37、スポンジの木の芽が無双してるよ
延々と続くゆるい上り坂は、かなり疲れる。ずっと引きこもっていたから、体力がないのね。
(しかし……)
さっきのことで大胆になったのか、左腕に刺さっているスポンジの木は、透明なえのき茸を3本も出している。もう、隠れる気もなさそう。
私がモンスターに気付くより前に、えのき茸がスルスルと伸びていく。そしてパクッと食べちゃって、素知らぬフリで戻ってくる。まるで、意思を持っているかのようだ。
「ミカンさんの護衛役は、スポンジの木に取られてしまったな。私がカッコいいところを見せる予定が台無しですよ」
イチニーさんはそう言いつつ、突然現れる不意打ち系のモンスターや魔物を、正確に斬っている。
「スポンジの木がこんな動きをするのは、初めてです。イチニーさんは、すごく慣れてるんですね。今のモンスターは、現れる前に斬ってましたよね」
「あぁ、ちょっとした予兆はありますよ。ふふっ、ミカンさんに褒めてもらえると嬉しいなぁ」
(なんだか、いつもと違う)
イチニーさんは、この海底ダンジョンに入ってから、チャラい雰囲気はなくなった。話し方も穏やかだ。いつもとは違うけど、こっちの彼の方が自然な気がする。
あっ、でも、私の方も変わったかも。他の人の目がない場所では貴族として振る舞う必要がないから、自然に話せる。
私は6歳児だけど、イチニーさんは私を大人として扱ってくれている。そういえば今までも、私をあまり子供扱いしなかったっけ。
(居心地がいいな)
この世界に転生してきて、こんな風に感じたのは初めてかもしれない。このベルメの海底ダンジョンが、前世の記憶を呼び覚ます。
あの頃は、現実逃避の場所の一つが、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』だった。危険な海底ダンジョンも、私にとっては、安全に現実逃避できる場所だった。
そんな場所で、イチニーさんと二人っきりだから、とても居心地が良くて楽しいのかな。
ゲームではなくて現実だということを、忘れてしまいそう。ここは危険なダンジョンのはずだけど、私の心には全く不安はない。私の体力がもつかは、ちょっと不安だけど。
「狩りをするスポンジの木って、初めて見ましたよ。どういう仕組みになってるのかな。魔物を見つけた瞬間、半透明な何かが覆うのは見えるんですけど、魔物と一緒に消えてしまうんですよね」
今また、えのき茸が3本ともスルスルと伸びて、パクパクッとバケモノを食べた。5〜6体のモンスターか魔物かわかんないものが、一瞬で丸呑みされる様子に、イチニーさんは目を輝かせている。
(えのき茸は見えないのかな?)
素知らぬフリで、ゆらゆらと揺れる細いえのき茸は、透明だけど私の目には見えている。
「今、3本の透明な芽が、ゆらゆらしてるんですけど、何かを見つけると伸びていくので……」
「えっ? どこですか?」
イチニーさんは、私の左腕を見ている。えのき茸は、私の頭より上まで伸びてゆらゆらしてるから、見えてないのね。ゆらゆらするのは、私が腕を振るからだろうけど。
「ここにいます。透明なんですけど。あっ、逃げた」
私が右手で指差したら、えのき茸はスルスルと短くなった。完全に私の言葉を理解しているのかな。
「私には全く見えないんですよ。サーチ魔法を使っても弾かれるから、狩りをする瞬間しか見えないな。どんな状態なんですか?」
「スポンジの木の新芽はご存知ですか?」
「ええ、白くて綺麗な柔らかいものですよね」
「その新芽と形は同じです。それが伸び縮みするんですよ。モンスターに近寄ると、芽の先端が大きくなって、パクッと食べちゃう感じです」
「へぇ、面白いですね。やはり聖木って、適応力が高いんだな。狩りを始めたということは、今までの事例にはない進化をしてるのかな。楽しみですね〜」
イチニーさんは、やっぱり、私を不安にさせないように気を遣ってくれている。彼にこんな風に言われなければ、えのき茸は……いや、そう言われても、やっぱり気持ち悪いな。
こんな風にモンスターや魔物を丸呑みするってことは、私もいつか、このえのき茸に喰われるかもしれない。
(あれ? 隠れた)
私がネガティブなことを考えたことに気づいたのかな? ますます気持ち悪いよね。エリザに相談する方がいいかな。
でも、新芽が柔らかい間は、切れないんだっけ。私の血管とも繋がっているらしく、切ると、大出血を起こしてしまうと言われた。もう、刺さってから1年以上になるから、新芽とは言えないかもだけど。
私の少し前を歩いていたイチニーさんが急に止まり、私は彼に頭突きをする形になってしまった。
「あっ、ごめ……」
すると彼は、私をお姫様抱っこした。私が歩き疲れて急に止まれなかったからかな。お姫様抱っこは嬉しいんだけど、彼の負担になるよね。
「あの……」
「シッ、お静かに」
イチニーさんが、警戒したのが伝わってくる。お姫様抱っこをされて、ふわふわドキドキしていた私の頭は、一気に冷えてきた。
彼が警戒するほどのモンスターの気配を察知したのだろうか。あっ、えのき茸が隠れたのは、スポンジの木では丸呑みできないほどの強敵ってこと?
前方には、水場が見える。
ダンジョン内の池や湖って、だいたいボスモンスターがいたっけ。だけど、ベルメの海底ダンジョンは、上へ行くにつれ、現れるモンスターは弱いものになっていくはずなんだけどな。
(あっ! 人だ)
私が気づいたときには、水場のそばにいた人も私達に気付き、剣を抜いていた。
「おまえは……ん? 子供連れか?」
「あぁ、やはり貴方でしたか。私は、追手ではありませんよ。転移事故で海に落ちたので、海岸を目指しています」
(リゲル・ザッハだ!)
「そういうことか。それならさっさと行け。もう少しで海岸洞窟への階段がある」
(階段……)
私がげんなりしたことに気づいたのか、イチニーさんが私を地面に下ろした。
「じゃあ、少し休憩しましょうか。ずっとここまで歩いてきて疲れたでしょう? ミカン・ダークロードさん」
(なぜ言うの!?)
イチニーさんが私の名前を口にしたことで、水場にいたリゲル・ザッハは、私に鋭い視線を向けた。リゲル・ザッハは、ダークロード家を恨んでいるのに。
私は、イチニーさんに裏切られたのだろうか。頭がチリチリしてきた。嫌な汗も出てくる。そもそも、イチニーさんは私の家名をいつ知ったの?
(私は、ここで殺される?)




