4、グリーンロード領の冒険者ギルド
「わぁ〜、キラキラしてて、きれい」
馬車が走る真っ直ぐな道は、黒い石が敷き詰められていて、キラキラと輝いていた。この石のおかげで、馬車はほとんど揺れないのだろう。道路の舗装みたいなものかな。
(すごく速いのね)
馬車なのに、高速道路を走る車より速いかもしれない。馬車と呼んでるけど、私が知る馬とは違う。頭にツノがある一角獣みたいな馬だ。
「ふふっ、妹ちゃんの元気な笑顔を見ることができて、とっても嬉しいわ。もうすぐグリーンロード領に入るから、田舎道になってしまうわよ」
「いなかみち?」
「ええ。各領地を結ぶ道は、その領主家の特徴を表しているの。ダークロード領では、黒曜石というキラキラとした黒い石が採れるから、このように道に使っているのよ」
「こくようせき?」
「ふふっ、妹ちゃんにはまだ難しいかしら。強い魔力を秘めた石のひとつよ。今は魔力を感じないでしょうけど、名前を授かったら、きっとわかるわ。道に黒曜石を使っているから、馬車が滑るようにスムーズに進むのよ」
エリザ・ダークロードは、常に私を構いながら上機嫌だった。彼女とは、歳は15くらい離れているのかな。
馬車に乗ってから、私にパンを食べさせ、冷たいスープを飲ませてくれた。まるで母親のようね。そういえば、母親はいないのかな? 彼女の口からは、お父様という言葉しか聞いていない。
「あっ、かわった!」
窓から見える景色がガラリと変わると、馬車はガタガタと揺れ始めた。高速で走るから、この揺れはなかなか酷い。
「グリーンロード領に入ったわ。田舎道を馬車で走ると、お尻が痛いわよね。何より、妹ちゃんの左腕の怪我に差し障るわ。ロイン! 浮遊魔道具を稼働しなさい」
「あの、ここからですか? お嬢様、さすがに距離が……」
「クリスタルをケチってどうするの! 妹ちゃんは怪我人なのよ?」
「では、その先で少し休憩を……」
「バカなことを言わないで! 妹ちゃんが、どこの崖から落ちたと思ってるの! 休憩はしないわ。浮遊魔道具を使いなさい。命令よ!」
「ハッ、かしこまりました」
護衛らしき騎士の一人が、無色透明なプラスチックのようなものを、どこからか取り出した。そして、御者にそれを渡している。あれがクリスタルなのかな。
(あっ! 揺れがなくなった)
馬車は同じ道を走っているけど、全く揺れなくなった。ガタゴトとうるさかった音も軽減されている。
「クリスタルって……」
「まぁっ、妹ちゃん、クリスタルに興味があるの? あれは、ベルメの海底ダンジョンでたくさん採れるものよ。ふふっ、クリスタルのことが気になるなんて、妹ちゃんは魔法力が高いかもしれないわね。楽しみだわ。どんな名前を授かるのかしら」
(ベルメの海底ダンジョン……)
そうか、あの海底ダンジョンでエリザ・ダークロードとの遭遇率が高かったのは、彼女がクリスタルを採りに行くからかな。
乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』では、ベルメの海底ダンジョンは、ユーザーレベルが100を超えないと入れない危険な場所だ。たくさんの珍しいアイテムをドロップするモンスターがいるから、資金稼ぎには最適だったっけ。
「妹ちゃん、もうすぐ着くわよ。楽しみね」
馬車は、グリーンロードの街に入った。
一瞬、知らない街に見えたけど、当たり前ね。ゲームでは上から見ている構図だったけど、今は、私自身が街の中に入ってるんだもの。でも、大丈夫。少し見慣れてくると、完全に記憶している街並みだった。
馬車は静かに、冒険者ギルド前で止まった。
◇◇◇
大きな建物の扉をギィ〜っと、護衛の一人が開けてくれた。
(わっ、すごい人!)
ガヤガヤと賑やかな広い部屋。冒険者ギルドって、こんなに騒がしかったのね。
私は、左腕の包帯を隠すためか、白いポンチョのようなものを着せられている。少し肌寒いからかもしれない。
コツコツと靴音を響かせて彼女が歩くと、騒がしかった室内は一気に静かになっていく。
(エリザは、もう、悪役令嬢なの?)
私が知るゲームに出てくるエリザ・ダークロードには、いろいろな姿があるけど、一番若くても20代前半だ。
あちこちから、ダークロード家だと囁く声が聞こえる。護衛の制服で判断しているのかもしれない。
「妹ちゃん、ここからは階段よ。上手に降りられるかしら? 一段が大きいから気をつけて。ゆっくりね」
エリザ・ダークロードは、周りの声は完全に無視して、私に優しい笑顔を向ける。
私はこくりと頷き、彼女に手を引かれ、階段をゆっくりと降りた。
冒険者ギルドの地下は、ゲームでは新規ユーザーの登録場所だったはず。あっ、名前を決める場所が、この世界では名前を授かる場所なのかも。つい、整合性を考えてしまうけど……これは、私の夢よね?
◇◇◇
「身分証の提示を!」
地下は予想以上に広かった。長い通路の入り口は、大きなガランとした広間になっていて、強そうな騎士風の人が何人もいる。
「エリザ・ダークロードよ。妹ちゃんの名を授かりに来たわ。後ろの二人は、ダークロード家の使用人よ」
彼女は、声をかけて来た人に、カードを提示している。カードにゲームロゴが記されていることが、不思議に思えた。
エリザ・ダークロードって、この若さで、もうプラチナカードなのね。さすがというべきかな。
レベル100を超えると、カードは白金色に変わる。私もプラチナカードだったけど、エリザ・ダークロードに勝てたことはない。私の知るゲーム内の彼女は、さらに上だったことは明らかね。
「お嬢さんは、こちらへ。付き添いの方は、ここでお待ちください」
「ちょっと待って。妹ちゃんは、昨日、怪我をしたのよ。私は母親代わりでもあるから、同伴は認められるはずよ」
(母親代わり?)
エリザ・ダークロードは必死に訴えたが、それは認められないようだ。
「この先に危険はない。名前は、ひとりで授かるものです。同伴者がいると、同伴者が纏う邪気がお嬢さんに悪影響を与えますよ」
「そう、わかったわ。私はここで待ちます。妹ちゃん、怖くなったらすぐに私を呼ぶのよ?」
心配そうな彼女に、私はこくりと頷く。
「では、お嬢さん、こちらへ」
「はい」
私は騎士風の人によって、地下通路の最も奥の部屋へと案内された。