62、紅茶病という奇病
「棚は、こちらで良いですか」
「はい、リビングに最適なので、この窓際にお願いします。お茶会用の食器を飾りたいと思います」
レグルス先生の書斎にあった飾り棚をもらい、私達が借りた部屋のリビングに運んでもらった。レグルス先生は、私が示した場所に正確に置いてくれて、満足げに頷いた。
(私の方が、満足だよ〜)
これから毎日、レグルス先生がくれた飾り棚と一緒に生活できるなんて、幸せすぎる!
「この棚をリビングに置くという発想は、僕にはなかったな。確かにリビングに最適ですね。天板は強度が高いので、熱い紅茶でも平気ですし」
「はい、この棚に飾る素敵な食器を揃えていきたいです。冒険者ギルドのミッションが、頑張れそうです」
私がそう答えると、レグルス先生は少し目を見開いたような気がした。そのあとは、いつものふわりとした素敵な笑顔を見せてくれたけど。
(あれ? 変なことを言ったかな?)
「冒険者レベルが上がってくると、いろいろとやりたくなりますもんね。ミカンさんは、自ら稼いだ報酬で食器を揃えたいのですね。素敵だと思いますよ」
「はい、少しずつですが、成長した証を残していきたいです」
そう……私はいつ殺されるかわからない。だけど、いつからか、頑張って生きた証を残したいと思うようになっていた。このかわいい飾り棚には、自分で稼いだ報酬で揃えた食器を並べたい。私が消えた後、親しい人がもらってくれたら嬉しいもの。
「そうですか。ミカンさんは大人ですね」
なぜかレグルス先生の笑みが、少し寂しそうに見えた。もしかして私の考えが、また顔に出てたのかな。
そして、その夜、レグルス先生達は、ユフィラルフ魔導学院の魔術科の寮へと引っ越していった。
(せっかく、お隣さんになれたのにな)
◇◇◇
「ミカンさん、引っ越し大変だったね。そういえば異世界人との交流だけど、明日から本格的に始まるらしいよ」
(プレオープンだよね)
引っ越しの翌日、アパートに、時雨さんが遊びに来てくれた。彼女は部屋の中を見て、わぁっと歓声をあげていた。部屋がいくつあるか、わかんないほど広いもんね。
借りた部屋は、各部屋の中にまた扉があったりするから、子供心を刺激する間取りになっている。とは言っても、私は8歳児だけど中身はアラサーだから、騒いだりはしないけど。
使用人達には、ひとり一室を与えると言ったことで、侍女二人は大騒ぎだった。黒服達は、警護を意識したのか、リビングに近い部屋にしたみたい。
物置部屋とか、いろいろと用途を決めていたみたいだけど、それでもまだ部屋は余ってる。ここの家賃は、ダークロード家が支払うわけだけど、元庶民の私としては、どれくらい高いのか気になってしまう。
そういえば、使用人達がいる前では、時雨さんは今でも私のことを、ミカンさんと呼ぶ。だから私も、言葉には気をつけることができるのよね。
「そっか。じゃあ、明日からは草原に行かなきゃね」
「そうね。このアパートは寮より少しだけ草原に近くなったから、よかったね。あっ、左腕は大丈夫なの?」
時雨さんは、私の左腕を心配そうに見ている。でも、たぶん何も見えてないよね。スポンジの木の芽は、今も好き勝手に動いているけど、透明だから使用人達にも見えてない。
外出するときにはすごく短くなるし、状況に応じてえのき茸の長さが変わるから、もう包帯もしてない。包帯を巻いてもすり抜けるから意味がないとも言えるんだけど。
「うん、まぁ、大丈夫だよ」
「ミカン様の左腕のスポンジの木の枝は、いつの間にか吸収されちゃったみたいですぅ」
サラが、私の言葉を補足してくれた。えのき茸は、バレてないことを喜んでいるのか、天井までぴょーんと伸びて、ユラユラしてるんだけど。
「へぇ、スポンジの木はマナの塊だから、吸収したミカンさんは、魔力が高くなったかもしれませんね」
「そうなのですぅ。それにミカン様は、いつの間にか基本魔法を使えるようになっていたのですよぉ。びっくりしました〜」
サラは大げさな身振り手振り付きで、時雨さんに説明していた。魔法の発動は、ほとんどが時雨さんが教えてくれたのに、忘れてるのかな? それにサラも、簡単な回復魔法を教えてくれたよね。
「魔術科に進む前に基本魔法が使えると、授業が楽になりますね」
時雨さんは、サラのウッカリを指摘せずに、サラリと流してくれた。やはり、時雨さんはデキル人だ。
彼女は、サラが持ってきた紅茶を一口飲んだ。あっ、やっぱりめちゃくちゃびっくりしてる。
(ナインさんの紅茶だからね)
引っ越しの日、あの後、レグルス先生の付き人のナインさんが、何種類かの紅茶をくれた。レグルス先生の部屋で飲んだ物もあるけど、いま時雨さんが飲んだ紅茶が、私のイチオシなのよね。
「ミカンさん、この紅茶はどこに売っているの? とんでもなく美味しいんだけど」
時雨さんがそう言ってくれたことで、サラはちょっとドヤ顔をしている。でも、この紅茶は、もう一人の侍女が淹れてくれたんだと思う。
「シグレニさん、この紅茶は、頂いた物なの。紅茶研究所という所で……」
「あーっ! 知ってるわ。王都にある紅茶研究所でしょう? あそこで働いている人って、皆、有能な魔導士らしいね。ユフィラルフ魔導学院の卒業生でも、特に優秀な人しか採用されないって聞いたよ」
(えっ? そんなに優秀なの?)
ナインさんは、魔導士という雰囲気じゃなかったけど、確かに、凛としていて怖そうで、普通の人とは違うと思ってた。
「さすが、シグレニさんって物知りだね。その紅茶研究所が、もしかしたらユフィラルフ魔導学院に、店を出すかもしれないんだって」
「まぁっ! すごい情報だよ。実現したらユフィラルフ魔導学院の格も上がりそうね」
「へ? 学校の格?」
「ええ、紅茶研究所は、王立の研究所の一つだからね。出店したら、すごい行列になるわね。なかなか手に入らない紅茶なのよ。しかも、紅茶研究所が研究開発する紅茶は、毎日飲んでいると美しくなれるらしいよ」
「そんな効果があるの?」
「少なくとも、紅茶病には罹りにくいみたい」
「紅茶病って何?」
私がそう尋ねると、時雨さんは少し声のトーンを下げた。
「死に至る病よ。ある日突然、急速に老化して体内マナを失う奇病なの。紅茶が原因かは不明だけど、紅茶好きな女性が多く罹患してる。だから、女性の平均寿命が30歳に届かないのね」




