34、ベルメの海
翌朝、私はサラ達と一緒に、ユフィラルフ魔導学院の校庭にいた。昨夜遅くに、フィールド実習の場所についての連絡が届いたばかりだから、集まっている人は少ない。
昨日の朝に、授業が休みになるという連絡と一緒に、先に魔術科へ知らされていたみたい。だから時雨さんがすぐに、私の部屋に来てくれたのね。
レオナードくんがイチニーさんに話したことで、二人も、私の部屋に来てくれた、ということだったみたい。
初日の一番早いタイミングなら、私を狙う襲撃者が来ることはないからと、今日、フィールド実習に行くことになった。
「皆さん、おはようございます。本日より初等科のフィールド実習は、ベルメ海岸で行うことになりました。ただ、少し危険な場所でもあるので、冒険者ギルドに協力を依頼しました」
(冒険者? いないよね?)
みんな私服だけど、冒険者には、特有の雰囲気がある。基本、数人のパーティを組んでいるから、ちょっと騒がしかったりするんだけど。
「あぁ、冒険者の方々には、先にベルメ海岸に行ってもらっています。近くの村に実習の実施連絡が必要ですので」
私だけでなく、何人がキョロキョロしていたためか、引率の先生は説明を補足した。この先生は見たことがないけど、なんだか場慣れしているって感じ。初等科では教えていない魔術科の先生なのかな。
「それと、参加者には、魔術科の学生の補助を付けることになっています。今日、早速集まった皆さんは、魔術科の知人からの連絡があったのでしょう。初等科だけで参加する人はいませんね?」
先生がそう言うと、二人ほど手があがった。すると実習補助の魔術科の人達が、それぞれに加わったみたい。以前の草原でのフィールド実習とは、先生の指導力が違う。それほど、ベルメ海岸が危険だということね。
(ゲームと同じね)
「ベルメ海岸へは転移魔法で移動します。実習内容は、くっつき貝の貝殻集めです。貝殻を拾ってください。くれぐれも、中にモンスターが入っている貝に間違えて触らないように」
(くっつき貝かぁ)
草原でのフィールド実習のとき、時雨さんが使ったアイテムだ。あの後、図書館で調べたけど、くっつき貝は珍しいのか、複数の別の記述を見つけた。あまり解明されてないみたい。もしくは、あえて秘密にしているのかな。
そういえば魔物に関する本も、あいまいな記述が多かったな。モンスターと魔物の違いは、魔力の有無の違いだということはわかったけど。
「ミカンさん、迷子にならないように手を繋いでいきましょう」
(えーっ!?)
先生数人が転移魔法の詠唱を始めると、イチニーさんが私の右手を握ってきた。こういう不意打ちって……顔が赤くなるよね。
「おい、イチニー! 無礼だぞ」
「初等科の学生同士は、バラバラにならないようにって、今、先生が言ってましたよ。仕方ないなー、レオナード様も手を繋ぎますか?」
「繋がねーよ」
(ふふっ、また始まった)
たぶんイチニーさんは、レオナードくんをからかうために、私の手を握ったのよね。意識しちゃいけない。
「シグレニさん、あの先生は大丈夫?」
イチニーさんが時雨さんにそう言うと、彼女は、サラとレオナードくんの手を握った。
「レオナードさん、イチニーさんと手を繋いで……」
時雨さんがそう言いかけたとき、転移魔法が発動した。
(あれ? 前よりすごく揺れる……)
グニャリと歪む景色に、私はめちゃくちゃ気持ち悪くなった。しかも、真っ白で何も見えない時間が長い。
『ミカンさん、大丈夫ですよ。私がいます。先生の一人が集中力を欠いたみたいですね』
(えっ? この声は何? 夢の中の声みたい)
『これは念話という魔法です。声による伝達が難しいときに使う意思疎通方法ですよ』
(私は、そんなの使えないのに)
『大丈夫。ちゃんと心の声は聞こえています。そろそろ到着するみたいですね。ちょっと失礼』
イチニーさんは、手は繋いだまま、もう一方の手で後ろから私をキュッと抱きしめた。
『大きく息を吸って、ハイ、止めて』
(えっ? えっ?)
バチャン!
真っ白の光から出た瞬間、私達は水の中に落ちたみたい。どんどん沈んでいく。でも、私は息を止めていたから水は飲んでない。
『ミカンさん、海底にダンジョンがあるので、そこから海岸へ行きましょう。心配しないで大丈夫ですよ。あの先生がポンコツなのは、シグレニさんもご存知です』
(えっ? 私達だけ、はぐれた?)
イチニーさんは、私の口に何かをくっつけた。
『海中草ですよ。それを食べれば水の中でも呼吸ができます。ヌメヌメしてますけど、噛むとわりと美味しいです』
イチニーさんが先に食べて見せてくれた。私も口にくっつけられたものを口の中に入れた。噛むとプチプチと弾ける。
(とびっこみたいな味)
ゴクリと飲み込むと、急に水の中がはっきりと見えるようになった。
『もう、普通に呼吸をしても大丈夫ですよ。今の量で、半日は魚になった気分になれます』
イチニーさんにそう言われて、スーッと口から息をしてみる。
(めちゃくちゃ水が入ってくるけど、苦しくはないかも)
『でしょう? 魚はそうやって呼吸するみたいですよ。もうすぐ海底ダンジョンに着きます。ダンジョン内は、普通に空気がありますからね』
(うん、わかったわ)
イチニーさんに抱きかかえられて、海底ダンジョンへと泳いでいく。私がドキドキしているのも、きっとバレてるよね。
ダンジョンの入り口は、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』で見たものと全く同じだった。ここはベルメ海岸じゃなくて、ベルメの海なのね。
だけど、このダンジョンには、強いモンスターや魔物がいたはず。ゲームと現実では違うのかな?
『ミカンさん、レベル上げもしちゃいますか?』
(へ? レベル上げ?)
『ええ。ちょっとこの海底ダンジョンは、強い魔物が多いんですよ。私達はパーティを組んで来ましたから、ミカンさんは一撃入れるだけで大丈夫ですよ』
(一撃って、私は全く戦ったことないよ?)
『大丈夫、ミカンさんならできますよ。ダンジョンの入り口近くにいる番人に、石つぶてをイメージして魔力を放ってください』
(え〜っ?)
戸惑っているうちに、私達は海底ダンジョンの入り口に到着してしまった。




