22、嘘で押し通そうとする者たち
「イチニーさん、きてくれた……」
私がポツリと呟くと、彼は振り返って、ふわりとした笑みを見せた。
(わっ、優しい顔)
今、まさに殺されそうになっていた私を、安心させようとして微笑んでくれたことが伝わってくる。
イチニーさんは、時雨さんの方にも視線を向けた。さらに状況を確認するように、あちこちに視線を走らせている。
彼の横顔からは、笑みが消えていた。彼は私の前から動かない。ってことは、時雨さんは致命傷ではないのかな。
私は、ホッと安堵の息を吐いた。
(よかった。でも……)
ホッとしてる場合じゃない。彼は一人で飛び込んできたけど、私を殺そうとして剣を持つ人は、3人もいる。
「俺達は、増えた魔物の討伐依頼を受けた冒険者だ。逆に、その子を助けてやったんだぜ?」
私に斬りかかってきた冒険者風の人は、ニタニタと品のない笑みを浮かべて、すっとぼけている。
(嘘つき!)
「は? 何だって? 今、この少女に向かって剣を振り下ろしたじゃないか。私がワープして来て止めなければ、確実に少女を斬っていただろ」
「アンタが来たから、魔物が逃げたんだよ」
「じゃあ、あちらで倒れている学生は? 右手を深く斬られている。あんな斬り方は、魔物にはできないが?」
「自分で切っちまったんじゃねぇの? 魔術学校の学生が、慣れない短剣なんか振り回すからだ」
(嘘ばっかり!!)
時雨さんは、右手で短剣を握っていたのに、自分で切ってしまうわけないじゃない! だけど今、短剣は、草原に転がっている。右手で握っていたという証拠はない。
そうか。だから、エリザも犯人を捕まえられないんだ。この人達は、言い逃れをするし、何より、雇い主の名は知らないのかもしれない。
「ふぅん、そうか。じゃあ、そっちの冒険者は、なぜ涙を流している? 少女に護身用のアイテムを投げられたんじゃないのか?」
「魔物がいたからだ。そのお嬢ちゃんも必死だったんだろ」
「ちがう!」
私が思わず反論すると、ニタリと口元を緩ませ、獲物を見るような目を向けられた。
(こわい……)
「おやおや、何が違うんだ? 証拠でもあるのか? 魔物の幻惑にやられたんじゃないか? 言っておくが、妙な言い掛かりをつける気なら、魔術学校に訴えてやるぞ? お嬢ちゃん達は退学だ」
この言い訳も、事前に打ち合わせしてたのだろう。私がどう反論しても、壁になっていた協力者達さえ、きっと口裏を合わせる。
「わっわっ、ミカン様! 大丈夫ですかぁ!?」
侍女のサラが、引率の先生を連れてきた。すると、私達を襲った人達が、魔物が出たから私達を助けてやったと、また同じ嘘を並べている。
「それは、ありがとうございました! ミカン様、ご無事でよかっ……きゃぁっ! シグレニさんが!!」
サラは、倒れている時雨さんに近寄り、すぐさま、何かの術を発動した。柔らかな光が時雨さんを包む。
(時雨さんが立った!)
時雨さんの右手の袖は大きく裂けていて、べっとりと血がついている。とんでもない大怪我だ。
「サラさん、ありがとう。もう大丈夫。全身の治癒魔法なんて、すごいことができるんですね。お腹を蹴られて血の臭いが湧き上がっていたけど、それも治ったよ」
「ひぇぇえ、お腹もですかぁ? ヒーリング魔法もかけておきますぅ」
サラは、時雨さんのお腹に手をかざし、さっきとは違う色の光を放っている。
(サラって、すごい!)
私が命を狙われているから、エリザは治癒魔法が使える侍女を、私のために選んだのかな。
「シグレニさん、ヒーリング治療が終わってからでいいので、状況を説明できますか」
引率の先生にそう尋ねられ、時雨さんは頷いた。だけど……。
「おい、ババア! 俺達の話を聞いてなかったのか? 魔物がちょろちょろしていただけだ。はん、話にならねぇな。おい、行くぞ」
冒険者風の一人が、剣を鞘に収めた。そして、まだ涙をポロポロ流している人の腕を掴む。
「おい! 待てよ! おまえ達は、ユフィラルフ魔導学院のフィールド実習エリアに入り込み、この子を殺そうとしたじゃないか!」
イチニーさんが強い口調でそう言うと、引率の先生はギクリと肩を揺らした。そこまで驚くほどの大声じゃないのに。
「は? おまえ、何も知らない部外者だろ。しかも、俺が魔物を仕留める邪魔をした。どこのゴミだ?」
(ひどい! あれ?)
酷いことを言われたのに、イチニーさんの口角が、わずかに上がった。笑ってる?
「先生、コイツらは、自分達が襲撃者だと自白しましたよ」
「はぁ? 何を言ってんだ? いい気になるなよ、クソゴミ!」
一方で、引率の先生は、ちょっと混乱してるみたい。何か言おうとして、こっちを指差して口をパクパク……。
(うん?)
何かが動く気配がして振り返ってみると、グリーンロードの冒険者ギルド職員の制服を着た人が二人、草原に立っていた。
突然現れたから、たぶん転移魔法ね。だから、先生は驚いて口をパクパクしてたのかも。
「シグレニさん、遅すぎたみたいですね。すみません」
(ん? 時雨さんに謝ってる?)
「コイツらを捕まえてくれ。3人は、冒険者資格剥奪だな」
イチニーさんがそう言うと、私達を襲撃した人達は、また魔物が出たとか、冒険者ギルドの討伐依頼だと騒いでいる。いま現れた人達が冒険者ギルドの職員さんだと、気づいてないのかな。
「おまえら、どこから来た? 私を知らないってことは、グリーンロードの人間じゃないだろ。この草原はグリーンロード領だ。この草原の魔物討伐ミッションは、グリーンロードの冒険者ギルドしか扱ってないはずだ!」
「は? ちょっと俺の剣を受け止めたからって、何様のつもりだ? 言っておくが、俺はCランク冒険者だ。こんな弱い魔物しかいない場所でウロつくガキが、いい気になるなよ! 冒険者は力で決まる。高ランク冒険者の言葉は、絶対なんだよ!!」
イチニーさんは、無言でスッとカードを見せた。すると、彼らの表情は、みるみるうちに青ざめていく。
「上位冒険者の言葉は絶対だったよな? おまえ達が少女に斬りつけるところを、私は見たんだよ!」
「それは、アンタの勘違いだ」
先生が、目撃者探しを始めている。さっき、壁になっていた人達が協力を申し出たみたい。
(やっぱり、ね)
魔物を見たという声が聞こえてくる。大人数グループも協力者だもんね。
「もう、嘘は通用しませんよ?」
時雨さんの手には、大きな巻き貝が握られていた。




