70、精霊ノキの誕生
私の左腕から伸びた無数の透明なえのき茸が、空に網目状に広がっている。キラキラとした輝きは、どんどん強くなっていくように見えた。
(きれい……)
「みかんちゃん! 大丈夫?」
私が空のキラキラに見とれていると、りょうちゃんが慌てた顔をして戻ってきた。草原からでもキラキラが見えたのかな。
「大丈夫だよ。突然、スポンジの木の芽が喋って……」
「名前を求められた?」
そう尋ねたりょうちゃんの顔は、別人のように険しい。私が空を見ていたからか、彼も空をチラッと見て、周りを見回している。
「うん、名無しは嫌だと言われて……。ダメだったのかな」
「そうか。いや、良いとか悪いではないんだ。だけどその名前によって、生まれる精霊が変わってしまう」
「かわいさが変わるとか言ってたよ」
「見た目だけのことじゃないんだ。何て名前をつけたの?」
何が変わるのだろう。生まれる直前に種類が変わるとも思えないけど。
りょうちゃんの問いに答えようと口を開くと、急に声が出なくなった。透明なえのき茸が、私の口を塞いでいる?
(どうしよう、こわい……)
私がパクパクと口を動かしていると、りょうちゃんは私が話せなくなったことを察してくれたみたい。
「みかんちゃん、声が出せないなら無理しないで」
りょうちゃんは、手に杖を握っていた。そして、空に広がるキラキラを睨んでいる。
(どうしよう……)
りょうちゃんが強く警戒しているのが伝わってくる。
透明なえのき茸が私の左腕から伸びていることは、りょうちゃんには見えないみたい。空の網目状のキラキラだけが見えているのかな。
『愚かだな。空ではなく、アタシはここにいるのに』
「えっ? 今の声は……」
頭に直接響く声は、りょうちゃんにも聞こえたみたい。
「スポンジの木から生まれる精霊さまの声だよ。私の左腕にいるみたい」
私がそう説明したのに、りょうちゃんは私の左腕ではなく、まだ空を見ている。
「なぜ、空にあれほどの……」
(キラキラが気になるよね)
私も、空のキラキラからは目が離せない。お日さまの光を反射して、すっごく綺麗なんだもの。
『みかん、準備ができた。アタシの名前を呼べ』
(ん? さっき決めた名前でいいの?)
『それでいい。いや、それがいい』
あまり気に入ってなかったような気もするけど、途中で変えるのもマズイ気がする。この世界では名前って、特別なものみたいだから。
透明なえのき茸は、りょうちゃんがいないときは、とてもフレンドリーな雰囲気だったけど、今は、話し方が偉そうになっている。あっ、精霊さまは偉いから、当たり前なのかな。
りょうちゃんと目が合った。
すると彼は、私を安心させようとするかのように、優しい笑みを浮かべた。もし何かあっても、りょうちゃんが守ってくれる。そう、感じた。
「じゃあ、名前を呼ぶね。ノキ、出ておいで」
私がそう言った瞬間、左腕は強い光を放った。眩しすぎて、目を開けていられない。
しばらくして光が収まってくると、私の目の前に、白くて丸いモフモフした何かが浮かんでいた。ハムスターよりも少し大きくて、うさぎよりも小さい。私が手を出すと、手のひらに乗ってきた。
(きゃ〜、かわいいっ!)
子供の片手には収まらない。右手も添えると、少しの重みと温かさを感じた。
「アナタがノキ? すっごくかわいくてモフモフだね。キュッと抱きしめたくなっちゃう」
『ふふん、当然だ。アタシは2文字の名前なんだからな。最強なんだ』
「うん、最強にかわいいよ〜。ナデナデしていい?」
『みかんの好きにしろ。アタシは、みかんの守護精霊だからな』
「きゃ〜、かわいい! モフモフの毛がすっごく癒されるよ。だけど、こんな生物って見たことないな。生まれたばかりだから、幼体なのかな」
『アタシは、唯一無二の精霊だからな。見たことないのは当然だ』
白いふわもこのノキの身体は、全身がモフモフの毛並みに覆われているのに、触るとビーズクッションのような感じだった。これは、いつまでも触っていられる。
「みかんちゃん、その精霊……」
りょうちゃんは、呆然として固まっているみたい。精霊の誕生なんて、神託者さんでも、あまり見ないのかもしれない。
「ふわもこだけど、モチッとしてて、不思議な子だよ〜」
「そんな姿の精霊は、記録にないよ。しかも2文字の名前が存在するなんて……」
「ん? りょうちゃん? 2文字の名前って、普通にあるでしょ?」
私がそう反論すると、りょうちゃんは首を横に振っている。
「みかんちゃん、『フィールド&ハーツ』で2文字の名前は登録できなかったでしょ? この世界では、名前は3文字以上と決まっているんだ」
(ん? サラは? 2文字だよ?)
「確かにゲームのユーザー名前は3文字以上だったけど、私の専属の侍女はサラだよ?」
「サラさんには、家名があるはずだよ。もしくは、その呼び方が略称なんだ。みかんちゃんは、ミカン・ダークロードで、9文字だからね」
(それ、知らない)
「サラは平民だと思うんだけど……」
「家名はあっても、公の場で使えない人も少なくないからね。名前を授かったときの称号カードをみれば、正式な名前が載っているよ」
りょうちゃんは、私の疑問に答えてくれているけど、意識はノキに向いてるみたい。そういえば、サラのカードって見たことはないかも。
「2文字の名前って、変なのかな?」
『みかん、2文字の名前は尊いんだ。それを認められたアタシは最強なんだよ』
りょうちゃんに尋ねたつもりだったけど、ノキが返事をしてくれた。尊いって、貴重ってことなのかな?
「うん、最強にかわいいね。でも、これで悪意探知器じゃなくなっちゃったな」
私の左腕には、もう透明なえのき茸は生えてない。空に広がっていたキラキラも、完全に消えている。
『みかんを敵視するモノは、今まで通りアタシが教えるから、何も変わらないぞ。あぁ、みかん、ちょっと精霊主に挨拶に行ってくる』
そう言うと、私の手の中にいたふわもこは、スッと消えた。
(あれ? えのき茸だ)
ノキが消えた直後、左腕から1本だけ、透明なえのき茸がスルスルと伸びてきた。左腕には、まだえのき茸がいるのね。
「みかんちゃん、驚いたよ。2文字の名前は、良くも悪くも特別なんだ。だけど、みかんちゃんの心から生まれた精霊だから、悪しきモノにはならないと思うよ」
りょうちゃんは、切り株の椅子にへたり込むように座った。もう杖は持ってない。警戒がやっと解けたみたい。




