6、名を授かりし者という【称号】を得る
「私の妹を担当した神託者を、ここに連れて来なさいって言ってるのよ! 何度言えば理解するのかしら!」
「神託者の素性は隠されています。それに、お嬢さんが倒れたのは、名前を授かった後のことですよ」
「貴方、死にたいようね!」
「おやめください。この部屋で剣を抜くことは禁じられています。違反者は、一定期間ミッションの受注が停止されますよ」
「停止でも何でも勝手になさい! 私は、私の大切な妹をこんな目に遭わせた神託者が許せないって言ってるのよ!」
私は、激しく言い争う声で、目が覚めた。
(あれ? 私は……)
見知らぬ天井だ。だけど、この独特な匂いには覚えがある。この身体の前の持ち主の記憶だと思うけど。
ここは、たぶん、冒険者ギルドに併設されている宿屋だ。頻繁に怪我人が運ばれてくるから、独特な薬草の匂いが染み付いている。
「おねえ……ちゃま」
私の口からこぼれた小さな声で、時が止まったかのように静まり返った。この身体の前の持ち主は、エリザ・ダークロードのことを、そう呼んでいたらしい。
「はぁあぁっ! 目覚めたのね、よかった、あーん、よかったわ。それに、私のことがわかるのね? ミカン」
(ん? ミカン?)
「おねえちゃま、あたし、おもいだして……きのう、おちたこと……」
「あああ、そうなのね、そうだったのね! 名前を授かったから、思い出してしまったのね。怖かったわね。もう大丈夫よ」
他人がいる前でも気にせず、エリザ・ダークロードは、私をぎゅっと抱きしめた。彼女が妹を溺愛していることがよくわかる。
「いたっ」
「あっ、ごめんなさい! つい興奮してしまったわ。左腕の傷が痛むのよね。でも名前を授かったから、左腕は安定したのではないかしら? ちょっと見せて」
(ひっ、こんな場所でまた脱がせる気?)
だけど本能的に、彼女には逆らわない方がいいような気がした。この身体の前の持ち主からの伝言かな?
前の持ち主の記憶によると、この身体は、ここ一年ほどで何度も殺されている。その度に、私のような転生者が身体に入っているから、殺害を失敗したと思われているみたい。
まだ幼く弱い子供だから、簡単に殺されてしまうのね。だけど、なぜこれほど執拗に命を狙われるのだろう?
悪役令嬢エリザ・ダークロードの妹は、ゲームの中では名前が出てこない。ただのモブキャラだからかもしれないけど、名前を授かる前に消えたのかな? いや違う。一番最初に皆が選択するルートの序盤で、エリザの側に10歳くらいの少女がいたことを、私は覚えている。
(あれ、10歳? 今の私は、5歳よね?)
「ダメね。ますます酷くなっているわ」
「エリザさん、これは一体……」
今のは、新たに入って来た人の声かな。威厳のある男性の声だ。
「妹は昨日、グリーンロード領南端の馬車休憩所で、崖から落ちたそうです。スポンジの木の群生地のおかげで、助かったようですわ」
(スポンジの木?)
左腕を見てみたいのに、私に見せないためか、ポンチョ風の服で私の顔が覆われている。全く痛みはないけど、そんなに酷い怪我なのかな。
「あの付近の崖下には、聖木が生えていますからね。なるほど、確かにスポンジの木の枝に見えますね。スポンジの木は、多くのマナを含む生命の木です。その木の枝が刺さったことで、妹さんの命が助かったのかもしれません」
エリザ・ダークロードと威厳ある声の人の話は、私には全くわからない。前の身体の持ち主から引き継がれた記憶にも、スポンジの木という知識はない。
スポンジなんて、この世界にはないはず。少なくとも、ゲームでは見たことがない。ダンジョンなら、ドロップ品には不思議なものが多かったけど、今の話は、植物のことだから違うよね。
「ええ、だから、このままにしてあります。この枝が、今もミカンの生命を維持している可能性がありますから。呪いだと騒ぐバカな使用人もいますが」
(また、ミカンって言った)
私のゲーム内のユーザー名を、なぜ知っているの? 発音はちょっと違って、みかん、が正しいんだけど。
「おねえちゃま、あたしのなまえって……」
「あら、ミカンの顔を塞いでしまっていたわね。大丈夫?」
顔を覆うようにめくられていたポンチョが、元に戻された。だけど今度は、ポンチョが左腕を隠している。
(私に見せたくないのね)
「お嬢さん、名前を授かった証を渡しておくよ」
(さっきから聞こえていた声だ)
声のした方を向くと、見覚えのある人がいた。ゲームでは滅多に姿を見せない冒険者ギルドマスター。確か、この人も貴族だっけ。
私は右手を伸ばして、差し出されたカードを受け取り、記載されている内容を確認した。
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【称号】名を授かりし者
【名前等】ミカン・ダークロード(5歳)
【総合レベル】 1
【冒険者ランク】 G
【商業者ランク】 G
【製造者ランク】 G
【特殊能力等】 特になし
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ゲームとは記載内容が少し違うけど、カードの見た目はそのままだ。総合レベルはユーザーレベルのことかな? ゲームでは、ストーリーごとにレベルがあったけど、シンプルに3つの要素のランクなのね。
名前を授かることって称号なの? 当たり前だけど私もダークロードかぁ。ゲームでのユーザー名が名前に選ばれている。
だけど、ゲームの経験値引き継ぎ特典らしきものは書かれていない。何かの能力として受け取ってもらうと言ってたのにな。
「ふふっ、ミカンってば、読めないでしょ? 百面相しちゃってかわいい〜。カードには、ミカンの名前が書いてあるの。ミカン・ダークロードよ。覚えてね」
(読めるよ?)
あっ、そうか。私は5歳なんだ。5歳になったばかりの子供に文字が読めるわけない。しかも異世界の文字だ。これが引き継ぎ特典なのかな?
「ミカンさんは、文字の並びが面白い模様に見えているのでしょう。名前を授かると、学校への入学も可能です。文字に興味があるなら、通われるのも良いでしょう」
冒険者ギルドマスターは、私の顔をジッと見ている。何かを見透かされているようで怖い。
「そうね。だけどその前に、ミカンの左腕を何とかしなければいけないわ。どうすればいいかしら」
「そうですな。ミカンさんの魔力量が増えれば、これは自然に吸収されるのではないかな? スポンジの木は、生命の源でありマナの塊ですからね」




