導学院だけじゃないが、この秋から、学年制が実力制に変わっただろ? 次の春のクラス替えでは、冒険者ランクも考慮されるらしいからな」


(だから、混んでるのね)


「ギルドマスターがここに来られたのは、お手伝いですか?」


 私がそう尋ねると、彼はカノンさんの方をチラッと見た。


「稼働させてない転移魔法陣に到着するのは、大抵の場合は、魔物だからな。緊急要請を受けた。まぁ、学生二人で良かったよ」


(そういうことか)


 ギルドマスターって、ほんと大変そう。




「鏡は、これでいいか?」


 事務所の方へ誘導され、ギルドマスターが指差した物は、真っ黒なススがべっとりとこびり付いたような、壁に貼られた大きな板だった。


「これは鏡ですか?」


「あぁ、そのはずだ。黒曜石は使ってない安物だから、もう寿命だろ」


「磨いてみますね。床が少し濡れても大丈夫ですか?」


「あぁ、カノンが乾かす」


 ギルドマスターは、カノンさんのチカラを信頼してるみたい。振り返ってみると、カノンさんは何度も頷いてくれた。


「じゃあ、磨いてみます」



 私は、雑誌サイズの大きすぎるメラミンスポンジに、水魔法で水を含ませた。


(魔法って便利!)


 そして、真っ黒でべっとりした板に当てて、スーッと横に動かす。すると、その板に、私のおでこが映った。100円ショップのメラミンスポンジとは違いすぎる高性能だ。


 さらに水魔法で水を含ませて、スーッ、スーッと軽く撫でるだけで、黒い板は、普通の鏡になった。


(くぅ〜、気持ちいい!)


 私って、こんな顔をしてたんだ。


 エリザに似た顔だから、予想以上に可愛いけど……悪役令嬢顔ではない。まだ8歳児だからか、ぽわんとした顔をしてる。これはマズイわね。表情に気をつけないと。



「ミカンさん、これは一体、何ですか!?」


 突然、カノンさんの口調が変わった。今のカノンさんは、転生者かな? 私達とは別の世界から来た異世界人。


「スポンジの木の古枝だよ。これで鏡を磨くと綺麗になるでしょ? 他にも、硬い金属や陶器に使えるよ。柔らかいものを磨くと傷がつくんだけど」


「じゃあ、剣や防具にも……」


 カノンさんがそう言いかけたときにはもうギルドマスターが、カノンさんが持っていたメラミンスポンジを奪い、水魔法でビチャビチャにして、さっきの短剣の刃にスーッと当てた。


(おぉ! 一瞬でピカピカね)


 ギルドマスターは、短剣だけでは信じられないのか、鞘や金属の棚など、あちこち磨き始めた。そして、彼の表情に笑みが浮かんでくる。


 メラミンスポンジは両面が汚れると、パッと消えた。勝手にマナに分解されるみたい。便利ね。



「ミカンさん、スポンジの木の古枝は、まだあるか?」


 ギルドマスターは、目をギラギラさせてる。そんなに気に入ったのね。


「たくさんありますよ。出しましょうか?」


「あぁ、ギルドとして買い取る。これは凄い! 相性の良さそうな物には、スポンジの木の加護まで備わっているようだ」


(加護? 精霊ノキの加護?)


「じゃあ、出しますね」


 そう言うと同時に、枯れたえのき茸が、ドバッと押し出されるように生えてきた。ノキが、一気に出してきたわね。私の左腕は、大量の黒っぽい竹串が刺さったみたいになってる。



 ポキ、ぽんっ

 ポキ、ぽんっ

 ポキポキ、ぽぽぽんっ


「ちょっと待て、ミカン……」


(あれ? ギルドマスターがいない)



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