57、本当のユーザー本部にて
ギルドマスターに案内されて、冒険者ギルド横の宿屋に着くと、1階のロビー部分には、多くの怪我人がいた。
「すごい数の怪我人だね」
私が時雨さんに小声で囁くと、彼女はぐるりと見回して首を傾げた。
「今日は少ない方だよ。それに重傷者はいないみたい」
「そんなことがわかるの?」
「一応、これでもBランク冒険者だからね」
(さっそく言ってる)
時雨さんは、こういうところがある。不特定多数の人がいると、ちょっとドヤ顔をする癖があるんだよね。ここで私が、すごいねとか言うと、彼女は申し訳なさそうに苦笑するから、私は聞き流す方がいいみたい。
たぶん時雨さんは、見知らぬ人に軽く見られないようにしているのだと思う。『有能冒険者でもある宿屋ホーレスの娘』を演じているのね。
「おーい、こっちだぜ」
私達が階段をあがろうとしていると、ギルドマスターは、宿屋の受付カウンター内に入っていく。
「本部は2階でしょう?」
「まぁ、来いって」
時雨さんは怪訝な顔をしている。私達は『フィールド&ハーツ』のユーザー本部に向かっているはずなのに、宿屋の事務所に立ち寄るのかな。
ギルドマスターは、さらに宿屋で働く人達の休憩室に入っていく。時雨さんは宿屋の娘だからか、興味深そうに視線を走らせている。
そして、壁に向かっていくギルドマスター。壁にぶつかりそうになるとスッと消えた。
(ベルメの海底ダンジョンと同じね)
「あれ? ギルドマスターはどこへ行ったかな」
休憩室内を見ていた時雨さんは、彼が消える瞬間を見逃したみたい。私は時雨さんの腕を掴んで、壁に向かう。
「この先だよ」
「ちょ、みかんちゃん、ぶつかる!」
壁ギリギリに近寄ると、やはりその先に通路が見えた。私は無言で時雨さんの腕を引っ張って進む。たぶん、騒がない方がいい。宿屋のお客さんに聞こえてしまうと大変だもの。
「えっ? わっ!」
時雨さんが騒ぐから、私はシーッと人差し指を立てた。隠し通路と休憩室の間には、何かの壁があるわけではない。話し声が聞こえてしまう。
「ふっ、ミカンさんは、この仕組みを知っていたか。そんなに警戒しなくていい。壁付近には、阻害結界を重ねてあるから、大声でなければ聞こえないぜ」
「みかんちゃん、じゃなくてミカンさんも知ってたの?」
「ベルメの海底ダンジョンにあるよ」
「ベルメの隠し通路って、こういうことかぁ。攻略情報では見たけど、私は見つけられなかったんだよ。情報屋失格だわ〜」
時雨さんがちょっと落ち込んでる。でも、私もイチニーさんから教えてもらったから、ゲームで知ったわけじゃないんだけどな。
(イチニーさん、元気かな……)
やはり彼のことを思い出すと、胸がキュッと痛くなる。私が初等科を修了する前に戻ってくるかも、って言ってたのに、もう魔術科に進んじゃうよ。
ギルドマスターは、ニヤッとした後、廊下を歩き始める。緩やかな下り坂になってるから、地下室があるのかな。
◇◇◇
コンコンコン!
長い廊下を歩いた先に、大きな薄紫色の扉が見えてきた。ギルドマスターは、3回ノックしてからその扉を開けた。開けた瞬間は薄紫色の霧に包まれていたけど、その扉を閉めると……。
「あっ! ここって、トップ画面の……」
扉の先は、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』のイベント時のトップ画面で描かれているアンティーク調の大きな部屋だった。
「へぇ、ここも使っていたのか。ここが本当のユーザー本部だ。2階にあるのは、対外的なユーザー本部だぜ」
(ふたつあるのね)
「みかん! 遅いじゃないか」
部屋の中の一角、革張りソファの側に、みっちょんがいた。そして、ソファに座って葉巻をくわえているのは、リゲル・ザッハだ。
(めちゃくちゃ似合ってる)
「みっちょん、どうしてここに?」
「キャプテンがついて来いって言って、転移して隠し通路を通ったら、イベントトップ画面の豪華な部屋に着いた」
「キャプテン? リゲルさんのこと?」
「当たり前だろ」
みっちょんは真っ赤な顔をしてる。リゲル・ザッハ推しだと言ってたのは、本当だったのね。でも彼は攻略対象だから……みっちょんは嫉妬して、ゲームユーザーの妨害をしそう。
私と目が合うと、リゲル・ザッハは優しい笑みを浮かべた。服装は、私がゲームで知るリゲル・ザッハの雰囲気に変わっていた。
「ほんと、遅かったですね。みっちょさんが全く話さなかったから、心配でしたよ」
(誰? この美女は?)
声は低いけど、妖艶な色香を振り撒く30歳前後に見える女性。ふわりと微笑まれると、ちょっと変な気分になってくる。
「謎の女なんだ。私のユーザー名を知ってたし、みかんと時雨さんの名前も知ってた。二人が来てから自己紹介をするって言って、キャプテンにも色目を使ってるんだ」
(みっちょんが妬いてる)
みっちょんは、いつも露出の多いセクシーな服を着ているクール系の美少女だけど、たぶん20歳前後だ。二人が並ぶと、大人と子供ほど、色っぽさが違う。
「ふふっ、改めまして。りょうと申します。三人とは『フィールド&ハーツ』のフレンドなんだけどな」
「ええっ? りょうちゃん?」
私が驚きのあまり叫ぶと、時雨さんも変な声を出していた。
「りょうなわけないだろ!? りょうがネカマだってことを私達は知ってるんだ!」
みっちょんが即座に反論してる。
「ん? ネカマって何?」
彼女に問い返されて、みっちょんはアワアワしてるよ。すると、時雨さんが口を開く。
「ネカマは、ネットおかまの略です。ネット上で女性を装う男性のことなんだけど……本当に、りょうちゃんなの?」
時雨さんの問いかけに、彼女はふわりとした笑みを浮かべて頷いた。妖艶すぎる笑みに、時雨さんもちょっと変な気分になっているかも。
「なんだ、正体を明かしていたのか」
ギルドマスターがそう言うと、彼女はペロッと短く舌を出した。また、これが色っぽい。
「ギルドマスター、内緒ですよ。三人には、ギルドの地下で身分証も見せましたよ」
(りょうちゃんは女性だったの?)
確かに性別不明の綺麗な顔だったけど、声の感じから男性だと思ってた。
「へぇ、それほど信頼できるということか」
「ええ、私の大切なフレンドさんですからね」
ギルドマスターは、ハァッと息を吐いた。呆れたのかな。
「本当に、りょうなのか? おまえ、どっちなんだ!? 付いてるのか付いてないのか」
(ちょっと、みっちょん……)
「ふふ、安心してください。付いてますよ」
(ちょ、りょうちゃん!?)




