72、レオナードくんは先輩と呼ばれたい
それから数日ほど、りょうちゃんと一緒に草原の監視に行く日々を送った。
特に事件もなく、花畑の高台で私達はのんびりと過ごしていた。あっ、りょうちゃんは物語を描いていたみたいだけど。
お隣りさんだからというのもあって、彼は部屋に迎えに来てくれて、草原の監視が終わると送り届けてくれる。そして、侍女が用意した晩ごはんを、私の部屋のリビングで食べて帰っていくのが日課になっていた。
使用人達は、ゲームのことを知らない。だから、私がりょうちゃんと親しくなったことを喜び、あの青いワンピースの効果だと思っているみたい。
スポンジの木の枝から生まれた精霊ノキは、私が呼ばないと出てこない。食事やお世話の心配をしていたけど、特に何もする必要がないようだ。あと、透明なえのき茸が左腕から生えているときは、ノキがお出掛け中の合図みたい。
そして、ユフィラルフ魔導学院魔術科の入学式の日がやってきた。私が、悪役令嬢を演じ始める日だ。
◇◇◇
「新入生の皆さん、ユフィラルフ魔導学院へようこそ」
(また、あの先生だ)
初等科の始業式の日に長い話をしていた先生。魔術科の入学式でも、あの先生が挨拶するのかぁ。
私がゲンナリしていると、肩を叩く人がいた。
振り返ってみると、黒く光るローブを身につけたレオナードくんがいた。そして私の座る長椅子に座ってきた。
そういえば、『フィールド&ハーツ』の10周年で、新たに追加される物語の攻略対象3人のうちの1人が、レオナード・トリッツだったよね。
「ミカン、ちゃんと話を聞いておけよ?」
(それなら、しゃべりかけてこないでよ)
「レオナードくんは、入学式の手伝い?」
「俺は、3年生だぜ? 1年生のくせに俺のことを、くん呼びするなよ」
(ふふっ、微妙なお年頃なのね)
「じゃあ、レオナード先輩?」
私がそう言うと、レオナードくんはパッと赤くなった。なぜ照れたのか理解できないけど、そういうお年頃なのかな。
「お、おう! いいな、それ」
「学年が2つ上かぁ。レオナードくんは、私より2つ年上だから、ちょうど合ってるね」
「確かにミカンは俺より2つチビだからな。って、おい! また、くん呼びしてるぞ!」
レオナードくんの声が大きくなり、並んでいた先生達の視線を集めている。挨拶をしている先生には聞こえてないみたいだけど。
「魔術科の3年生。お静かに」
「なっ? す、すみません」
見たことのない先生が、すぐそばに転移してきて、レオナードくんに注意をした。そして、すぐにスッと消えたかと思うと、並んでいる先生達の列に戻った。
叱られたレオナードくんは、複雑な顔をしてる。でも、彼が3年生だと把握しているなんて、すごいな。
ぐるりと見渡してみると、初等科とは比べ物にならないほど、大勢の学生がいる。新入生は、肩に目印の羽根みたいなものを付けているけど、何人いるか数えられない。
「レオナードくん、魔術科って、こんなにたくさんの新入生がいるんだね。びっくりしたよ」
「ミカン、おま……。はぁ、あぁ、そうだな。俺も正直、驚いたぜ。魔術科は初等科とは違って、春と秋しか入学できないのもあるかもしれないけどな」
「ふぅん、レオナードくんの時より多いのかな?」
「あぁ、俺のときはミカンも手伝いをしていたから、知ってるだろ。しかし、結構年齢もバラバラだよな」
確かに、入学式の手伝いはしてたけど、式の様子は見てなかったんだけどな。
先生の挨拶がつまらないから、初等科から魔導科に進学した人達は、みんなキョロキョロしている。他からユフィラルフ魔導学院へ来た人は、緊張してガチガチみたいだけど。
「レオナードくんは、入学式の手伝いじゃなくて、もしかして参加してるの? 手伝いなら挨拶は聞かないよね?」
「あぁ、俺は、参加というかスカウトだな」
「スカウト? 新入生を?」
そう尋ねると、レオナードくんは私に魔道具を見せてきた。写真のように記憶させる魔道具ね。綺麗な建物が写っている。
「異世界人との交流が始まっただろ? 来年から、異世界人も通う総合学校を王都につくるらしいぜ。それに合わせて、この秋から、どこの学校も大きく変革されるんだ」
「ふぅん、王都って、行ったことないよ」
「ミカンも参加するだろ?」
「何に参加? 異世界人との交流の監視委員会なら、もう参加してるよ?」
「それとは別だ。この学校に通うだろ?」
レオナードくんの話は、わかりにくい。あぁ、そっか。彼は何かのシャーマンの術を発動して、私への説明を省略しているのね。精霊ノキが、すべてブロックしているみたい。
「レオナードくん、何のことかわかんない」
「のわっ? あっ、そうか。ミカンにはスポンジの木が……あれ? 左腕に包帯はしてないのか?」
(へぇ、すごい)
長袖を着ているのに、レオナードくんには包帯がないことが見えるみたい。
「うん、もう問題ないからね。でも消えたわけじゃないんだよ」
「確かに何かが居るな。守護精霊が生まれたのか?」
「さすがだね、レオナード先輩」
私がそう言うと、レオナードくんはまた顔を真っ赤に染めた。先輩という単語に照れてるみたい。
『皆さん、雑談はやめて注目してください』
(ひゃっ、先生が怒った?)
直接頭に響く声だけど、精霊ノキの声とは違った響きだ。なんというか、強い不快感を伴う声。レオナードくんが、シーッと合図をしてきた。ここで声を発するとマズイみたい。
何人かが頭を抱えた。しゃべると、頭をガツンと殴られるような衝撃を受けるのかな。
(魔術科の先生ってコワイ)
「この秋より、ユフィラルフ魔導学院も大幅に体制を変更します。これまでは5年生までの学年制でしたが、これを撤廃します。学年に関係なく、実力に応じてクラス分けを行います。そして1年後、下位クラスの学生には、王都に新設される総合学校へ強制的に転校してもらいます」
(下位クラスが転校なの?)
この話を聞いた学生達は、とんでもない騒ぎになっていた。レオナードくんは呆然としている。
「レオナードくん、新設される学校って、さっきの話?」
「あぁ、俺が聞いていた話とは違う。下位クラスが転校だなんて……やべぇ。俺、その学校に転校が決まってるんだ」
「ひゃ、転校しにくいね」
「あぁ、クソッ、ふざけやがって」
レオナードくんはガクリと肩を落としていた。たぶん、物語の攻略対象や登場人物は、新設の学校に集められるんだろうけど……。
その後、新入生は杖をもらって、入学式は終了した。




