30、焼き菓子の店にて
「お嬢ちゃん、これは、厨房の圧搾道具で果物をしぼったときの匂いですよ」
「圧搾道具? へぇ、面白そう」
案内されたのは、窓際の4人席だった。外を歩く人達が見えるから、サラもグラスさんも少し警戒したみたい。
「当店は焼き菓子の店ですが、フレッシュジュースもオススメですよ。使う果物は、あちらでお好きなものをお選びいただけます」
厨房の前には、たくさんの果物が、まるで飾りのように並べられている。
(フレッシュさの演出かな)
メニューを見てみると、果物を使った焼き菓子の店だとわかった。写真がないから、イメージが湧かないけど。
「では、オススメの焼き菓子を3人分と、飲み物は……サラさんはどうしますか?」
グラスさんは、オススメ焼き菓子を選んでくれた。初めて来た店なら、たぶんこれが正解ね。
「えっ? えっと、サラは……えーっと……ミ……妹ちゃんはどうする?」
(優柔不断ね)
サラは、姉妹を演出することに必死みたい。あまりにもぎこちないから、店員さんが不思議そうな顔をしてる。
「私は、フレッシュジュースにするよっ! お姉ちゃんは、いつもみたいに紅茶にしたら? 悩み始めたら決まらないでしょ」
「へ? そ、そう? 決めるときは、バシッと……」
サラは、外の通りも気になってるみたいで、何を言ってるか、自分でもわかってないみたい。
「では、僕と彼女は冷たい紅茶でお願いします」
グラスさんがさりげなくフォローしてくれたけど、サラは心ここに在らずという感じになってる。店内を見たり外を見たり、あまりにも怪しい行動ね。
「オススメ焼き菓子3つと、フレッシュジュース1つと、冷たい紅茶2つですね。かしこまりました。フレッシュジュースの果物は、お選びになりますか? お任せも可能です」
店員さんが、私達を怪しい客認定してしまいそう。さっきとは明らかに態度が違う。サラが、あまりにも落ち着きがないのよね。
(あっ、そうだ!)
「果物を選びたいっ」
「では、お嬢ちゃん、こちらへどうぞ」
「はーい」
私が立ち上がると、サラもゆらっと立ち上がる。ちょっと不気味な目つきね。
「お姉ちゃんは、ここで待ってて。私ひとりで選べるからっ」
「えっ? でも、危険ですよ」
(ちょっと、サラ……)
店員さんの前で、何を危険だと言ってるの。
「大丈夫だよ。私、もう転ばないもん」
「へ? あー、はい」
「サラさん、座ったらどうですか? 妹さんも、同じ失敗はしませんよ」
グラスさんが私の話に合わせてくれたけど、サラには伝わってない。何だか大混乱してるみたい。
(サラのトラウマになってるのかな)
半年前の襲撃以降、寮の部屋以外の場所では、サラは常に手の届く距離にいる。
「こちらへどうぞ。足元に気をつけてくださいね」
「はーい」
店員さんが、ますます怪訝な顔をしてる。私は店員さんについて、果物がたくさん並ぶ厨房前に歩いて行った。
(あっ、痛っ)
左腕がズキンと痛んだ。店の中に入ったときより、強い痛みを感じる。ということは、今、私の視界に入った中に、私に悪意を向ける人がいたのね。
振り返りたい気持ちを我慢して、果物が並ぶテーブル前に立つ。まずは店員さんの不信感から解消しなきゃ。
「果物の説明は、必要でしょうか」
店員さんは笑顔だけど、明らかに早く終わらせようとしてる。たぶん、サラがこちらをガン見してるのね。
(あっ、いいことを思いついた!)
「お姉さん、お姉さん。私のお姉ちゃんはこっちを見てる?」
小声でそう尋ねると、店員さんはコクリと頷いた。
「あのね、あの二人、まだ恋人じゃないの。お姉ちゃんはあの人のことが好きなのに、モテないからって言ってたの。どうしたらいいのかな?」
私がそう尋ねると、店員さんの表情はパァッと明るくなった。そして、思いっきり何度も頷いている。
「だから、あちらのお客さんは、ぎこちない雰囲気だったのですね。たまに、賞金稼ぎの冒険者が来て、店内で騒ぎになることがあるので、警戒してしまいました」
(冒険者のフリが裏目に……)
「うん? お姉ちゃんは、回復魔法しか使えないよ?」
「そうでしたか。ふふっ、すみません。えっと、ご相談でしたね。男性の方は優しい目で見られていますね」
「二人は、恋人になれる?」
「お姉さんはご自分に自信がないようですから、少し時間がかかるかもしれませんね」
「そうなの。私が行こうって言わないと、一緒にお出かけもできないの。でも、私はお邪魔だよね? 今、二人はしゃべってる?」
「いえ、お姉さんはずっとこちらを気にされているようで……」
「そっかぁ。じゃあ、私は早く席に戻る方がいいのかなぁ?」
「そうですねぇ。ふふっ、妹さんとしては心配ですね」
「うん、お姉ちゃんって、笑うとかわいいのに、外に出ると難しい顔ばかりするの」
「緊張されているのでしょう。でも、少しずつ慣れてこられると思いますよ」
「それならいいんだけど〜。あっ、果物は、これとあれでお願いしますっ。しぼるのを見てもいい?」
「ええ、いいですよ、カウンター席に座りますか? そしたら、よく見えますよ」
「うんっ!」
元気よく返事をすると、店員さんは私を高い椅子に座らせてくれた。そのときに、後ろを見ると……。
(この女性達ね)
カウンター席に近いテーブル席にいた男女6人のグループのうち、二人の女性を見ると、左腕がズキンと痛んだ。
私が椅子から落ちないようにするためか、さっきの店員さんが、すぐそばにいてくれるから大丈夫かな。
「あの子、この賞金首に似てない?」
「5〜6歳の金髪ってとこは一致してるけど、対象者の特徴が合わないよ。高位の貴族の娘でしょ?」
「平民っぽい服を着ているけど、変装かもしれない」
コソコソと話してるつもりかもしれないけど、完全に聞こえる。やはり、私を狙ってるのね。
「おい、おまえら、またつまらない仕事か。しゃべれない子供を狙うのか? クズじゃねーか」
「あっ! しゃべれない子供かぁ。じゃあ、あの子じゃないわね。店員とペラペラしゃべっていたわ」
「だから、対象者とは特徴が合わないと言ったじゃない」
私への敵意が消えた。そっか、似顔絵みたいなものと、私の特徴が知られてるのね。スムーズに話せるようになったから、しばらくは安全かな?
「お嬢ちゃん、できましたよ。お席にどうぞ」
店員さんは、私をカウンターの椅子から下ろしてくれた。
「はーい」
席に戻るとき、チラッと6人席に視線を向ける。
(あれ? この男性って、攻略対象じゃない?)




