表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/196

5、神託者、二つの選択肢

「ここから先は、お一人で。中に神託者がいます。秘密保持のため扉は閉めますが、危険はありませんので気楽になさってください」


「は、はい」


(子供に見えないのかな)


 案内してくれた騎士風の人は、私を大人として扱っていると感じた。私の見た目は、5歳になったばかりの少女なのに、何かを見透かされているようで怖い。


(そもそも夢だもんね)


 私が部屋に入ると、バタンと扉が閉められた。その音にギクリとしてしまう。




「こちらへどうぞ」


「あっ、ファイ?」


 私の目の前に現れたのは、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』の案内キャラクターだ。


「わぁい、ファイだよぉ〜! 覚えてくれてて嬉しいな〜」


 私の周りを飛び回るファイに、ちょっと癒される。太った妖精という感じの、愛されキャラクターだ。



「ファイ、邪魔しないでくれる? 貴女は『フィールド&ハーツ』のユーザーさんですね」


 奥の円卓には、顔を黒いベールで隠した占い師風の男性がいた。


(ゲームの案内人だ)


「はい、わたひは……あっ、かんじゃった。すみません」


「構いませんよ。その姿では話しにくいでしょう。こちらに来て水晶玉に触れてください。ユーザー情報と照合します」


(ガチャの玉だ)


 最初の装備を決めるガチャは、あの玉に触れて引く。だけど、ユーザー情報って言ったよね?



 ファイが私に触れると、水晶玉の前にワープした。


(すごいね、ファイ)


 そーっと水晶玉に手を置くと、ガチャのときと同じように、水晶玉が輝いた。


「手を離さないでください。光が収まるまで触れていてくださいね、みかんさん」


(私のユーザー名!)



「みかんさんのユーザーレベルは112、クリアストーリーが21、配信日からのユーザーさんですね。最終ログインは、こちらに来られる当日。長い間『フィールド&ハーツ』を遊んでくださってありがとうございます。今の情報に、間違いはありませんか?」


「はい、クリアストーリー数は覚えていませんが、ユーザーレベルは……あれ? 私の声……」


(いつもの私の声だ)


「今は、前世の貴女に語りかけていますから、声は前世のものになっています」


「えっ? 前世? あの、私は……というかここって……」


「みかんさんは、亡くなられたようです。そのときに『フィールド&ハーツ』からの招待を受け取り、この世界に転生されました」


「招待? これって夢ですよね? 招待なんて……」


「あぁ、最後のメッセージが未読になっていますね。ご覧になりますか?」


「は、はい」


「水晶に映します。手を離さないでくださいね。ログイン状態が途切れてしまいますから」



 水晶には、『フィールド&ハーツ』の私のマイページが表示されている。新着コメントを示すマークに意識を向けると、コメント欄が水晶に映し出された。



『りょうちゃん、こちらこそありがとう。私もログボ生活だから引退近いかも? またどこかのゲームで会えたら、よろしくね』


 りょうちゃんから、私が最後に送ったメッセージへの返信が来ている。


『みかんちゃん、招待状を送るね。また会えたら嬉しいな』


(招待状?)


 その時刻を見てみると、私がバスに乗った少し後だ。メラミンスポンジをカバンに押し込もうと格闘していた頃かな? つまり、事故の直前。



「招待状って、この世界への招待状なんですか? でもどうして、フレンドのりょうちゃんが……」


「みかんさん、今の貴女には何もお答えできません。ただ、貴女が亡くなり、この世界に転生したことは事実です」


(夢、じゃなかったんだ……)


 まさかの異世界転生じゃないかと感じつつも、夢だと思い込もうとしていた自分もいる。



「いつ教えてくれるんですか?」


「それはわかりません。時が来れば、知ることになるかもしれませんね。ですが名前を持たない貴女には、その時は来ません」


(名前を決めるのかな)


「私は、自分の名前をここで決めればいいんですね?」


「いえ、この世界の住人は、自ら名前を決めることはできません。この場所で授けることになります」


「じゃあ、お願いします」


「ゲームユーザーさんには、二つの道からひとつを選んでもらっています。この世界で新たな人生を送るか、ゲームでの経験値を引き継ぐか」


「どう違うのですか」


「新たな人生を選ばれると、ゲームの記憶を含めて前世の記憶を消去します。そして、貴女がご存知の人生を送ることになります」


「えっ? エリザ・ダークロードの妹の人生?」


「はい、その通りです。一方、ゲームの経験値を引き継がれると、前世の記憶は維持され、これまで遊んでくださった経験値は、何かの能力に変換して受け取っていただきます。ただし、当システムへの協力を少しお願いすることになります」


「協力って、具体的には何を……」


「詳細は申し上げられません。ユーザーさんの成長によって依頼内容が変わります。先程ご覧になった招待状の業務もその一つですが」


(えっ? りょうちゃんの……)


「それって、りょうちゃんが、この世界に転生しているということですか? 私のフレンドさんが……」


「今はこれ以上のことは、お答えできません。みかんさん、そろそろ選択してください。外でお待ちのご令嬢が、遅いと言って剣を抜きました」


「ひっ、えっと、じゃあ……」


 何の役割もない方が、絶対に新たな人生としては正解だと思う。前世の記憶があるのは、普通はおかしなことだ。


 だけど悪役令嬢の妹は、すぐに消える。つまり、私はすぐに死んでしまうんだ。


 せっかく『フィールド&ハーツ』の世界に転生したのに、すぐに死んでしまうなんて、あんまりだ。記憶を維持したとしても、悪役令嬢の妹に転生したことは変わらない。生き延びられるかはわからないけど……。



「経験値の引き継ぎをお願いします」


 私がそう答えると、彼はふわりと微笑んだ。


「みかんちゃん、ありがとう」



 黒いベールのせいで顔はよく見えないけど、なぜか彼の、この雰囲気を知っている気がして、私は頬が熱くなってきた。


(なぜドキドキしてるの? 私……)




 水晶玉が、強く光った。


 身体の中を駆け巡る不思議な感覚。そして、何かが頭に浮かんできた。この身体の記憶だ。


 私は、この身体の前の持ち主の、この世界での記憶を引き継いだようだ。昨日、私は、崖から突き落とされた!


「いやぁ〜っ!」


 強い恐怖心が心の底から湧きあがり……私は意識を失った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ