54、ミカン、エリザの真似をする
「せっかく顔を隠して来てやったのに……」
神託者を失ったと言った人が、自ら顔を覆うベールを外した。この行動の意味は、私でもわかる。
(この人、全員を殺す気だ)
ベールで顔を覆っていると発動しにくい術を使うのね。図書館で読んだ知識とゲームの知識を探る。可能性はいくつもあるけど、全部を避けるには……。
私が思いついたときには、もう、スポンジの木の芽は動いていた。透明なえのき茸は、私の左腕から一気に伸びて、網の目状に床一面に広がっている。
私の足には当たる感覚があるのに、他の人は気づかない。これは、光が当たっても何も感じないのと同じだと思う。
透明なえのき茸は、少しキラキラしてるから、光の粒の集合体のようにも見える。たぶん、これはマナだよね。スポンジの木は、生命の源でありマナの塊だもの。
私は魔法を使っているように偽装するため、左手を前に突き出した。そして手のひらをターゲットに向ける。えのき茸が何かをする瞬間は、神託者だった人には見えてしまうかもしれないけど。
「は? ダークロード家のガキが、俺の術に対抗しようってか? なぜ動けるのかは知らんが、神託者だった俺に敵うわけないだろ」
(やはり、傲慢ね)
「顔を見せたということは、ここにいる全員を殺すつもりなのでしょう? そんなことを私がさせるとでも思っているの!?」
私はエリザの真似をして、ちょっと大胆なことを言ってしまった。だけどこの人は、相手が強気だと怯むみたい。
「ダークロード家のガキが! 魔術学校に通っているようだが、所詮は騎士貴族だ。剣も持たずに、この俺を止められるとでも思ったか。世間知らずのガキだな。クソガキが」
(ガキって連呼してる)
かなり動揺してるのかな。自分の目の前にいるのは魔法を使えない子供だと、まるで自分に言い聞かせているみたい。
時雨さん達にチラッと視線を向けると、動けないだけで、攻撃は受けてないように見える。
(あっ、動く)
えのき茸を通じて、神託者だった人の身体にマナが巡るのを感じた。私が視線を逸らしたから、チャンスだと思ったのね。
彼のすぐ足元にいたえのき茸が、パッと砕けるように散った。すると他のえのき茸たちが、一気に群がっていく。
「なっ? なぜ、デススキルが発動しない!? 俺のテリトリーだぞ? 何の術を使っている?」
(えのき茸が集合してるだけだよ?)
当然、私は無視する。エリザは、答えたくない質問は無視していた。私もそれを真似てみた。
えのき茸は、何本かはあの人の術で消えちゃったみたいだけど、問題ない。数百本全部が、学長さんの結界から脱走してるもの。
「クッ、くそっ!」
階段を降りてくる足音が聞こえると、神託者だった人は慌てたみたい。転移魔法を使って逃げる準備を始めた。
「逃がさないよ!」
私の声に合わせて、えのき茸は、彼の身体にぐるぐる巻きになった。そして、発動しようとしていた魔法を打ち消すためか、彼の身体からマナを吸い取り始めたみたい。
(ちょ、殺しちゃダメだよ!)
そう注意すると、吸い取るのはやめたようだけど、ぐるぐる巻きはそのままね。
「身体が痺れる……拘束魔法か? なぜ? 俺のテリトリーで、なぜ……」
(ただの、ぐるぐる巻きだよ?)
私はそんな高度な魔法は使えない。だけど、魔法を使っているフリをして、左手をずっと向けてる。ちょっと手が疲れてきたけど、騎士風の人達が動けないから、手を下げられない。
パリン!
何かが割れるような音が聞こえた。すると、騎士風の人達は、動けるようになったみたい。その場で体勢を崩して転ける人もいた。
「まさかとは思ったが、ミカンさんか。アイツを捕獲してくれたんだな。ありがとう」
階段から降りてきたのは、ギルドマスターだった。あの人のテリトリーというものを壊したのね。
「いえ、押さえてるだけです」
私がそう答えると、ギルドマスターは私の左腕を見て何かを察したみたい。もしかしたら、彼には見えているのかも。
「その者は、堕ちたシャーマンだ。神具を使って捕えろ。普通の拘束具は無意味だ」
「ハッ!」
騎士風の人達は、どこからかピカピカな道具を出して、神託者だった人を、ぐるぐる巻きのえのき茸の上から拘束した。すると、えのき茸は、スルスルと踊るように楽しげに戻ってくる。
(ふふっ、大活躍だったね)
「ミカンさん、大丈夫? あの人に、シャツ代を弁償させなきゃ!」
時雨さんは、私を笑わせようと思ったみたい。シャツ代より、みんなが殺されそうになったんだから、請求するなら慰謝料だよ?
「私は、あの人の術は効かなかったから平気。シグレニさんは、大丈夫?」
「ちょっと頭が痛いけど、大丈夫だよ」
そういえば、他の人達も頭を押さえてる。
「シャーマンの攻撃は、精神への攻撃だからな。特にあの男は、マナを媒介にして直接、相手の脳を破壊する能力を持つ。俺がグリーンロードにいなかったから、対応が遅れた。すまない。他の神託者も、あの男が通路でテリトリーを使ったから扉を開けられなかったようだ」
(あっ、それで、ギルドマスターを呼んだのかな)
「ギルドマスター、たぶん狙われたのは私で……」
「いや、ミカンさんだけではない。あの男達の狙いは、この世界の乗っ取りだからな」
(この世界の乗っ取り?)
私が首を傾げていると、ギルドマスターは気まずそうに笑みを浮かべた。私達には話せないことだったのかも。
「ミカンさん、とりあえず、これを着て」
時雨さんは、私の肩にジャケットをかけてくれた。だけど、えのき茸が……ジャケットから飛び出してる。
「ありがとう。ただ、先に包帯を巻きたいかも」
「まだ、スポンジの木の枝は吸収されてないんだな。見た目には何もないようだが、ちょっと見てもいいか?」
そういえば、ギルドマスターは、スポンジの木の枝のことを最初から知ってるよね。白いえのき茸で包帯がパンパンだった頃から。
「はい、どうぞ」
時雨さんがジャケットを持ってくれて左腕があらわになると、ギルドマスターは何かの術を使ったみたい。それも一つではない。首を傾げながら、いくつかの術を組み合わせている。
「これは、聞いていた以上だな。アイツの術を弾くわけだ」
「どういう状態なんですか?」
「ミカンさんとシグレニさんは、返事をしに来たのかな?」
私と時雨さんが頷くと、ギルドマスターはフッと笑った。
「では、奥の部屋で話をしよう。キミ達の担当者が早く来いと、うるさいからな」




