63、始まりの草原にて
「おーい、みかん。なぜコイツがいるんだよー」
「時雨さんが声をかけたんじゃない?」
「ふぉっぷ……」
みっちょんは、時雨さんの名を出すと、だいたい黙る。ただ、前世からのみっちょんを鎮める呪文が、最近は効かなくなってきたんだけど。
翌朝、私達は、グリーンロード中心街近くの草原にいた。ゲームでは、始まりの草原と呼ばれている。プレオープン初日なのに、草原には多くの人がいた。
私は、プレオープンはやってないから、まだ自分のアバターと遭遇することはない。配信初日から始めたけど、平日だったから、すぐにはフィールドには出なかったっけ。
(もう、あまり覚えてないな)
時雨さんと草原の入り口で待ち合わせをしていたけど、彼女はみっちょんも誘ってたみたい。それと……。
「私もフレンドなんだから、仲間はずれにしないでよ」
りょうちゃんも来ていた。素性がバレないようにするためか女装している。でも、この前に会ったときとは少し違って、魔導士風のローブを身につけていた。
(体型隠しかな)
ローブですっぽりと身体が覆われているから、体型で男性だとはバレないと思う。
「りょうは、男じゃねーのかよ」
「女子力が高いって、みっちょんが褒めてくれたこと、あったよね?」
「はぁ? それは、ゲームのときの話だろ」
「私達がこれから接するのは、そのゲームユーザーのアバターだよ?」
「あっ、そっか。じゃあ、いいのか」
(みっちょんが、簡単に言いくるめられてる!)
りょうちゃんは、相変わらず、みっちょんの扱いが上手い。そういえば、この二人が普段は何をしているのか、何も知らないな。
「みっちょんは、どこに住んでるの? ここまで遠い?」
私がそう尋ねると、彼女の頬が赤くなった。
「遠いけど、キャプテンが転移魔法陣を使わせてくれるから、楽勝だぜ」
(キャプテン? リゲル・ザッハよね?)
「リゲルさんと一緒に住んでるの?」
「ふぇっ? みかん、頭おかしい」
(失礼ね)
みっちょんは真っ赤になってる。クール系美少女が台無しね。彼女は20歳前後かな。10代後半の時雨さんよりも年上だけど、中身はきっと私達の中で一番若いと思う。
「みかんちゃん、みっちょさんは、ベルメ海岸の先にある漁村に住んでるよ。ザッハの孤島にいろいろな物を運ぶ船が出てるんだけど、みっちょさんは、その船屋の娘だよ。どちらもゲームには登場しないけどね」
(ザッハの孤島って、リゲルさんの……)
「さすが時雨さんだね。私は時雨さんのことしか知らなかったよ」
「ふふっ、だよね。そういえば、りょうちゃんって、地下の仕事以外は何をしてるの?」
(時雨さんも知らないんだ)
「うん? 私はいろいろだよ。しばらくは、地下の仕事ばかりになりそうだね」
(神託者は忙しいよね)
ゲームの案内人は、ただのプログラムだろうけど、何かトラブルがあったときに対応できるのは、時空を越える能力を持つ神託者だ。それに、10周年で配信される物語を、りょうちゃんが書くんだよね?
「りょうは、地下で工事をしてるのか?」
(みっちょんが勘違いしてる)
「みっちょさん、地下の仕事は、神託者の仕事のことを言ってるよ。ギルドの地下に……」
「あー! わ、わかってるから」
時雨さんに指摘されて、みっちょんがまた顔を赤らめている。これは、恥ずかしかったという赤面かな。
(ふふっ、かわいい)
りょうちゃんも、私達との会話が楽しいみたい。さっきからずっと、にこにこニマニマしてる。ゲームでフレンドだった人達と、こうして会って話せるのは、やっぱ特別だよね。
「りょう! ニタニタしてんじゃねーぞ」
みっちょんが、りょうちゃんに八つ当たりした。
「ひどいな〜。みんなといると楽しいんだから、ニタニタするでしょ」
「まぁ、確かに楽しいけど、りょうは女装してるから反則なんだよ」
「みっちょん、意味わかんない」
「ふぇっ? みかんはガキだからだよ。ってか、おまえら、親子みたいだな」
(はい?)
みっちょんは、りょうちゃんと私を見比べている。まぁ、私は8歳児で、りょうちゃんは2年前のカードは31歳だったから、33歳?
「私とみかんちゃんが似てるのかな? ふふっ、嬉しいな」
(あれ? なんか嫌だ)
りょうちゃんは、ゲームのフレンドの頃と全く変わらず、とても話しやすいし、女装すると完璧に素敵な女性なんだけど……親子って、やだな。
なんだかモヤモヤする。その理由はわからないけど、確かに親子ほど歳は離れてるけど、中身年齢は変わらないはず。
「そろそろ、アバターがこっちに近寄ってくるね。どんな感じでいく? ただ、あまり目立つことはダメだよ」
りょうちゃんがそう言うと、時雨さんが何かの道具を取り出した。魔道具なのかな。
「ここを越えてユフィラルフの町に入ろうとするユーザーがいると思う。プレオープンのときは、ちょっとバグってたからね。それを排除しよっか」
「では私達は、二手に分かれる方がいいかな」
(ん? 4人でいいのに?)
「そうね。りょうちゃん、その方が自然だよ。4人で集まってると、何かのプチイベが発生すると勘違いされる」
時雨さんの説明に、私もみっちょんも、思いっきり頷いていた。言われてみれば、確かにそうだよね。人が集まっていたら、プチイベントだと思ってしまう。
するとりょうちゃんは、私の手を掴んだ。
「じゃあ、私は、みかんちゃんと親子ごっこをするね。時雨さんは、みっちょんが暴れないように監視よろしく〜。みかんちゃん、行こう」
(ひぇっ)
反論する隙もなく、りょうちゃんは私の手をひいて、ズンズンと歩き始めた。
「ちょ、りょうちゃん。親子ごっこなんて嫌だよ」
「ん? じゃあ、どうする? 女装をやめて、恋人ごっこにする?」
「へ? 恋人ごっこ? 親子ほど歳が離れてるよ」
「みかんちゃん、この世界では、歳の差にこだわりはないんだよ。私は、ずっと31歳だから」
(あれ? イチニーさんも……)
「私の知り合いも、永遠に20歳って言ってたよ。どういうこと? ある年齢から歳を取らなくなるの?」
私がそう尋ねると、りょうちゃんは、ドキッとするような妖艶な笑みを浮かべた。女装してるのに、なぜか男性に見える。
「今は話せないな。でも、みかんちゃんのことは、フレンドの頃から、ずっと好きだったんだよ」
「えっ?」
(突然、何?)
「みかんちゃんは、好きな人いるの?」
「ええ〜っ!? い、今は、話せないな」
「ふふっ、ズルイな〜」
りょうちゃんの笑顔に、私の胸はトクンと跳ねた。




