5、神託者、二つの選択肢
「ここから先は、お一人で。中に神託者がいます。秘密保持のため扉は閉めますが、危険はありませんので気楽になさってください」
「は、はい」
(子供に見えないのかな)
案内してくれた騎士風の人は、私を大人として扱っていると感じた。私の見た目は、5歳になったばかりの少女なのに、何かを見透かされているようで怖い。
(そもそも夢だもんね)
私が部屋に入ると、バタンと扉が閉められた。その音にギクリとしてしまう。
「こちらへどうぞ」
「あっ、ファイ?」
私の目の前に現れたのは、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』の案内キャラクターだ。
「わぁい、ファイだよぉ〜! 覚えてくれてて嬉しいな〜」
私の周りを飛び回るファイに、ちょっと癒される。太った妖精という感じの、愛されキャラクターだ。
「ファイ、邪魔しないでくれる? 貴女は『フィールド&ハーツ』のユーザーさんですね」
奥の円卓には、顔を黒いベールで隠した占い師風の男性がいた。
(ゲームの案内人だ)
「はい、わたひは……あっ、かんじゃった。すみません」
「構いませんよ。その姿では話しにくいでしょう。こちらに来て水晶玉に触れてください。ユーザー情報と照合します」
(ガチャの玉だ)
最初の装備を決めるガチャは、あの玉に触れて引く。だけど、ユーザー情報って言ったよね?
ファイが私に触れると、水晶玉の前にワープした。
(すごいね、ファイ)
そーっと水晶玉に手を置くと、ガチャのときと同じように、水晶玉が輝いた。
「手を離さないでください。光が収まるまで触れていてくださいね、みかんさん」
(私のユーザー名!)
「みかんさんのユーザーレベルは112、クリアストーリーが21、配信日からのユーザーさんですね。最終ログインは、こちらに来られる当日。長い間『フィールド&ハーツ』を遊んでくださってありがとうございます。今の情報に、間違いはありませんか?」
「はい、クリアストーリー数は覚えていませんが、ユーザーレベルは……あれ? 私の声……」
(いつもの私の声だ)
「今は、前世の貴女に語りかけていますから、声は前世のものになっています」
「えっ? 前世? あの、私は……というかここって……」
「みかんさんは、亡くなられたようです。そのときに『フィールド&ハーツ』からの招待を受け取り、この世界に転生されました」
「招待? これって夢ですよね? 招待なんて……」
「あぁ、最後のメッセージが未読になっていますね。ご覧になりますか?」
「は、はい」
「水晶に映します。手を離さないでくださいね。ログイン状態が途切れてしまいますから」
水晶には、『フィールド&ハーツ』の私のマイページが表示されている。新着コメントを示すマークに意識を向けると、コメント欄が水晶に映し出された。
『りょうちゃん、こちらこそありがとう。私もログボ生活だから引退近いかも? またどこかのゲームで会えたら、よろしくね』
りょうちゃんから、私が最後に送ったメッセージへの返信が来ている。
『みかんちゃん、招待状を送るね。また会えたら嬉しいな』
(招待状?)
その時刻を見てみると、私がバスに乗った少し後だ。メラミンスポンジをカバンに押し込もうと格闘していた頃かな? つまり、事故の直前。
「招待状って、この世界への招待状なんですか? でもどうして、フレンドのりょうちゃんが……」
「みかんさん、今の貴女には何もお答えできません。ただ、貴女が亡くなり、この世界に転生したことは事実です」
(夢、じゃなかったんだ……)
まさかの異世界転生じゃないかと感じつつも、夢だと思い込もうとしていた自分もいる。
「いつ教えてくれるんですか?」
「それはわかりません。時が来れば、知ることになるかもしれませんね。ですが名前を持たない貴女には、その時は来ません」
(名前を決めるのかな)
「私は、自分の名前をここで決めればいいんですね?」
「いえ、この世界の住人は、自ら名前を決めることはできません。この場所で授けることになります」
「じゃあ、お願いします」
「ゲームユーザーさんには、二つの道からひとつを選んでもらっています。この世界で新たな人生を送るか、ゲームでの経験値を引き継ぐか」
「どう違うのですか」
「新たな人生を選ばれると、ゲームの記憶を含めて前世の記憶を消去します。そして、貴女がご存知の人生を送ることになります」
「えっ? エリザ・ダークロードの妹の人生?」
「はい、その通りです。一方、ゲームの経験値を引き継がれると、前世の記憶は維持され、これまで遊んでくださった経験値は、何かの能力に変換して受け取っていただきます。ただし、当システムへの協力を少しお願いすることになります」
「協力って、具体的には何を……」
「詳細は申し上げられません。ユーザーさんの成長によって依頼内容が変わります。先程ご覧になった招待状の業務もその一つですが」
(えっ? りょうちゃんの……)
「それって、りょうちゃんが、この世界に転生しているということですか? 私のフレンドさんが……」
「今はこれ以上のことは、お答えできません。みかんさん、そろそろ選択してください。外でお待ちのご令嬢が、遅いと言って剣を抜きました」
「ひっ、えっと、じゃあ……」
何の役割もない方が、絶対に新たな人生としては正解だと思う。前世の記憶があるのは、普通はおかしなことだ。
だけど悪役令嬢の妹は、すぐに消える。つまり、私はすぐに死んでしまうんだ。
せっかく『フィールド&ハーツ』の世界に転生したのに、すぐに死んでしまうなんて、あんまりだ。記憶を維持したとしても、悪役令嬢の妹に転生したことは変わらない。生き延びられるかはわからないけど……。
「経験値の引き継ぎをお願いします」
私がそう答えると、彼はふわりと微笑んだ。
「みかんちゃん、ありがとう」
黒いベールのせいで顔はよく見えないけど、なぜか彼の、この雰囲気を知っている気がして、私は頬が熱くなってきた。
(なぜドキドキしてるの? 私……)
水晶玉が、強く光った。
身体の中を駆け巡る不思議な感覚。そして、何かが頭に浮かんできた。この身体の記憶だ。
私は、この身体の前の持ち主の、この世界での記憶を引き継いだようだ。昨日、私は、崖から突き落とされた!
「いやぁ〜っ!」
強い恐怖心が心の底から湧きあがり……私は意識を失った。