【後日談⑤】夏① 〜 転移魔法の中継地へ
「みかんちゃん、ゲネト先生から手紙を預かってきたよ」
私が夏期試験の準備で、ユフィラルフ魔導学院の図書館にこもっていると、時雨さんが声をかけてきた。
彼女は、とっくに卒業してるけど、この春から、白亜の大陸に新しく出来る学校の職員として働いている。時雨さんは情報屋だし、Bランク冒険者だし、何より『フィールド&ハーツ』のユーザーには有名だから、適任だと思う。
「えー、嫌な予感しかしないんだけど。なぜ手紙なの? ってか、時雨さんにも関係あるはずだよね。わざわざ託すってことは、それしかない」
「ふふっ、みかんちゃんは、本当によくわかってるのね。私に、ユフィラルフ魔導学院にいるみかんちゃんに直接持って行くようにと、わざわざ宿屋ホーレスに預けられたの」
(やっぱりね)
「春の試験も妨害されたよ。担任の先生が生徒の試験を邪魔するなんて許されないよね?」
「まだ魔法学を……ふふっ、それほど頼りにされてるんじゃない? みかんちゃんが在学してるから、ユフィラルフ魔導学院には、こんなにも多くの受験生が押し寄せるのよ?」
「私は、客寄せパンダか」
「あはは、何それ。白亜の大陸への移住希望者は、当初の予想より少ないみたい。正確にいえば、希望者は多くても許可できない人が多いのね」
「自分の身を守るだけの戦闘力があることが、移住の条件だっけ」
「ええ、でも戦闘力が低くても、魔道具をキチンと操れたら大丈夫みたい。私は、そのための職員として雇用されたからね。新しい学校が、移住の承認機関になってるし」
「時雨さんが魔道具の使い方を指導するの? 先生ってこと?」
「先生ではなくて職員よ。身を守る力を常に備えているかをチェックする仕事も兼ねているし」
「ふぅん、なんだか朝校門に立ってる風紀委員みたいだね」
「あはは、みかんちゃんって最近、変なことばかり言うよね〜。でも風紀委員か。それ、いいね。校門を魔道具にしてしまえば、効率がいいわ。あっ、手紙読んでね」
(読みたくないけど)
ゲネト先生からの手紙の封を切ると、中からモヤのようなものが出てきた。封筒の中身は、このモヤだけみたい。
『ミカンさん、転移魔法の中継地が完成したぞ。これで、ユフィラルフ魔導学院から白亜の大陸へ、転移魔法陣が繋がる。試してみてくれ。以上だ』
(念話も手紙にできるのね)
今、聞こえた声が、封筒の中に文字として残っているみたい。私がそれに気づいた直後、封筒はパッと消え去り、小さな丸いビー玉のようなものが現れた。
「みかんちゃん、それが中継地への立ち入り許可玉なのね。早速、行ってみましょう」
「時雨さん、私、明日試験なの。今年も夏期は授業がなくて、早めに試験だけがあるから」
「ふふっ、たぶん受けても不合格にされちゃうわ」
「えー、ひどくない?」
「みかんちゃんが魔法学が苦手なことが、先生達の唯一の安心材料みたいだよ。魔法学が取れてなくても新しい学校に進級できるんだから、もう悪あがきはやめなさい」
(悪あがきって……)
「はぁ……ほんとにもうっ」
図書館から食堂のある建物に移動すると、私達を待ち構えていたのか、空の星さんと影武者さんがいた。
「おう、久しぶりだな。俺達も移住することになったぜ」
「そうだと思ってたよ。影武者さんは久しぶりだね。王都にいたんだよね?」
「あぁ、春に卒業して、白亜の大陸の学校への進級試験も受かった。セレム様が、そこの学生を街の警備に雇うと言われたからな」
「みかんちゃんに仕えるのは、やめたの?」
「は? セレム様に雇われるってことは、みかんに仕えることと同じだろ。俺がまだ未熟なのはわかっている。さらに強くなって、みかんの近衛兵に応募するからな」
(そんな募集はしてないよ)
でも、これが影武者さんの生きる目的になったんだよね。私が拒絶するわけにはいかない。
「そうね、イチニーさんくらい強くなったら、近衛兵になれるんじゃないかな」
「げっ、イチニーか。くっ、まだまだ先だな。アイツ、かなり強いぜ? アレもセレム様なんだよな?」
「うん、そうだよ。姿ごとにキャラを変えているみたいだから、それに合わせて接してあげてね」
私がそう言うと、静かに聞いていた空の星さんが、驚きの声をあげた。何か変なことを言ったかな。
「みかんさんは、セレム様と対等なのか? 精霊ノキ様を生み出したとはいえ、身分差の激しい世界だが」
「空の星、何を言ってる? 白亜の大陸では、身分差は無くされるんだぜ? じゃなきゃ、異世界人だらけの大陸で混乱するからな」
「あぁ、そうだったな。だが、本当にそんなことが可能なのか? 身分差を無くすと、統制が取れなくなる」
「は? 実力主義に決まってるじゃねぇか。それに、セレム様は国王になる。国王が統べるんじゃねぇの?」
「セレム様にそこまでの力があるのか? 王ファクト様なら、刻を操るというが……」
二人は、同時に私に視線を向けた。
セレム様がどのような称号を持つのかは、絶対に明かしてはならない。魂クラッシャーという称号によって、彼は今のような変身?ができる。そして、魂クラッシャーを持つ者が次に得る称号は、刻の番人だっけ。
刻を操る者を見張り、その術を無効化できる称号だと聞いた。彼は、もうすぐその称号を得ると言ってたけど。
「セレム様には、タムエル族の神が味方してくれてるから、大丈夫だと思うよ。タムエル族の神は、このフィールド星雲を統べる神らしいからさ」
「あのウサギみたいな奴だろ? 強そうには見えなかったぜ」
「ん? 影武者さんには、ふわもこちゃんが見えたの? ほとんどの人には見えないよ。私も、ノキを抱っこしてないと見えにくいもの」
私がそう反論すると、影武者さんは首を傾げて、空の星さんの方を向いた。すると、空の星さんが口を開く。
「ミカノカミは、自分には見える。だから、影武者も見えているつもりなんじゃないか」
「空の星! 嫌な言い方だな。ちょっと神殿生まれだからって」
「おい、おまえら、何をもめてるんだ? 物騒だからやめてくれ。ギルドマスターは、今、白亜の大陸なんだよ」
食堂からギルドへの階段で話していると、ギルド職員さんな階段をおりてきた。
(物騒って……)
確かに、口げんかをしているように見えるよね。
すぐに時雨さんが口を開く。
「職員さん、転移魔法陣を借りたいのです。いいかしら?」
「はぁ、構いませんが、そちらの方は転移魔法を使えますよね? ソラノホシさんなら、4人くらいの転移は簡単でしょう?」
(へぇ、有名なのね)
「いや、自分には無理ですよ。目的地は、天空城ですからね。中継地の動作確認です」
(天空城?)
「あぁ、ザッハの孤島の上空のアレですか。異世界人しか出入りできないのでは……あっ、そうか、アナタ達は、叡智の異世界人か。こちらへどうぞ」
職員さんが変なことを言うから、ギルド内にいた人達が、私達に注目してる。ミカン・ダークロードだと指差されることには慣れたけど、慣れてもいい気はしないわね。
ギルドの転移魔法陣の前で、ビー玉みたいなものに魔力を流すと、私達は転移魔法の光に包まれた。
そして到着した場所は、まさかの雲の上の何もない空中だった。
(ひぇっ! 落ちる!?)
次回は、5月6日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




