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8、宿屋ホーレスにて

「エリザ様、もう日が暮れます。屋敷に戻る方が……」


 馬車に戻ると、護衛の騎士がそう指摘した。空は厚い雲で覆われている。そろそろ帰らないと寒い夜になりそうね。


「は? 日が暮れるから何なの? グリーンロード領内を走り切るクリスタルは残ってないわ。ミカンの初ミッションを兼ねて、マナの花を採りにいくわよ」


「いや、ですがエリザ様、屋敷に戻る時間が遅くなります。ミカン様は、最近、何者かに狙われていますから」


(狙われてるって、気づいてるのね)


「ロイン! ミカンの前で、不安を煽るようなことを言わないでちょうだい」


「たぶんミカン様は、まだ大人の話を半分も理解されてないかと……」


(普通はそうよね。5歳になったばかりだもの)


「私の妹がバカだと言っているの!?」


「いえ、決して……」


 エリザの殺気すら感じさせる鋭い睨みに、護衛の騎士達も口を閉ざす。


(どうしよう……)



 彼女は、護衛の騎士の進言を聞く気はなさそうだ。だけど、確かに帰りが夜遅くなるのはマズイと思う。


(試してみようかな)


 彼女は、妹が言うことには耳を傾けるはず。マナの花が雑貨屋に売っているなら、買ってすぐに屋敷に戻ってくれるかな。雑貨屋なら、馬車置き場付近には必ずあるもの。



「あたし、ねむくなりました」


 私は右手で目をこすってみせる。左手はがっちり固定されていて、動かせない。


「大変だわ! 今日は、名前を授かって疲れちゃったわね。すぐに宿を探しましょう」


(なぜそうなる?)


「ばしゃで、かえりたいの」


「それはダメよ、ミカン。途中でクリスタルが切れるわ。ガタガタしたら、ミカンの左腕に悪い影響が出るの。グリーンロードの雑貨屋のマナの花なんて、保管状態が悪いから使えない。ギルドに品がないなら、採りにいくしかないのよ」


「うーん?」


 私は話がわからないフリをする。普通の5歳児だと思わせておく方がいいと直感した。


(私の作戦は失敗ね。エリザは頑固だわ)



 しかし、5歳になったばかりとはいえ、言葉があまり上手く話せないな。なんだか舌が重いというか違和感がある。


 私は、さっきの眠いという芝居が嘘だとバレないように、ふわぁっとあくびをしておく。


「きゃ〜、ミカン、かわいい〜。眠いミカンって、とってもかわいいわ〜」


 また、きゅーっと抱きしめられる私。



「エリザ様、それでしたら、少し格は落ちますがホーレスはいかがでしょう? 上位冒険者が利用する宿ですし、ここから一番近いです」


「そうね、ホーレスなら悪くないわね。私はミカンと同室、貴方達は自由にして構わないわ」


「では空きがあれば、護衛のため、隣の部屋を取ります。同格の部屋を使うことをお許しください」


 そう言うと、護衛の一人が宿屋のある方へと走り去った。あの人は、ロインさんだっけ。エリザに進言できるくらいだから、きっと信頼されてるのね。


(懐かしいな、宿屋ホーレスかぁ)



 宿屋ホーレスは、グリーンロードの街では一番大きな宿屋だ。確か、レベル50以上にならないと泊まれなかったっけ。料金もかなり高かったと思う。だけど宿屋ホーレスの酒場では、有益な情報が得られるのよね。


 乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』の中では、レベル制限をしている場所が少なくない。これは、初心者ユーザーには情報が逆に危険になるためだと、フレンドさんの誰かが教えてくれたっけ。


 だいぶ前に引退した情報通な……うーん……あっ! 時雨しぐれさんだ! 確か1年くらいで引退したけど、有名人だった。イベントでは、いつも上位にランクインしてた凄い人なのよね。




 ◇◇◇



「ミカン、私はお父様に宿泊の連絡をしてくるわ。ロイン、私が戻るまで扉の護衛をしなさい」


 部屋に案内されると、エリザは私をソファに座らせ、すぐに部屋から出て行こうとした。どこまで行くのだろう? この世界に電話はないよね。


「おねえちゃま……」


「すぐに戻るわ。扉の外にはロインが立つから、心配しなくても大丈夫よ」


(別に怖いわけじゃないよ?)


 私は狙われているみたいだけど、宿屋ホーレスの最上階の部屋が襲撃されるとは思えない。ゲームと同じなら、大きな宿屋の最上階は貴族専用になっているはず。だから、防犯対策は完璧だと思う。



「あの、お嬢様。もしよろしければ、私がいましょうか? 私は、宿屋の娘シグレニと申します」


(しぐれ煮? 変な名前ね。ユーザーかな?)


 部屋に案内してくれた10代半ばくらいに見える女の子が、彼女に何かを見せている。名前を記載したカードかな。


「あら、貴女は冒険者なのね。13歳ということは学生かしら?」


「はい、ユフィラルフ魔導学院の2年生です」


「まぁっ! 宿屋のお嬢さんが高度な魔法を学ぶの?」


「いえ、当宿は冒険者が多いので、魔法を学んでおくと役に立つかと思いまして。ユフィラルフ魔導学院は、この宿から一番近い魔術学校なので、特別枠で入学させてもらいました」


「しっかりしてるのね。私も、その学校に転校する予定なの。学年も同じになるわね。よろしくお願いしますわ」


「ええっ!? は、はい。よろしくお願いします」


「じゃあ、ミカンのことは頼むわね。わかっていると思うけど、もしミカンに変なことをしたら、貴女だけじゃなく、宿の者を全員叩き斬るわよ?」


「ひっ、何もいたしませんから、ご安心ください」


 エリザは、宿屋の娘に鋭い視線を向けた後、私に優しい微笑みを見せて、部屋から出ていった。




 しばらく、シーンと沈黙の時間が流れた。


(気まずいな)


 さっき、エリザがあんなことを言ったためか、シグレニさんはガチガチに緊張しているように見える。


 シグレニという名前は、ゲームの登場人物には出てこなかったし、明らかにユーザーっぽい。名前を授かるときに、私と同じく記憶を維持したかはわからないけど。


 私は、重苦しい空気感に耐えられなくなってきた。エリザがいつも賑やかだからか、静かすぎる環境は、私を不安にさせる。


 だけど、ユーザーなのかと尋ねるのもマズイかな。この世界にゲームユーザーが転生してきたことは、元々の住人には知られてはいけないような気がする。


(あっ、そうだ!)



「あの、やどやのおねえさん……」


「はい! お嬢様、どうされましたか」


「ファイって、みたことある?」



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