表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/196

38、不思議な水場とリゲル・ザッハの提案

「ミカン・ダークロードと言ったか。母親は誰だ?」


 リゲル・ザッハは、強い口調で私に尋ねた。イチニーさんに助けを求めようとして視線を向けても、彼は、作ったような笑みを張り付けていて、その感情は読めない。


 頭がチリチリする。イチニーさんは信頼できると思っていたのに、裏切られたのかな。でも、彼はそんな人じゃないと思いたい。


 私が黙っていたことにイラついたのか、リゲル・ザッハの表情は、ますます険しくなってきた。私は、リゲルに殺されるの? イチニーさんは、私を、彼に売った?


 こんなに疑心暗鬼になってしまうのは、どうしてだろう。さっきまでは、ふわふわとした居心地の良さを感じていたのに、今ではそのすべてが嘘だと思えてくる。


(でも、イチニーさんのことは信じたい)


 誰かを疑って不安になるより、信じたい人を信じている方がいい。どうせ、殺されるときは殺される。私は、『悪役令嬢の妹』に転生してしまったんだから。


 私は覚悟を決めて、リゲル・ザッハを真っ直ぐに見た。



「私は、母親を知らないわ。父親の顔も記憶にない」


「は? そんなこと……ふん、嘘はついてないらしいな」


(嘘発見器の術? あっ、そうだ)


 私は左腕に触れた。えのき茸は、悪意発見器だということを忘れていた。わずかにズキンと痛むけど、強い悪意ではない。リゲル・ザッハは、少なくとも私に殺意は向けてない。



「ミカンさんの姉は、エリザさんですよ」


 イチニーさんがそう言うと、左腕の痛みが完全に消えた。リゲル・ザッハの悪意が消えたということ?


「ふぅん、なるほどな。それでおまえが接触しているのか」


 リゲル・ザッハの問いに、イチニーさんは感情の読めない笑みを浮かべただけだった。二人は知り合いみたい。それでイチニーさんが、私に何かの意図があって接触した?


「私は、偶然、同じ魔術学校に通っているだけですよ」


「ふぅん、何も話してないというわけか。で? ここで休憩するということは、俺に何を言わせたい? ここはベルメのヘソだぜ?」


(ベルメのへそ? 何それ)


「ミカンさんは強い人ですよ。ベルメの闇にはとらわれない」


「ふぅん、うん? あんた、どこかで見た顔だな」


 リゲル・ザッハは、私の顔をジッと見ている。睨まれているように感じて、怯みそうになる。



「リゲルさんとは、昨日、焼き菓子の店で会ったわ」


 私がそう答えると、リゲル・ザッハは目を見開いた。


「あんた、俺の名前がわかるのか。あぁ、アイツらがそう呼んだのを覚えていたのか。だが、エリザの妹ということは、転生者だな?」


「えっ……」


 どう答えるべきかわからず、イチニーさんの方に視線を移した。だけど彼はニコニコして、私にパンを差し出してくれただけだった。


「ミカンさん、昼食の時間は過ぎていますよ。飲み物は水しかないのですが」


「あ、ありがとう」


 イチニーさんは、リゲル・ザッハにもパンを渡すと、水場の方へと歩いて行った。


(もしかして、水を汲みに行った?)


「おい、飲み水なら、奥の方へ行けよ」


「わかってますよ」


 イチニーさんは、何かの術を使ったみたい。水の上を歩いていく。


(すごい……)



「お嬢ちゃん、アイツのことはどこまで知っている?」


「えっ? イチニーさん? えっと高位ランク冒険者だということは知っています」


「ふぅん、それで、俺のことは?」


「リゲルさんは、パーティを抜けたみたいだなぁということは……」


「他には?」


「いえ、別に……」


 リゲル・ザッハの視線は、水場の方に向いた。静かだった水面が波打ち始めている。


「お嬢ちゃん、ここはベルメのヘソだ。嘘は通用しない。だから、俺はここに隠れている」


 リゲル・ザッハが嘘発見器のような術を使ったんじゃなくて、この水場にそんな不思議なチカラがあるってこと?


「えーっと……」


「ゲームユーザーだな? 俺の家名も知っているのだろう?」


「貴方も、『フィールド&ハーツ』のユーザーなんですか?」


「は? 俺はどう見ても出演者の方だろ。俺はこの世界で生まれた。転生者ではない。物語ストーリーは既に作られたようだが、フィールドはこれからだったな。時差があるらしいから、よくわからねーが」


「10年くらいの時差があるみたいです」


「ふぅん、俺の物語ストーリーも作られたらしいな。嫌だと言ったのに」


「リゲルさんの物語ストーリーは、人気がありましたよ?」


「ふん、どうでもいい。俺の家名は?」


「えーっと、リゲル・ザッハさん……」


「チッ、やはりザッハ家として作りやがったか。どの神託者だ? 物語ストーリーの作者は知らないか?」


「いえ、あの、神託者さんが、物語ストーリーを作ったんですか? ゲームの案内人の姿だったけど、神託者さんってそもそも何者なんですか」


(あっ、質問に質問で返しちゃった)


「なるほどな、アイツはそれを俺に言わせたいのか。確かにエリザの妹は、何か対処しないと永遠に命を狙われるからな」


 リゲル・ザッハは、何かを考え始めたみたい。


 私は、スポンジの木のおかげで悪意がわかる。だから、今は華麗に避けることができている。でも、エリザが家を継ぐ権利を得ると、どうなるかわからない。今のような偶然を装う余裕はなくなり、過激な方法で狙われるようになると思う。



「お嬢ちゃんは、このままでいいのか? エリザの妹は、エリザの唯一の弱点だ」


「いいわけないけど、でも……」


「ふぅん、そうだよな。お嬢ちゃん、一つだけ狙われなくなる方法があるぜ」


「どうすればいいのですか」


「お嬢ちゃんも、出演者側に回ればいい。そうすれば奴らは、あんたの命は狙えなくなる」


「えっ? 一体、どういうことですか? 奴らって? そもそも神託者が……」


「何も知らないらしいから言っておく。神託者は、特殊能力を持つ者の総称だ。ちなみに俺も神託者だ」


「ええっ!?」


「ふっ、ユフィラルフ魔道学院に通ってるんじゃねーのかよ? 1年程前に、エリザの妹がそこの初等科に入学したと聞いたぜ」


 そういえば、神託者を目指す人が多く通う学校だと言ってたっけ。シャーマンのことばかり気にして忘れてた。



「あぁ、お嬢ちゃんの担当の神託者に言っておくよ。ミカン・ダークロードは、一応合格だってな」


「合格って、何が……」


「シーッ! そろそろ声が聞こえる距離だぜ」


 大きな容器を持ったイチニーさんが、こちらに向かって、水の上を歩いてくる。


(イチニーさんには秘密なの?)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ