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61、黒曜石を使った飾り棚をもらう

「こちらが、レグルス様の書斎です。荷物の引っ越しは、ほぼ終わりましたので、ここにある物は不用品だと思います」


(森の匂いがする)


 手前の壁面には、ズラリと空っぽの本棚が並んでいた。そのためか書斎に入ったとき、まるで森の中のようだと思った。図書館の本の匂いとも違う。何かのハーブを芳香剤として使っていたのかもしれない。


 でもレグルス先生は、特別な香りをまとうことはない。ハーブではなく、この空っぽの本棚のニオイなのかも。あっ、ラグに使う素材の香りかな。


 机があったらしき窓際の床には、跡が付いたラグが残されていた。窓からは町の大通りが見える。レグルス先生は、気分転換に、ときどき外を眺めていたのだろうか。


(く〜、カッコいい〜)


 窓から外を眺めるレグルス先生を想像すると、ニヤけてしまう。




「少し見せていただきますわ」


 私は背筋を伸ばし、表情を引き締めた。


「はい、ごゆっくりどうぞ。私は、お茶を淹れてまいります」


 ナインさんは軽く頭を下げ、書斎を出て行った。お茶を淹れてもらうほど長居するつもりはないのに。


 書斎の扉は開いているけど、ナインさんが私から離れたことでホッとした。やはり、ちょっと怖いよね。



 この世界に転生してきて、私はずっと命を狙われているからか、見知らぬ大人には恐怖を感じる。


 私の行動範囲は狭い。でも、ユフィラルフ魔導学院の敷地内でも一般の人が出入りする場所では、いつも必ずと言っていいほど、スポンジの木が悪意に反応する。冒険者ギルドでもそれは同じこと。


(あれ? スポンジの木)


 そういえば、今スポンジの木は全く反応してない。強い悪意なら、触れてなくてもズキンと痛むから、最近はあまり確認しなくなってたけど。


 念のためナインさんの姿が見える場所で、左腕に触れてみた。うん、大丈夫。全く反応しない。彼は私に悪意を向けてない。


(はぁ、怯えすぎよね)


 レグルス先生の部屋を守る付き人さんが、私に悪意を向けるわけない。普通に考えればわかることなのに、この3年間で、すっかりビビり癖がついてしまった。


(あれ? この棚……)


 ラグのない窓際に置かれていた棚に、私は釘付けになった。私の背丈よりも少し低くて、横幅は両手を横に広げたよりも長い。飾り棚かな。扉のある部分と扉のない棚が交互になっていて、かわいい。黒くてツルンとした材質の天板が、一番上にカッチリとはめ込まれている。


(黒曜石かも)


 天板じゃなくて扉部分に貼ったら、便利な鏡になりそう。でも、この世界の鏡って、くもっていてハッキリと姿を映さないのよね。ガラスの製造技術の違いなのかな。



「あぁ、やはりそれに目をつけましたね、ミカンさん」


 やわらかな声に、私はドキッとした。振り返ると、書斎の扉の前で、満足そうに微笑むレグルス先生の姿があった。


「あ、はい。かわいい棚だと思いまして。これも不用品なんですか」


「ええ、その棚は、天板は衝撃に強くて優秀なんですが、本の重さには耐えられないので、本棚としては使えなくて」


「天板は、黒曜石でしょうか」


「さすがですね。天板には黒曜石が使われています。魔石を直接置いても平気だと言われて購入したのですが、私には使いにくい棚でした。ミカンさんに使っていただけると、棚も喜びますよ」


(きゃっ、レグルス先生の棚!)


「じゃあ、この棚をいただきたいです」


「ふふっ、はい。かしこまりました。ミカンさん、ナインが紅茶を淹れたようなので、飲んでやってください。彼は今、茶葉の研究をしているので」


 レグルス先生はそう言うと、棚を光に変えた。




「どうぞ、こちらへ」


 リビングには、まだ生活感のある物が残っていた。でもレグルス先生なら、一度で運んでしまう量かな。


「ありがとうございます」


 レグルス先生が椅子をひいてくれた。なんだかエスコートされているようで、くすぐったい気持ちになる。


 テーブルには、3人分のティーカップが置かれていた。やはり、ナインさんは使用人ではないのね。使用人なら、自分の分までカップを並べないもの。


 新しいカップなのか、茶渋はほとんど付いてない。それがわかって、私はホッとした。潔癖症ではないけど、あのドロドロな茶渋付きのカップは、何年経っても無理だもの。



「冷めないうちにどうぞ」


「いただきます」


 私がカップを持つと、二人の視線を感じた。レグルス先生は笑顔だけど、ナインさんには睨まれていると感じた。


 私は、念のため左腕に触れる。


(うん、悪意はない)


 この確認癖は、やめられない。


 そういえば、もうすぐ左腕から新たな精霊が生まれると聞いたっけ。精霊主さまの言葉を、ギルドマスターが私に教えてくれたのだったけど。


 新たな精霊が生まれてしまったら、スポンジの木の悪意発見機能は、消えてしまうのかな。今のうちに、別の方法で悪意を判断できるようにならなきゃ。



 私が紅茶を一口飲むと、ナインさんの表情は少しやわらかくなった。私は思ったことが顔に出てしまうからかな。この味は、前世で紅茶屋さんで飲んだレベルを超えている。


「どうでしょうか? ミカンさん、感想を言ってやってください。遠慮はいりませんよ」


 レグルス先生は、悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ナインさんの方を見ていた。彼を信頼してるのだと感じる。


「渋さが控えめで飲みやすくて美味しいです。クセがないので、いろいろなお菓子に合うと思います。華やかな香りが後に余韻として強く残りますね」


(あれ? 失敗した?)


 ナインさんは、難しい顔をしている。


「へぇ、ミカンさんは、すごい表現ができるんだね。僕とは大違いだな」


 レグルス先生は、場を和ませようと気を遣ってくれたのかな。私は褒めたつもりなんだけど、ナインさんには伝わってない?



「ミカン様! 是非、私が勤める紅茶研究所に……」


 ナインさんが、突然立ち上がった。


「ナイン、何を言ってるの? ミカンさんは、この秋からユフィラルフ魔導学院の魔術科に進むんだよ?」


「この紅茶を一口飲んだだけで、私達が何を目指し、どう作ってきたかを当ててしまうなんて、天才としか言いようがありません!」


(えっ……どういう展開?)


「ミカンさんは、学生さんだよ? 迷惑になるよ?」


「ユフィラルフ魔導学院でしたか。それなら私が学長に話をつけて、校内に、当研究所の店を出店させてもらいます! ミカン様、是非とも、その店の店長に……」


「ナイン! 怒るよ!?」


 レグルス先生に叱られて、ナインさんはゆっくりと椅子に座った。



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