60、レグルス先生のお部屋訪問
「お、お邪魔します」
「ふふっ、どうぞ。こちらですよ」
レグルス先生の部屋は、同じ3階の左半分だった。扉を開けてくれた男性は、ただの使用人という感じではなく、凛とした怖そうな人だ。
私を見て、彼は軽く会釈をしたけど、私の後ろにいるサラのことは無視している。私服なのにサラが使用人だとわかるのかな。
「レグルス様、女性を部屋に招き入れるとは、どのような心境の変化でしょうか」
「ん? 彼女達は、ユフィラルフ魔導学院の学生さんと、初等科のときに付き添いをしていた方だよ。お隣りに引っ越してきたから、いらない寝具を差し上げようと思ってね」
「貴族家のお嬢様に、そんな粗末なものを?」
(私が子供だから貴族ってわかるのね)
学校に通うためには称号が必要だから、貴族なら5歳になれば名前を授かり、名前を授かりし者という称号が与えられる。
「彼女の寝具は、寮からこちらに運んだよ。使用人の分が足りないんだ。寮の部屋は狭かったからね」
(絶対に歓迎されてない)
彼以外には使用人はいないみたい。でも、たくさんの部屋があるから、出てこないだけかも。
「ミカン様ぁ、大丈夫でしょうかぁ」
サラが不安そうな顔をしている。私も不安だけど、ダークロード家の娘なんだからビビってるわけにはいかないよね。
「サラは、部屋の片付けに戻ってくれる? 私が見せてもらって、頂くことにしたら、レグルス先生が運んでくださるわ」
「で、でもぉ〜」
レグルス先生の使用人は、他の家の侍女を部屋に入れることを嫌がっているのかもしれない。私のような8歳の子供のことを女性として意識するとは思えないもの。
サラは、すごく居心地が悪そうだけど動かない。レグルス先生以外にも使用人がいるとわかったから、サラとしては帰りやすいはずなんだけどな。
「今、ミカン様と言いましたか? お嬢様は、ミカン・ダークロード様ですか?」
サラが私の名前を呼んだことで、レグルス先生の部屋にいた人が反応した。そういえば、レグルス先生は私の名前を言ってなかったな。
鋭い視線を向けられて、ちょっと怯みそうになったけど、こんなところで負けていては悪役令嬢なんか演じられない。
スゥハァと深呼吸をして、私は彼を真っ直ぐに見る。
「ええ、ミカン・ダークロードですわ。不用品を見せていただいたら、すぐに失礼いたしますわ」
私は自分で思っていた以上に、冷たい言い方をしてしまった。すると部屋にいた人が、少し慌てたみたい。
「大変失礼致しました、ミカン・ダークロード様。私は、レグルス様の付き人をしております、ナインと申します」
なんだか大げさに、かしずいて挨拶されたけど、私はそういうマナーがわからない。転生直後の5歳からユフィラルフ魔導学院の寮に隠されているから、仕方ないことだけど。でも、もう8歳になったのに、このままでは恥ずかしいかも。
「こちらですよ〜。見に来てください」
廊下の先から、レグルス先生が私を呼んだ。私達のやり取りは聞こえてなかったみたい。
「はい、レグルス先生」
私は、ナインさんに何の返事もしてないけど、軽く会釈だけして、彼の前を通り過ぎた。たぶん、何か言うべきだったよね。でも付き人さんに、お世話になってますというのも違う気がする。
(ん? 付き人?)
使用人は、皆、自分で使用人だと言うよね? ということはナインさんは、レグルス先生の使用人ではないのかな。
このアパートは貴族や商人などの裕福な人専用だから、レグルス先生の家名は知らないけど貴族だと思う。エリザも、レグルス先生は家柄が良いと言っていた。
だから私は、レグルス先生のファンだと親しい人に明かしていた。ロード系貴族の子供がファンだと言っても、迷惑にならない相手だもの。
(イチニーさんのことは言えないけど)
私は、レグルス先生のようなふわっとした優しい雰囲気のメガネ男子が、前世から好きなのよね。年齢的にも相手にされるわけがないから、安心してファンだと言っていられる。
でも私はイチニーさんのことが好きなのに、レグルス先生のファンでいることは、気が多いのかな。
(私って、浮気者?)
だけど、ファンはファンなんだから、いいよね。彼氏がいても推しのアイドルがいることは、浮気じゃないと思う。
(イチニーさんは彼氏ではないけど……)
「ミカンさん、どうされました? あぁ、少しホコリっぽいですね。すみません。全く使ってないんですよ」
レグルス先生のいる部屋まで歩いて行くと、先生は不思議そうな顔をしていた。また私、顔に出てたのね。
「いえ、ちょっと考え事をしていただけです。私の方こそ、すみません。わっ! そちらもですか?」
レグルス先生が部屋の中にある扉を開けると、その先にも、また部屋があった。確かに少しホコリっぽい。まるで休業中のホテルの客室みたい。
「そうなんですよ。10人くらいが一緒に暮らせるようにと、家の者が用意したのですが、実際にこの部屋を使っていたのは、私と彼と夜間護衛の3人だけでしたからね」
「なるほど。こんなに綺麗なのに不用品なんですね」
「ええ、ですから遠慮なくどうぞ。寮にいた侍女は、お二人でしたね。あと、黒服が何人かいますよね?」
「はい、使用人は侍女を含めて5人です。男性は、使用人宿舎を利用していました」
「じゃあ、寝具は5つ引き取っていただけますか」
「えっ? 侍女の分はありますよ」
「ふふっ、来客があるかもしれないですから。未使用の寝具がたくさんあるんですよ」
「わかりました。ありがたく頂戴します」
私がそう返事をすると、レグルス先生は、ふわっとやわらかな笑みを浮かべた。私の胸が、トクンと跳ねる。
(あれ? レグルス先生のことも本気で好きかも)
「じゃあ、5つ運びますね。他にも必要な本棚とかがあれば、言ってください。処分するより使っていただける方が、家具も喜びます。ここに残っているものは、ほとんど不用品なんですよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ナイン、彼女に僕の書斎を案内してあげて」
レグルス先生は、寝具5つをスッと収納し、ナインさんにそう命じると部屋を出て行った。
サラはアワアワしながらも、私を置いて、レグルス先生の方について行った。
(ちょっと、サラ!)
確かに、レグルス先生に勝手に運んでくださいというのも失礼なことだけど……私、怖そうなナインさんと二人っきりじゃない!
「ミカン・ダークロード様、ご案内致します」
ナインさんは、うやうやしく頭を下げた。




