40、くっつき貝の秘密
「この長い階段をのぼった先で、いったん休憩しましょう」
「……はい」
今、私は、ベルメのヘソという水場のすぐ先から続く長い階段を、イチニーさんに手を引かれてのぼっている。
階段の一段が高く、手すりもないから、イチニーさんが私と手を繋いで、ゆっくりと上がってくれている。さっきの水場で全回復したはずの私の体力は、もう限界が近い。
「今のミカンさんには、この階段は辛いですよね。私が抱っこして行く方がいいかな?」
私がくじけそうになってくると、イチニーさんはこんなことを言ってくる。
「だ、だいじょ……ぶ、れす」
彼は、私の反応を見ながら、少し立ち止まったりしてくれる。でも止まると必ず私の真後ろに回って、背中に手を添えて支えてくれる。振り返っても、イチニーさんがいるから、彼の胸しか見えない。
(私に後ろを見せないためね)
たぶん私はのぼってきた階段を見ると、あまりの高さに失神してしまうと思う。階段の下から上を見上げたとき、終わりが見えない崖のような階段に、とても恐怖を感じたもの。
そして何とか、長い階段をのぼり切った。
「よく頑張りましたね。ミカンさん、こちらへ」
左右に通路があるのに、イチニーさんは、突き当たりの壁に突っ込んで行こうとする。あっ、壁じゃなくて、これも光の反射で通路が見えないのかな。
まるで彼が壁に吸い込まれたように見えた。手を繋いでなかったら、私は恐怖のどん底に落ちたかもしれない。壁に当たりそうなほど近寄ると、その先に広い空間が見えた。
◇◇◇
「ミカンさん、こちらの岩に座ってください。近寄ってくる貝には触らないでくださいね」
緩やかな下り坂になっている広い空間を少し進むと、まるで長椅子のような岩がいくつも並んでいた。そして地面には、たくさんの大きな巻き貝があった。
巻き貝は、割れているものも多いけど、二つがくっついてハート形になっているものも少なくない。このハート巻き貝は、ゲームの中なら、冒険者ギルドで高く買い取ってくれたっけ。
(ここって……ボス部屋?)
言われた通り岩に座り左右を見回すと、緩やかな下り坂の突き当たりに繋がる通路が見える。
乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』では、ベルメの海岸から洞窟へ入って少し歩くと、右側にボス部屋があった。
そこには、ストーカー貝という集団で行動する弱いモンスターがいて、1体でも倒してしまうと、ずっと他の個体に付け回される。ストーカーされてる間は、強いモンスターが異常に寄ってくるから、結局、フィールドをログアウトして、ベルメから離れるしか対処方法はない。
このボス部屋のモンスターは、ある意味最強のボスだと、誰かが言っていた。立ち入るだけなら大丈夫だけど、ストーカー貝は、うっかり踏んでしまうだけでも倒せてしまうから、このボス部屋の扉は絶対に開けてはいけない。
「ミカンさん、どうぞ」
イチニーさんが、マグカップを渡してくれた。
「ありがとう」
マグカップの中身を一気に飲み干すと、体力は全回復したみたい。さっきの湧き水ね。
「あっ、そのマグカップは、さっき私が使ったものかもしれません。間接キスになっちゃったかなぁ」
「ええ〜っ!?」
「ふふっ、冗談ですよ。使い捨てマグカップなので、さっき使ったものは、割って土に還しました。濡れたままだとすぐに、ふにゃふにゃになるんですよね〜」
イチニーさんは、とても楽しそうにケラケラと笑っている。イタズラが成功した子供のような笑顔ね。
「別に、間接キスになっちゃってもいいよ」
私がそう返すと、彼は少し目を見開き、ふわりと笑った。
「ミカンさんに今、誘われたのかと思ってしまいましたよ」
「えっ? そんな……」
突然の甘い雰囲気に、私の頬は熱くなってきた。イチニーさんが私を見る目が、とても色っぽく艶っぽく見えた。
(わっわっ)
だけど、それはほんの一瞬のことだった。私は6歳児だもんね。それを忘れちゃいけない。でも彼は、私の見た目ではなくて、別の私を見ているような、そんな気がした。
「ふふっ、冗談です。でも、うん、この嬉しい言葉の記念に〜」
イチニーさんはキョロキョロと何かを探し始めた。そして、ハート形にくっついている巻き貝を拾った。
「貝は触っちゃダメなんじゃ?」
「動いている貝はダメですよ。あぁ、ここは光ゴケの影響で黒い貝に見えますが、くっつき貝ですよ。この貝殻集めが実習の課題でしたね」
「くっつき貝って、あっ、草原で……」
草原でのフィールド実習で、私が襲われたときに時雨さんが使ったアイテムだ。大きな巻き貝を空に放り投げたらピカッと光って、後から、私達が襲われている様子を上空から映したような映像を見たっけ。
「ええ、くっつき貝は攻撃を受けると、仲間にその様子を伝えるのです。だから中堅冒険者は偵察時の記録として、くっつき貝を利用します」
「あー、ストーカー貝……」
「そういえば、一部の転生者は、生きているくっつき貝をストーカー貝と呼びますね。仲間がずっと付きまとってくるだけの弱い貝なんですが」
「いろいろなモンスターが寄ってくるんですよ」
「へぇ、そう言われてみれば、そうかもしれませんね」
イチニーさんには、ピンときてないみたい。強い冒険者には、あの恐怖はわからないかも。
「えっと、このハート巻き貝は……」
「これは、くっつき貝の抜け殻です。魔力の高い個体は、このように、他の貝にヤドカリされないように、くっつくんですよ」
「同じ貝なんですね」
「ええ。ただ、私達の用途は違います。ちょっと、こちらを持ってください」
イチニーさんに言われた場所を握ると、彼はハート巻き貝に弱い雷属性魔法を使ったみたい。すると、くっついていた巻き貝が、パカっと二つに分かれた。
そして、スーッと手のひらに吸い込まれるように、消えていった。
(あれ?)
巻き貝はどこに行ったのかと考えた瞬間、手のひらに現れる。冒険者ギルドカードと同じね。
「ふふっ、これで、秘密の通話ができるようになりましたよ。その貝を耳に当てて、魔力を少し流せば、私が持つ貝に繋がります。えーっと、転生者のひとりがケイタイだと言ってました。確かに、携帯できる貝ですね」
「携帯電話ってことかな」
「あー、そう言う人もいましたね。数回使うと貝は砕けてしまいますが、私の声が聞きたいときは、これを使って連絡してくださいね。この貝は、恋人同士で持つのが流行ってるんですって」
(えっ? 恋人〜っ!?)




