19、フィールド実習のパーティ申請
「パーティ申請ですか。良いアイデアですね」
イチニーさんは、やはり話を聞いていたみたい。それに、さっき、私に一目惚れしたとか言っていたのに、もう忘れたかのように切り替えてる。
(やはり、レオナードくんをからかってたんだ)
永遠の20歳だとか変なことを言ってたけど、適当に口から出ちゃった言葉なのね。一瞬、そういう種族かと思ってしまったけど、ありえないもの。
その一方で、レオナードくんの様子はおかしい。落ち着きなくウロウロしている。
「あっ、そうだ。シグレニさん、そのパーティは何人で組むのですか? 学生を含む場合、10人まで可能ですよね?」
イチニーさんは、時雨さんに何か耳打ちしている。その話が、レオナードくんには聞こえたみたい。真っ赤になって怒ってるけど……。
「私達3人で組む予定です。人数が多くなると経験値の恩恵がなくなりますから」
「あぁ、ミカンさんのレベル上げですか。でも、彼女自身の力で上げないと、レベルの割に弱く使えない冒険者が出来上がってしまいます」
「ミカンさんなら、大丈夫ですよ。そもそも冒険者を目指すわけではないでしょうから」
(冒険者を目指したいよ)
「そうですか。レオナード坊ちゃんも、一番早いクラスでフィールド実習をするので、ご一緒させてもらってもいいですよね? ミカンさん」
イチニーさんは、時雨さんではなく私にそんな提案をしてきた。
「えっ? えーっと」
時雨さんの方に視線を移すと、手でバツマークを作っている。
「フィールド実習に、女性3人のパーティで参加するのは、ある意味、別の危険がありますよ? 特にシグレニさんのように目立つ人がいると、いろいろと寄ってくるでしょ」
イチニーさんにそう言われて、時雨さんはバツマークを作っていた手を下ろした。さっき、階段で絡まれたもんね。
もしかするとイチニーさんは、私達のために、一緒にパーティを組もうと提案してくれたのかな。さっき、彼が助けてくれなかったら、私達だけでは通してもらえなかったかもしれない。
(それに、あの光……)
明らかに、私達に魔法を使っていたと思う。左腕が痛んだのも、悪意に反応していると感じた。
左腕に触れてみる。もう痛くはないけど……。
(あれ?)
離れた場所からこちらに顔を向けている一人を見ると、左腕がズキンと痛んだ。左腕から手を離すと痛みは消える。でも触れると、またズキンと痛む。だけど、別の人を見ても痛みは起こらない。
「ミカンさん、どうする?」
時雨さんが小さな声で尋ねてくれた。私は、今の不思議な現象が気になりつつ、侍女のサラに視線を移す。だけどサラは、何かを気にしてるみたい。彼女の視線の先は……あれ? さっきの人がいない。見たら左腕が痛くなった人の姿が消えている。
「サラ、どうしたの?」
「えっ? あ、いえ。ちょっと殺気を感じたというか気になりまして。サラは、ミカン様にお任せしますよ」
(殺気? さっきの人かな)
そういえば、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』では、モンスターが近寄ってくると危険を知らせるアイテムがあった。木の棒みたいな形のものだったけど、確か名前は、聖木の小枝。あれがスポンジの木のことなら、私の左腕には、そのスポンジの木の枝が刺さっているから……。
「ミカンさん、ご一緒しましょう。私が貴女を守る剣になりますよ」
「へ?」
イチニーさんが、また私にパチっとウインクした。ウインクしすぎでしょ。なんだか、そういうキャラを演じているとさえ感じる。
すると、彼はふわりとした笑顔を見せた。私が疑わしいと思ったことに気づいたのかな。
「そうね。確かに女性だけのパーティは、大人数のフィールド実習では、別の意味の危険がありますね。イチニーさんって、あの魔剣士のイチニーさん?」
「ふふっ、魔剣も使えますよ。私がいると便利ですよ。もちろんレオナード坊ちゃんも、こう見えて意外にフィールド慣れしています」
イチニーさんの声は聞こえているはずなのに、レオナードくんは怒らない。まだ5歳児だから意味がわからないのかも。
「わかりました。では、ご一緒しましょう。そちらは何人ですか」
「私とレオナード坊ちゃん、そして坊ちゃんの付き添いをしている使用人二人ですよ。男が一人余りますねぇ」
「はい?」
「ふふっ、冗談です。ささ、パーティ申請をしてしまいましょう。レオナード様、お世話係の二人を呼んで来てください」
イチニーさんにそう言われて、レオナードくんは一瞬文句を言いたそうな顔をしたけど、奥の部屋へと走って行った。
(なんか、かわいい)
◇◆◇◆◇
「エリザの妹は、まだ始末できてないのか。もう半年も経つぞ」
「申し訳ありません。警備の厳重な初等科の教室と寮の行き来しかしていなかったので、全く隙がありませんでした」
「エリザが、同じ学校に転校したじゃないか!」
「はい、ですが、これからは活動範囲が広がるので、その機会は増えます。一般人が出入りできる場所で目撃したという報告も受けています。階段から突き落とそうとしたようですが、もう少しの所で邪魔が入ったみたいです」
「くれぐれも偶然を装わせろ。こちらの素性が知られないように行動するのだ」
「もちろんです。それに、もうすぐフィールド実習があるようです。これは好機です」
「ふむ、ユフィラルフ魔導学院が使う場所といえば、グリーンロードの中心街近くの草原か。最近は魔物が増えたらしいな。ふっ、そこで確実に殺せよ?」
「御意!」
◇◆◇◆◇
「ミカン様、服装はそれでいいのですか?」
私が選んだ服に、侍女達は不満そうな顔をしてる。フィールド実習は、服装は自由らしい。
「うん、これでいいよ」
「まるで男の子みたいですよ? ミカン様には、可愛らしいふわふわっとした服の方が……」
「うごきやすいほうが、いいの。ぼうけんしゃは、ふわふわしたふくは、きないよ?」
「はぁ、ですが、その服はサラの……」
「サラのふくはカッコいいんだもの。あっ、だいじなふくだった?」
私は、サラの私服の深緑色のシャツを強引に奪って着ている。私が着るとコート状態だけど。そして麻のハーツパンツとショートブーツ。このシャツは、ダークロード家からの支給品だと思う。
「着ていただくのは構わないのですが、お嬢様のお召し物にふさわしいとは……」
「じゃあ、いいよね? はやくいこう」
私に押し切られたサラは、ふぅっと息を吐き、私とお揃いのシャツに着替えた。




