20、コソコソ話と、忍び寄る何か
「わぁっ! 転移魔法は初体験ですよぉ。こんなことができる先生って、すごいですねぇ」
ユフィラルフ魔導学院の校庭から、数人の先生の転移魔法によって、フィールド実習の参加者全員が草原に転移した。
私も転移魔法は初体験だけど、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』では、転移魔法を利用できるスポットがあったから、サラほどの驚きはなかった。でも、転移魔法は苦手かもしれない。
(グニャリとして気持ち悪い)
「初等科の学生の皆さん、フィールド実習の課題は、薬草の採取です。どれが薬草かわからない人は、実習補助の魔術科の先輩に教えてもらってください」
はーい! と、あちこちから元気な声が聞こえる。
今回参加した学生は、付き添いを含めて100人程度。先導する先生が3人、そして魔術科の実習補助者と実習補助のミッションを受けた冒険者が30人ほどいるらしい。
「魔物には近寄らないように。この草原には、強い魔物はいませんが、まだ魔法の発動を学んでいない初等科の皆さんには厳しい相手です。危険を感じたら、救援弾を打ち上げてください」
(救援弾?)
私はもらってないのに、他の初等科の学生達は派手な色のテニスボールみたいな物を持っている。
「サラがもってる?」
「えっ? ミカン様、持ってくるのを忘れたのですか」
(もらってないよ?)
私が首を傾げていると、視線を感じた。10代半ばくらいの数人。魔術科の人かな。左腕に触れてみると、ズキンと痛んだ。あの人達の悪意にスポンジの木が反応してる。
そっか。あの人達が配っていたのかな。もらってない人が近寄っていく。私も貰いに行こうと考えると左腕がズキンと痛む。
(行かない方がいいみたい)
「魔術科の人が、忘れた人に配ってくれてますよ。サラが頂いてきますね」
「サラ、いかないほうがいい」
「ミカン様、どうしてですかぁ?」
「いかないほうがいいの!」
私は上手く言葉が出てこなくて、サラに苛立ちをぶつけてしまった。サラが困った顔をしている。
(はぁ、自己嫌悪)
突然、時雨さんがすぐ近くに現れた。パーティを組んだから、パーティリーダーは、こういうワープが使えるのね。
「ミカンさん、サラさん、どうしたの?」
「ミカン様が救援弾を失くしちゃったみたいで」
「もらってないの。でも、もらわないほうがいいよ」
時雨さんは、救援弾を配っている人達に視線を向け、軽く頷いた。
「そうね。学生食堂で、私達を通さないようにした人がいるね。ミカンさん、よく覚えてたわね」
「はわわ! ミカン様、サラは全く気づきませんでした。申し訳ありません」
サラが大きな声で謝るから、なんだか注目を集めてる。左腕に触れて、周りを見回してみると……。
(うわ、かなりの数……)
私に向ける悪意の多さに、背筋が冷たくなった。ズキズキしすぎて、左腕がしびれてる。単に騒がしくて迷惑だっただけかもしれないけど。
「お嬢さん方、とっても目立ってますよ」
イチニーさんが、私達の方へと歩いてきた。確かに、先生がまだ質疑応答をしているのに、騒ぎすぎね。レオナードくんと付き添いの二人も、彼の後ろから現れた。
「ミカン様が、こんな粗末な服がいいとおっしゃるので、あの、その……」
(勘違いしてるよ)
サラは天然な所があることが、最近わかってきた。私は5歳児だけど、中身は30歳。だから、そんなサラの勘違いも面白いと感じるんだけど……。
「ふふっ、確かに、貴族のお嬢様らしくないですね。草原に紛れてしまいそうです。ミカンさんが迷子にならないように、気をつけて見てますね」
(へぇ、意外ね)
イチニーさんは、大人な対応だな。サラの勘違いを指摘することなく、さらりと話を合わせている。
「わわっ、大変です! あちらの方には、ミカン様の背丈より高い草が生えてますぅ」
(また騒いでるよ……)
「サラさん、見失わないように気をつけましょうね。でも、レオナード様のように、高そうな服を着ていると誘拐の危険もあるんですよね。あっ、そうだ。お二人は手を繋いでいてくださいよ」
イチニーさんがそんな提案をすると、レオナードくんの顔が一気に赤くなった。
「ば、バカなことを言うなよ、イチニー!」
(ふふっ、かわいい)
確かに手を繋いでいれば、見失いにくいのかも。でも、そんなことしたら、レオナードくんが危険になるかもしれない。
左腕に触れて周りを見回すと、まだ、かなりの数の悪意を感じる。だけど、いきなり襲いかかってくることはないと思う。
今までのことを、神託者さんから聞いたけど、その悲惨な結果に反して、エリザは犯人がわかっていても断罪できないみたいだった。殺害を失敗したと思われているのもあるだろうけど、実際に『悪役令嬢の妹』は4回も殺されている。
(きっと、偶然を装っているのね)
私はたぶん悪意のある人達がわかる。回避することも難しくないかな。
「それでは、皆さん、フィールド実習を始めましょう」
◇◇◇
「ミカンさん、採る薬草はわかる?」
私がしゃがんで薬草を採っていると、時雨さんが小声で尋ねてくれた。今、近くにサラはいない。見守ってくれているけど、小声なら聞こえないかな。
(聞きたかったことがある!)
「しぐれさん、このせかいって、ゲームとどこまでがおなじなの?」
「あー、私も知らないことがあるけど、たぶん、フィールドは完全に同じだよ。物語パートは違う気がする」
「かんぜんに、おなじ? まさか、ここにゲームユーザーがくるの?」
「うん、そうみたいだね。自分のアバターと遭遇するかもね。たぶん時差が10年あるみたい」
(異世界人って、ゲームユーザー!)
「じさ……あっ、あたしは、はいしんから、5ねんちょっとたってから、ここにきたよ」
「ますます時差10年説が正しい気がしてきたよ。ゲームって、配信前にテストするじゃん。秋から来るのは、運営さんのアバターじゃないかな」
「でも、どうしてゲームが、げんじつになってるの?」
「みかんちゃん、逆だよ。現実をゲームにしたんだと思う。その理由はまだわからないけど、もっとシステムの手伝いをすれば、わかるようになると思ってる」
「なぜ、そんなことを……あっ!」
時雨さんと、しゃがんでコソコソ話をしていたら、左腕がズキンと痛んだ。左腕に触れてなくてもわかるなんて、初めてのことだ。
私が慌てて立ち上がると、冒険者風の二人組が、すぐそばまで近寄ってきていた。




