71、三人とも気になるミカン
「草原の様子を見に行ってたの?」
りょうちゃんが、紅茶をマグカップに注ぐのを待って、私は声を掛けた。ふわもこの精霊ノキが生まれて驚いていたけど、少し落ち着いたみたい。ノキがどこかに出掛けたからかな。
「うん、境界を越えたユーザーを草原に戻してきたよ。高台の方の空が急に光ったから焦ったよ」
「りょうちゃんは神託者さんだから、キラキラが見えたんだね」
「いや、私だけではないよ。ほとんどの冒険者は気付いたんじゃないかな。ゲームユーザーには見えてなかったみたいだけどね」
「そっか、強い光だったもんね」
「あぁ、はぁ、みかんちゃんが無事でよかった」
そう言ったりょうちゃんの顔は、本当に私を心配してくれていたのだとわかった。彼は紅茶を一気に飲み干して、ホーッと息を吐いた。
(でも、ちょっと心配しすぎかも)
これは、きっと私に原因があるよね。私が、弱い子供だからだと思う。これがエリザなら、きっと誰も心配しない。彼女には、凛とした強さがあるもの。
こんな私に、悪役令嬢を演じることなんて、できるのかな。りょうちゃんが物語を描くみたいだけど、絶対に難しいよね。
(あっ、あれって何だったのかな)
「変なユーザーがいないのは私のおかげって言ってたけど、あれは何だったの?」
私がそう尋ねると、りょうちゃんの表情はガラリと変わった。彼は、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
「ふふっ、『小さな悪魔』の目撃情報が、ゲーム内チャットで話題になっていたみたいだよ。今のレベルで遭遇すると絶対に戦闘不能になるって。レベル100は必要だとか」
「何? そのレアキャラみたいなのって」
(なんだか嫌な予感がする)
「みかんちゃんのことだよ。『小さな悪魔』は魔導士だとも書いてあったかな? あと、私のことを目印のように書かれていたよ」
「ん? りょうちゃんは、あのとき女装してたよね?」
「そうだね。『小さな悪魔』は背の高いモブ女と一緒にいるって書いてあったかな。モブって何だろう?」
「私もよくわからないけど、背景のような脇役の人達のことだと思うよ。でも、『小さな悪魔』って、どこかで見たことあるような気がする」
私が前世の記憶を探っていると、りょうちゃんは魔道具らしきものを操作し始めた。そして、パァッと明るい表情を見せた。何かを見つけたみたい。
(ふふっ、なんだかかわいい)
「みかんちゃん、これのことかな?」
りょうちゃんが見せてくれたのは、過去の私達のチャット画面だ。オープンチャットで、りょうちゃんと私と、あと数人のユーザー達で話している記録。攻略情報の件でのやり取りね。全部記録されてたんだ。
「そうだよ、これこれ。やはり『小さな悪魔』って言葉を使ってる。ベルメの海岸付近に現れるモンスターのことだよ」
「似たような表現は、みかんちゃん以外のフレンドさんからも出ていたよ。そっか、これはベルメの海か」
りょうちゃんは、目を輝かせている。
「もしかして、10周年の何かを思いついた?」
「さすが、みかんちゃんだね。うん、これは使える。上手く繋げられそうだ。精霊ノキも登場させていいかな?」
「へ? えーっと、本人はお出掛け中だよ? 物語は神託者さんの創作物だから、構わないんじゃない?」
私がそう答えると、彼は子供のような純朴な笑みを浮かべた。なんだかワクワクしてるみたい。
「精霊ノキは、きっと守護精霊としては最強だよ。だから、みかんちゃんに危害が及びそうになると、必ず助けに現れる。いろいろな姿に変化できるという設定にすれば、目撃情報との矛盾も起こらない」
「あっ、そっか。プレオープンで私が目立つことをしちゃったから……」
「ふふっ、過去と噛み合わない部分は、精霊ノキでしたってことにしてみるよ。あっ、でも、そうか、うん」
りょうちゃんは私の前で、百面相してる。物語を頭の中で組み立てているのかな。
私は、彼が魔道具を使って必死に何かをしている顔を、ぼんやりと眺めていた。花畑の高台は空気が澄んでいて、気候もちょうどいい。
穏やかな時間が流れていく。
(いいな、こういうのって)
りょうちゃんと一緒にいると、とても穏やかな気持ちになるし、何より居心地がいい。
(私は誰が一番好きなのかな)
自分で自分に問いかける。
高校生になる直前だっけ。目をつぶり、一番最初に思い浮かんだ人が本命だと友達が言っていたことを思い出した。あのときも、私は二人の男子が気になってたな。結局どちらにも、気持ちは伝えなかったけど。
私は、そっと目を閉じてみる。そして、一番最初に思い浮かんだ人は……。
(ダメだな、これ)
レグルス先生とイチニーさんとりょうちゃんが、同時に出てきちゃった。
レグルス先生は、カッコいいメガネ男子だから、見た目は一番好きかな。でも、3人の中で一番年上だし、先生と生徒というだけで、私はそもそも相手にされてない。
イチニーさんは、ちょっとチャラいけど、私のことを必死に守ってくれたし、彼も私に好意を持ってくれていると思う。恋人同士で持つことが流行っているという巻き貝は、彼が今でも私のことを想ってくれている証だとも思う。だけど、彼は平民なのよね。私は身分差なんて気にしないけど、ダークロード家は……許さないよね。
りょうちゃんは、ゲームのフレンドさんだったから一番付き合いが長い。だから何でも遠慮なく話せるし、とても居心地がいい。でも、彼は、亡くした奥さんのことで心に傷を負っているから……当分、恋愛なんかしないよね。それに、王家の家庭教師をするほどの学者さんなんだから、きっと、とんでもない数の候補者がいるはず。
(はぁ、私ってば、何を考えてるんだろう)
顔をあげると、りょうちゃんとバチッと目が合った。
「ひぇっ、りょうちゃん、何?」
「ふふっ、何か、みかんちゃんが百面相してるなって思って。かわいいから見てた」
「ふぇっ? 百面相してたのは、りょうちゃんの方じゃない」
「あぁ、物語はだいたい描けたよ。エリザが剣士だから、みかんちゃんは魔導士にしてみた」
「へ? ダークロード家は騎士貴族だよ?」
「騎士貴族の家に魔法が得意な人がいても、おかしくないでしょう? 物語は、わかりやすい対比が必要なんだよ」
「な、なるほど」
「あっ、みかんちゃんは、学校でも悪役令嬢でよろしく」
「へ? どうして?」
「現地人は、ゲームを知らないし悪役という概念もない。ベルメに学生達を集めるけど、そこでいきなり態度を変えるのもおかしいでしょう?」




