2、夢だと思い込んでいる妹ちゃん
「もうっ! 退いてちょうだい! 私の妹なのよ!?」
私は、耳障りな甲高い声で、目が覚めた。
(ここはどこ?)
ボーっとする頭で記憶をたぐる。確か、乗っていたバスが事故ったのよね? 普通に考えれば、ここは病院のはず。
「お嬢様がお目覚めになりました!」
(お嬢様?)
私の見た目は、実年齢より少し若く見えるかもしれないけど、お嬢様という感じではない。100円ショップをこよなく愛するただの庶民だ。
視界はぼんやりと霞んでいる。何度かまばたきをしていると、10代後半くらいの外国人の女の子が、私の顔を覗き込んできた。
(わぁ、きれいな子)
鮮やかな金髪を巻き髪にしていて、パーティ帰りなのか華やかな赤いワンピースを着ている。どこかのお姫様みたい。だけど、なんか見たことがあるような気もする。芸能人かな?
「あーん! 目を開けたわ! よかったわ、私の大事な妹ちゃん!」
(へ? 妹ちゃん?)
いやいやいや、おかしすぎるでしょ。オバチャンと言われることはあっても、こんな若い女の子に、妹と呼ばれるなんて。
「エリザ様! お嬢様の左腕に触れてはなりませんよ」
「わかってるわよ〜。やーん、驚いた顔しちゃって〜、なんて可愛いのかしらぁ〜。痛かったね〜、よしよし」
私はなぜか、10代後半の女の子に頭を撫でられている。私、30歳、三十路だよ?
上体を起こそうと少し身体を動かすと、左胸に激痛が走った。あーそうだ、バスで強打したよね。
「妹ちゃん! どこが痛いの? 治癒術師は、左腕以外は治したと言っていたのに! どこ? どこが痛いの?」
(なんか、コワイ……)
身体が重くて動かない。私は、かろうじて動く右手をゆっくり持ち上げて、左胸を指差した。
「左胸が痛いのね? 見せなさい!」
(ひぃっ)
女の子は、私の服を一気にめくっている。
(スゥスゥする……)
私が怪我人だからって、これはさすがに酷すぎる。なぜ、何人もの人に上半身の裸を見られ……あれ? ズキズキと痛かった左胸から、少しずつ痛みが引いていく。
「妹ちゃん、どうかしら? 上手く効いていればいいのだけど」
「エリザ様、素晴らしいヒーリング魔法です。あの治癒術師は、表面の傷しか治せなかったようですね。さすがエリザ様です」
(ヒーリング魔法? 魔法? へ? 魔法?)
「妹ちゃん、痛くない? どうかな?」
心配そうな女の子が、私の顔を覗き込む。
私は、右手で左胸に触れてみると……。
(あれ? ない……)
ちょっと待って。確かに、たわわなお餅は持ってないけど、こんなペッタンコな胸って……。
「あぅ……」
「痛い? まだ痛い? 他にまだ痛いとこある?」
女の子にそう問われ、私は首を横に振った。
「もう、いたくにゃい、あっ、かんじゃった。あれ?」
(何、この声? 私?)
「やーん、痛くにゃいって言ったぁ。私の妹ちゃんってば、可愛すぎるぅ〜」
ベッドの上で動けない私に、ガバッと覆い被さる女の子。ちょっと待って。なぜ抱きしめられてる? 何これ? ってか、ここはどこ? 外国人だらけだよ。
「エリザ様、お嬢様の左腕に触れていますよ! これが呪いなら、エリザ様に移ってしまいます。離れてください」
(はい? 呪い?)
エリザと呼ばれた女の子は、黒っぽい服を着た女性によって、私から引き離された。
「私の大事な妹ちゃんよ? 呪いなんか受けるわけないわ! 妹ちゃんを呪うような愚か者がいるなら、私が叩き斬ってあげるわ!」
(何を言ってるの?)
「エリザ様、貴女様は、ダークロード家を継がれる方なのですよ? もう少しお淑やかにできませんか!」
姿は見えないけど、年配の女性の声が聞こえた。ダークロード家? えっ? この女の子は、エリザ・ダークロード? でも、私の知るエリザ・ダークロードよりも若いよね?
エリザ・ダークロードといえば、私がやっている乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』に登場するキャラクターだ。ゲームの主人公はユーザー、つまり私だけど、その主人公をどのルートでも、思いっきり妨害してくる最悪の悪役令嬢。
この『フィールド&ハーツ』は、RPGが好きな女性向けの乙女ゲームで、配信当時はすごいダウンロード数だったらしい。ドラ○エっぽい冒険でレベル上げをすることと、攻略キャラとの恋愛が、絶妙に組み合わさっていて、とても楽しかった。
だけど、最初に用意された攻略対象を全部クリアした後、次の新しいルートがなかなか配信されなくて、そこで辞めていったフレンドさんも少なくない。
エリザ・ダークロードは、とても強い騎士貴族で、私は何度も戦闘不能にされたっけ。あのゲームで唯一の悪役令嬢だったはず。
最近、エリザ・ダークロードが闇堕ちするキッカケを扱うルートが配信されたけど、私はやってない。でも、お知らせは見たっけ。エリザ・ダークロードが溺愛する妹を失ったことで闇堕ちするという悲しいシーンの……えっ? 溺愛する妹?
いや、まさかね。私は変な夢を見ているのかな。
(はぁ……寝よ)
私が目を閉じると、シーッという声が聞こえた。
「私の大事な妹ちゃん、ゆっくりおやすみなさい。早く元気になってね」
私の頭を撫でる手が、さっきよりも優しい。だけど私、ずっと妹ちゃんって呼ばれてる。妹の名前を知らないの?
(ほんと、変な夢ね)
◇◇◇
「おい、エリザの妹は死んだか?」
「いや、生きています」
「さっさと殺せよ。何をやっているんだ? 5歳になったんだろ? 名前を授かると神の加護を得るじゃないか」
(名前を授かる?)
誰かが、真っ暗なこの部屋を覗く気配を感じる。
(また、変な夢ね)
「左腕に聖木のような枝が刺さっているから、術が届かないのです」
「チッ! エリザが護符を巻き付けているんだろ。エリザが屋敷を離れたら、術は届くはずだ。明日、アイツが学校に行ったら、確実に殺れ!」
「崖から突き落としても死なない子供を、どうすれば……」
「知るか! エリザの護符ごとき破ってみせろ!」
確かに、バスは崖から落ちた。そのせいで変な夢を見ているのかな。でも、なんだかリアルなのよね。
誤字報告ありがとうございます。
メラミンがメラニンって……すみません(ノ∀\*)ハズカシイ