【後日談②】冬① 〜 様々な準備
「ミカン様ぁ、本当にサラも行ってもいいのですかぁ?」
姉エリザから昼食会に誘われている朝、朝食後の片付けをしながら、侍女のサラはソワソワと落ち着かない様子だった。
「サラだけじゃないよ。使用人は5人とも連れてきなさいっていう連絡が届いたもの。みんな早く着替えてちょうだい」
「えっえっ? 何を着ていけばいいのですかぁ?」
「お姉様からは、軽装でと言われているわ」
「じゃあ、礼装なのですね。サラはえっと〜」
「礼装じゃなくて軽装よ。お姉様は、そういう意地悪はしないわ。他の貴族とは違うの」
「軽装って言われると、すっごく困りますぅ」
サラは大げさに頭を抱えている。でも、他の使用人達も困った顔をしていた。確かに、ダークロード家の屋敷に行くのに私服でという方が、難しいのかも。
(あっ、そうだ)
「じゃあ、こないだ作った制服を着ていくのはどう? お姉様へのお披露目にもなるわ」
「制服? あっ、白亜の大陸に引っ越してから着る使用人の服ですか」
「ええ、軽装でしょ。私も着て行こうかしら。ダークロード領は暖かいから、あれだけで大丈夫よね」
「わぁっ! いいですね。カッコいい使用人服だから、サラは好きですっ。ん? ミカン様も着るのですかぁ?」
「使用人だけの服じゃないわよ? 白亜の大陸では、身分差は無いんだからね」
セレム様は、使用人の識別のために、王家の家紋入りの使用人用の服を作ることを指示された。そのため、セレム様の使用人も、いくつかの種類の服を作っているみたい。
これは、異世界人から見て、わかりやすくするための工夫らしい。また、新たな国は身分差をなくすから、紋章入りの制服は、働く人達の誇りにもなるのかも。
私の使用人の制服は、男女ともに学ランみたいなデザインにした。でも黒ではない。いつの間にか私のイメージカラーになった黒っぽい青色だ。この世界の人は海の色と呼ぶ。胸ポケットの端に小さな紋章がついている。
コンコン!
着替えが終わるのを見計らったように、扉を叩く音が聞こえた。今朝の扉番は、グラスさんね。
「ミカン様、セレム様とお約束をされていたのでしょうか」
「ん? 約束はしてないんだけどな」
彼は、私が姉エリザの屋敷に行くことを聞きつけたみたい。神託者の服を着た彼と、若い男性が見えた。
「グラスさん、この姿の私は、お隣さんのリョウだよ? 姿に応じた対応をお願いしてるでしょ」
「あっ、はい、申し訳ありません」
「ふふっ、みかんちゃんもお揃いの服を着ているんだね」
セレム様は、りょうちゃんの姿も、私の使用人5人には明かした。たぶん、姉エリザも知っているはず。
だけど、りょうちゃんが女装した姿は見せてない。彼としては、明かす対象を微妙に区別してるみたい。女装したりょうちゃんの素性を知るのは、彼の近くに仕える使用人以外は、盾の5人と、時雨さんとみっちょんだけかな。
「りょうちゃん、私達は出掛けるんだよ?」
「私が一緒の方がいいでしょう?」
「ユフィラルフ魔導学院の転移魔法陣を使うから、大丈夫だよ? りょうちゃんは忙しいでしょ」
「みかんちゃん、そんな悲しいことを言わないでおくれ。エリザさんのところに行くなら、夫である私も連れてってよ」
(今日はそういうモードなのね)
彼と婚姻してから、まだ一緒には暮らしていない。だけど彼の性格が、少しずつわかってきた。かなり繊細な人だ。
この世界の人達に共通することだと思うけど、地位のある人ほど他人の前では理想的な姿を演じる傾向が強い。そして複数所持者は、姿ごとに演じ分けることを徹底している。
だからその反動で、他人の目がないところでは、不安定になるみたい。彼の場合は、日によってキャラが変わる。
(今日は、寂しがり屋さんね)
「わかったよ。でも、セレム様が行くとわかると、姉エリザは慌てるわよ」
「だから、リョウの姿にしたじゃないか」
(駄々っ子も入ってるわね)
「その服は、神託者のローブよね? 神託者は素性を隠すのでしょう?」
「顔にベールをしてないから大丈夫だ。どこにでもよくあるローブだよ」
(何か理由があるのかも)
神託者のローブは、すべてのサーチを弾くためか、特殊な貝を使っているらしい。見る角度により変わる光沢は、普通の魔道ローブにはないものだ。
「そちらの若い方は?」
「頑固者の分身だよ。ひと月ほど前に得たばかりで、名前はない。まだ、言葉を発することも難しいみたい。安定するまで、私が連れ歩くことになったんだよ」
(ナインさんの分身か)
「へぇ、そうなんですね」
私が視線を向けると、ナインさんの分身は、慌てて頭を下げた。ナインさんとは違って、随分と臆病な印象を受けた。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。えっと、確か、エリザさんの屋敷は、ダークロード領の北側だね?」
「ええ、本邸ではなく、北の屋敷よ」
すると、りょうちゃんではなく、ナインさんの分身が詠唱を始めた。
(だ、大丈夫?)
私は、幼い頃の転移事故を思い出した。あのとき、イチニーさんが助けてくれたんだよね。
そう考えていると、彼は私の手を握った。
「あの頃のみかんちゃんは幼かったね。私は必死だったな」
「イチニーさんの姿だったから?」
「ん? あぁ、いや、まぁ、魔法があまり得意ではないイチニーだったこともあるけど、あの日が、イチニーとして接することができる最後の日だと思ってたからね」
(あっ、未来を見たんだ)
「王都に行くって言ってたよね。それって……」
「あぁ、イチニーはセレムの本体だと思われていたからね。でも、みかんちゃんのおかげで、イチニーを失わなくてすんだ」
「あの頃の襲撃者って、メリルから来た異世界人?」
「メリルもだけど、他にも複数いたね。だが、私が建国すると宣言したことで、その対象は別の者に移ったよ。新たに王位継承権を得たカノン・ブライトロードさんにね」
「えっ? カノンさん? でも、家名は捨てたって……」
彼は私の問いに、首を横に振った。そっか、捨てられるものじゃないのか。
「カノンさんには魂が二つある。こないだ、彼は新たな称号を得たから、分離できるようになったんだ。でも、分離はしないらしい」
「えっ? どうして? あっ、王位継承権の問題?」
「王位継承権は、現地人のカノンさんにある。だが、彼はメンタルが弱いからね。転生者のカノンさんは、分離すると彼がすぐに殺されるって言ってたよ」
「じゃあ、新しい国に隠すのも難しいのかな」
「ふふっ、もちろん、私達の国に来てもらうよ。彼のような人を守るために、学校も作るからね。まぁ、あの学校は、ゲネトの野望なんだけどね」
「ゲネト先生か。そういえば、何か言ってたわね」
「実力主義の世界で、俺が一番強いだろ? と言いたいらしい。ふふん、そう簡単に一番の称号は与えないけどね」
りょうちゃんは、楽しそうにニヤニヤしてる。彼と競いたい、ってことなのかも。
『詠唱準備、完了』
(あっ、念話だ)
ナインさんの分身から声が届いた直後、私達は転移魔法の光に包まれた。
転移事故を恐れる私の手は、りょうちゃんがしっかりと握ってくれていた。
次回は、4月30日(火)に更新予定です。
よろしくお願いします。




