45、あの地下室へ
「私は、えーっと……」
リゲル・ザッハの提案だけでなく、イチニーさんからまるで最期の言葉かのように言われたことが、頭の中によみがえってきた。
あっ、彼の最期の言葉というのも変ね。彼よりも私の方が、生き延びるのは難しい状況だもの。
イチニーさんは、この世界にいる転生者の大半は、私達とは別の方法で来たと言っていた。つまりゲームユーザー以外の異世界人よね。私を襲わせている者達の中には、その転生者もいるから気をつけるようにとも言われた。
(だから半減なのかな?)
この世界の構造自体が、今の私にはわからない。だけど、襲われるリスクが半減するなら、出演者側に回る方がいいのかな。
でも、夢の中に現れた神託者さんは、神託者同士の争いがあるようなことも言っていた。出演者側に回ると、神託者同士の争いの一方に加担することになるのかもしれない。
だけど、このままでいいわけがない。エリザが卒業してしまうと、今までとは襲撃方法が変わってくると思う。
「みかんさん、難しく考えることはない。それに、キミ達のいた世界とは10年弱の時差がある。配信10周年での新物語配信とイベントが、キミ達の主な活動となるようだ」
「やっぱり! 時差10年説が正しかったのね。あっ、すみません。続けてください」
時雨さんが、ギルドマスターの言葉を止めた。ふふっ、今までの情報屋としての予想が正しかったとわかって、つい言っちゃったのね。
「ふっ、あぁ、10年だ。だから10周年までは、この世界では、あと3年ちょっとの時間がある。今はまだ、運営のアバターしか来てないだろ? 2年後にはプレオープンだ。それまでに決めてくれたらいい」
ギルドマスターがそう説明すると、他のユーザー達は互いに話し始めた。出演するか否かの相談ね。
「ギルマス、ちょっと待て! みかんが出演者に回ると襲撃が半減すると言ったな? 2年なんて悠長なことを言っている間に、みかんが殺されたらどうするんだよ!」
ミーティングの片付けを始めていた他のユーザー達の手が止まった。皆、この世界の未来が、私の生死にかかっていることを思い出したらしい。
「みっちょさん、出演者登録をすると、その情報は数日で各所に伝わる。そうなればゲームの進行を守ろうとする者達が、出演者を守るために動くはずだ」
「じゃあ、みかんは、今すぐ登録する。私も時雨さんも、今すぐ登録するぞ」
(えっ? みっちょん……)
時雨さんは少し驚いた顔をしたけど、すぐに私に力強く頷いて見せた。
「みかんさんも、それでいいか? この世界の未来は、キミにかかっている」
「えっ、あの、私にかかってるって言われても……」
(自信がないよ)
「みかんちゃん、大丈夫だよ。私達も協力する! それに他のユーザー達も、みかんちゃんが消えると自分達の未来がどうなるか、容易に想像できるはず。絶対に、みんなも協力してくれるよ」
時雨さんがそう言うと、他のユーザーさん達も、思いっきり頷いてくれた。もう、人ごとではないもんね。ゲームユーザーなら、エリザ・ダークロードがどれだけ強いかを知っている。そんなエリザが、闇堕ちしたら……。
(誰にも止められないのね)
この世界の人達は、時空を超えた未来を見て、そうならないように必死なんだ。ゲームで描かれているよりも、この世界の状況は酷くなるのかも。そして、過去は変えられないから、だよね。
「では、ここに転移魔法陣を用意しようか。出演者登録は、グリーンロードの冒険者ギルド地下で行う。あの場所が、異世界との交流拠点だ」
ギルドマスターがそう言うと、扉の近くにいた職員さんが出て行った。この人数の転移なら、数人の魔導士が必要だもんね。
「グリーンロードなら、歩いても小一時間じゃないか?」
みっちょんがそう指摘した。
「草原には、今、運営のアバターが数十人いるぜ? 草原を通ると手助けを求められて誰かが捕まる。草原を通らないなら、いったん街道に出ることになるから……」
「あー、もう、わかった。転移事故を起こしやがったら許さないからな!」
みっちょんは転移魔法が嫌いみたい。転移事故で私が海に落ちたことを気にしてくれたのかもしれないけど。あのときはイチニーさんがいたから、私は全く不安じゃなかった。
(また思い出してきた……)
「急ぐ人だけ、先に行ってください」
応接室から次々と人が出ていく。他のユーザーさん達が、気を利かせてくれたみたい。
「この3人だけなら、俺一人で可能だな。じゃあ、行くか」
ギルドマスターはそう言うと、転移魔法を唱える。私は思わず、時雨さんとみっちょんの手を握った。私達は、真っ白な光に包まれた。
◇◇◇
私達が到着したのは、グリーンロードの冒険者ギルド1階の事務所だった。
「ちょうど良かった。トラブルです」
ギルドマスターは、すぐに職員さんに捕まっている。だけど彼は手を振り、職員さんを拒絶した。
「今は、それよりも重要な仕事中だ。俺がいなくても適当になんとかしろ」
「異世界人のトラブルです」
職員さんがそう囁くと、ギルドマスターはため息をついた。ゲームの運営さんだろうか。他の異世界人かもしれない。
「ちょっと待て」
ギルドマスターはそう言うと、何かの術を使い始めたようだ。淡い光を放っている。何をしてるのかは、さっぱりわからないけど。
「悪いな。俺が3人まとめて登録しようと思ったんだが、聞いての通り、急用だ。キミ達それぞれの担当者を呼んだ。地下へ向かってくれ」
「担当者って何?」
(みっちょんがキレそう)
「みっちょん、たぶん、名前を授ける神託者さんだよ。ゲームの案内人」
「神託者? 覚えてねーな」
(みっちょん……)
「みっちょさん、みかんちゃん、ここにいても仕方ないよ。とりあえず地下へ降りよう」
時雨さんにそう言われて、みっちょんは素直に頷いた。そういえば以前ゲームの中で、みっちょんが時雨さんのことを熱く語ってたことがある。時雨さんのファンだったのかも。
私達は、地下への階段を降りていく。
以前来たときから1年以上時間が経っているためか、階段は楽に降りることができた。あのときは、エリザが手を引いてくれたっけ。
「皆さん、一番奥の部屋でお待ちください。神託者は、まもなく到着します」
地下に降りると、鎧を身につけた人が、私達を名前を授かったときと同じ部屋に案内してくれた。
(皆、同じ神託者さんだったのかな?)




