【後日談③】冬② 〜 エリザの変化
「ミカン、久しぶりね。あら、リョウ様も?」
ナインさんの分身による転移魔法は、指定した屋敷の門へ正確に移動できた。まだ名前もなく、能力も不安定みたいだけど、さすがね。
「エリザさん、こんにちは。ちょうどお祝いを贈ろうかなと考えていたので、一緒に来てしまいましたよ」
(お祝い?)
「ミカンにさえ、まだ伝えてなかったのに、さすがですわね。守護精霊が明かしてしまったのかしら」
何の話かと、私が首を傾げていると、姉エリザはクスクスと笑っていた。私の婚姻式でも思ったけど、随分と穏やかな雰囲気になったよね。
「お姉様、お祝いって何かしら? どうしましょう、私は何も用意していないわ。お誕生日でもないし、えーっと、あっ! お姉様も婚姻するの?」
完璧な推理だと思ったんだけど、エリザだけでなく私の使用人達まで、クスッと笑った。
「あら、誰からも聞いてなかったのね。私はミカンが名を授かる前から婚姻しているわ」
「へ? そうなの!? 誰と? あっ、失礼な言い方になってしまったわね。どなたが伴侶なのかな。私は会ったことあるの?」
「もちろん、ミカンも会ったことはあるわよ」
「えっ、誰?。あっ、どちら様、じゃなくて、えーっと……どの方? というのも変ね。え〜っ!? 誰?」
「あははは、ミカンってば、なんてかわいいのかしら。うふふ、誰でしょうね?」
エリザはクスクスと笑いながら、私達を屋敷内に招き入れた。
私がキョロキョロとしてしまったのか、視界に入った人がみんな、クスクスと笑っているように見える。
(みんな、失礼ね)
「サラ、お姉様の伴侶って、誰?」
「ひゃっ、えーっとぉ、ふぇっ、しーって、されてしまいましたぁ」
サラに尋ねると、エリザが口止めをしたみたい。私の反応を見て、遊んでるわね?
ダークロード家の北の屋敷は、私が転生してきたときに目覚めた場所だ。
だけど、あの時は怪我をしていて、動けるようになったらすぐに、名前を授かるためにグリーンロードへ行った。そのあとは、ユフィラルフの町に隠されたのよね。
この身体の前の持ち主の記憶があるから、見覚えはあるけど、懐かしさのような実感はない。
「ミカン様、それにリョウ様も、ようこそお越しくださいました」
客間の前で、年配の黒服が私達を待っていた。そして扉を開けて、にこやかな笑顔ね。
この人なら見覚えがある。エリザが、私の学校の寮に来たときにも連れて来たことがあるわね。使用人にしては、凛とした感じだと思っていたわ。
(でも、歳が離れ過ぎてる?)
エリザは私より10コ年上だから、今は20歳。一方で、黒服の老紳士は、50歳は余裕で過ぎていると思う。60代かもしれない。
でも、セレム様も40代で私が10歳だから、この年の差もあり得るのかな?
「ふふっ、なんだか、みかんちゃんは、推理者みたいな顔をしているね」
「ん? りょうちゃん、推理者って何?」
「異世界からの転生者に多い特殊能力だよ。未来を見る能力はないのに、論理的な思考で未来を予知するんだ」
「ふぅん、探偵さんみたいね」
「これを探偵というのか。また一つ賢くなったよ」
「りょうちゃんは、姉エリザの伴侶が誰か知ってるの?」
私が詰め寄ると、彼はクスクスと楽しそうに笑った。彼だけでなく、みんながクスクスと笑ってるように見える。
(この老紳士ではなさそうね)
「あぁ、知ってるよ、探偵さん」
「誰?」
「ふふっ、誰かなぁ?」
「もうっ! りょうちゃんまで私をからかうのね」
「ふふっ、だって、かわいいんだから仕方ないだろう? エリザさん、そろそろ紹介してもいいかな? みかんちゃんが拗ねてしまうよ」
りょうちゃんがそう言うと、エリザは柔らかな笑みを浮かべて、廊下に出て行った。
「では、先にお披露目しようかしら。ミカンが拗ねてしまうと大変だもの。ふふっ」
サラ達を客間に残し、私はりょうちゃんと一緒に、エリザの後をついて行く。
廊下には、かなりの数の使用人がいたようで、ズラリと端に並んでいる。この雰囲気は、以前の記憶にある。エリザが、使用人に声をかけられても無視していたことを、ハッキリと覚えているもの。
コンコン!
「ミカンが来てくれたわ。リョウ様も一緒よ」
エリザは、奥の部屋の扉を叩くと、返事を待たずに自分で扉を開けた。
「あぁ、ミカン様、それにリョウ様まで、ありがとうございます。どうしようかと悩んでおりました」
扉の先には、軽装の使用人が何人かいて、声をかけてきたのは、エリザの護衛のロインさんだ。
「まだ、ミカンには何も話してないのよ。かわいくって。うふふ」
「おやおや、黙っていたのですか? まだ知らせていませんでしたね。50日が過ぎたばかりですから」
(何のこと?)
エリザは、私が名前を授かる前に婚姻したと言っていたから、50日が過ぎたって……何?
「50日を過ぎているなら、通訳者が近寄っても大丈夫でしょう」
(りょうちゃん、何を言ってんの?)
「ええ、その前に、ミカンに会わせる方がいいと思って、今日の昼食会に招待したの。ミカンには、精霊ノキ様がついているから、わかるかもしれないでしょ」
「そうですね。あちらですか?」
「ええ、とても警戒心が強いみたいなんですけど」
「そのために、このローブで来ました。神託者のローブは、警戒心をやわらげる効果がありますから」
(全然、話が見えない)
だけど、ここで私が質問しても、どうせクスクス笑うのよね。
私は、彼よりも前に出て、その何かがいるらしき小部屋へと歩いていく。カーテンで仕切られているだけのその先には……。
(へ? 赤ん坊?)
窓際にくっついて、こちらを不安そうに見ている小さな影。明るい金髪に色白で綺麗な顔をしている。
「赤ん坊なの? でも、立ってる。こんなに小さいのに立てるの?」
「ふふっ、私の娘よ」
「ええ〜っ!? ち、父親は誰!?」
「あははは、ちょっとロイン。挨拶してあげて。ミカンってば、わかってなかったみたい」
「へ? ロインさんなの?」
そういえば、私の婚姻式に来てくれたとき、エリザと並んでいたわ。ロインさんは、ずっと護衛のイメージだったから、まさか伴侶だなんて。
「学ラン?」
私がびっくりして、ひっくり返りそうになってると、窓際にいた小さな赤ん坊が、私の服を指差していた。そして、今の言葉は、この世界の言葉ではない。
「うん、学ランっぽくしてみたよ」
私が日本語で返事をすると、赤ん坊は、パァっと明るい笑みを浮かべた。
「紺色の学ランって珍しいね」
「ふふっ、この色は、この世界では海の色なの。私は、『フィールド&ハーツ』のユーザーだった頃は、みかんという名前でやってたよ。今は、悪役令嬢の妹だけどね」
私がそう言うと、赤ん坊は両手で口を押さえ、ポロポロと涙を流した。
「みかんさん、なの? わ、私、あっ、ベルメの海底ダンジョンで会ったよ」
(えっ? まさか……)
「みかんだよ。10周年イベかな? もしかして、フレンドのしずくちゃん?」
そう尋ねると、赤ん坊は思いっきりコクコクと頷いた。
「みかんさん、私、悪役令嬢の娘なの? どうなっちゃうの? 破滅よね? 殺されるよね? ふぇ〜ん」
私達が話す様子を見ていたエリザが、慌てて近寄ってきた。そして、しずくちゃんを抱っこして、あやしてる。
「よかったわ。ミカン、この子、生まれてから全く泣かなくて何も食べないから、本当に困っていたの。スポンジの木の枝で生かしていた状態だったわ」
(エリザの娘、なのね)
「お姉様、この子は、私と同じ世界からの転生者よ。言葉がわからないから怖かったんだと思うわ」
エリザの娘だということに絶望していたとは言えない。
「そうよね。これが転生者の気の毒なところだわ。さぁ、遅くなったわね。昼食にしましょう。ロインには、食べながら挨拶させるわ。この子は、何か食べてくれるかしら」
「私が伝えるから、大丈夫だと思うよ。あっ、私が連れて行こうか?」
そう答えると、エリザは、しずくちゃんを私に託した。
「ええ、お願いするわ。私は、この子に食べられそうな物を用意させるわ」
(ふふっ、いい笑顔ね)
エリザの雰囲気が変わったのは、母親になったからなのね。あっ、私の婚姻式の日は、まだ妊娠中かな。
「しずくさん、初めまして。りょうといいます。みかんちゃんの伴侶です」
(りょうちゃんが、日本語を話した!)
「ええっ? みかんさんの旦那さん?」
「しずくちゃん、この世界は女性の結婚が早いのよ。りょうちゃんは現地人だけど、ユーザーだったから少し話せるよ。他にもたくさん転生者がいる。それに、エリザは破滅しないわ。エリザの妹は生きているもの」
「うん、うんっ!」
「さぁ、食事にしましょう。そんな小さな赤ん坊なのに立てるのね」
「ほんとね。これも怖かったの」
すると、りょうちゃんが口を開く。
「しずくさん、この世界の赤ん坊は成長が早いのです。普通のことですよ。そうだ! 貴女に守護精霊の卵を授けましょう。しばらくすると生まれますからね」
彼は、たんぽぽの綿毛のような物を、しずくちゃんに差し出した。それは、彼女の手にスーッと吸い込まれていった。
「ありがとう!」
しずくちゃんは、輝く笑顔を見せてくれた。
次回は、5月2日(木)に更新予定です。
よろしくお願いします。




