188、みっちょんとイチニーの対決?
「りょう!? な? 何だ?」
みっちょんが大声を出したことで、タムエル族のアバターの何体かが、私達に気づいた。
個体差がある理由は不明だけど、私達に気づいたウサギは、他のウサギ達よりも小さい。とは言っても、中型犬くらいの大きさはある。
時雨さんは、驚きで固まってるみたい。
「この姿は、平民のイチニーだよ。剣術の能力が高いんだ。みっちょんより強いと思うけどね」
「なっ、なな、ななな……」
みっちょんは大混乱中だ。彼は、そんな二人の様子に、満足げな笑みを浮かべてる。
(もうっ、子供みたいだよね)
彼は、リョウの姿を隠していた。でも、ずっと二人には、素性を明かしたかったのだと思う。
ギィイィイ〜!
「うわっ、嫌な声だな」
タムエル族が対峙する巨大なミミズみたいな魔物が、私達に向かって、状態異常を起こす啼き声を発した。でも、誰にも効かないね。
私は精霊ノキが守ってくれるし、時雨さんには多くの魔道具がある。みっちょんのすごい鎧は、状態異常も弾くみたい。そして彼は、イチニーさんの姿でも、彼の守護精霊の力は変わらない。
「みんな、その魔物の触角は切っちゃダメだよ。バーサク状態になるからね。身体を覆う体毛は、完全魔防だけど土属性だよ」
時雨さんがそう教えてくれたのに、みっちょんは、触角を狙って、何かを飛ばした。風の刃かな。魔法じゃなくて、あれは剣技ね。
スパッと切れて、触角の1本が落ちた。
「みっちょさん! ダメって言ったでしょ」
「時雨さんはわかってないな。バーサク状態になれば、さっきの変な声は使わないだろ。あとは、チカラの勝負だぞ」
(みっちょん、ストレートすぎる……)
そういえば、これがみっちょんの戦い方だ。だけど、ゲームのイベントでは、失敗しても強制ログアウトするだけだったけど、今は、そうはいかないんだよ?
「そうだね。チカラの勝負だ。あの啼き声を封じたのは正解だな。ただし、戦闘力が跳ね上がってるけどね」
彼は、完全に戦闘狂スイッチが入ったみたい。目をキラキラさせてるよ。
「ふん、りょうより私の方が強いって、キャプテンは言ってたぞ」
「私は今は、イチニーだよ。リョウよりも、こっちの方が戦闘向きだからね」
「りょうのくせに生意気だぞっ。私の方が強いと言わせてやる!」
(みっちょん……)
みっちょんが巨大なミミズに駆け寄っていくと、彼も負けじと追いかけていく。
やっぱり、りょうちゃんは、みっちょんの扱いが上手い。もう、みっちょんは、彼がセレム様だとわかった衝撃から立ち直り、彼をフレンドのりょうちゃんとして扱ってる。
(私は、私にしかできない仕事をする方がいいわね)
あの二人が本気なら、巨大なミミズみたいなあの魔物は、きっと余裕で倒せる。
「タムエル族の皆さんは、離れてください! あの魔物には、魔法は効かない」
『えっ? あ、ミカノカミの名を持つ人間か』
「ええ、今はミカンという名ですけどね。その姿では、まだ、あの魔物は倒せない。アバターの成長システムを組み込んだ分身だということを忘れないで」
『あ、あぁ、我々は、本来の獣の姿よりも、かなり強くなっているのだけどな』
タムエル族は、機械人形を身につけていると無敵だけど、本来の姿には強いコンプレックスがあるのよね。
「まだまだ強くなりますよ。そして、分身を吸収すれば本体にも、分身が稼いだ経験値が入って成長します。ただ、その統合は一度きりです。ミカノカミが築いた拠点で、説明を受けましたよね?」
私が強く叱るような口調でそう言うと、タムエル族達は、耳をぺたんと垂らした。これは反省を示す仕草に見えるけど、拗ねている状態だとノキが言ってたっけ。
(まだ弱いわね)
「そのアバターで草原をウロつくときには、きちんと適正レベルのフィールドを選んでください。私達が見つけなかったら、アナタ達は統合どころか、カードを失ってましたよ!」
『えっ……あぁ、だけど、弱い魔物ばかりを……』
「黙りなさい! アナタ達がルールを無視するから、他の世界から来たアバターが、気づかずに道を逸れて全滅したわ。アナタ達が結界を破るからよ!」
『あ、あぁ、すまない』
(これでいいか)
大きなウサギ達は、耳をピンと立て、真っ直ぐに私を見ている。これは服従に見えるけど違うみたい。ノキによると、警戒状態らしい。これ以上逆らうなら、私は追放を言い渡すつもりだったから、それを察知したのね。
タムエル族達は私の叱責しか聞かないと、ギルドマスターから聞いていた。私が唯一、ミカノカミと同じ名を持つからだと思う。
だから、タムエル族がこの世界のルールを守るように監視する役割は、これからも私が担う必要がありそう。
ドドーン!
みっちょんとイチニーさんが競うように攻撃し、巨大なミミズみたいな魔物は倒れた。最後の一撃は、イチニーさんね。みっちょんが悔しそうな顔をしてる。
『あの魔物を倒すチカラがあるのか……』
『あれはセレムだな。もう一方は……』
(イチニーさんの姿でもわかるのね)
「私達は、『フィールド&ハーツ』のユーザーだったよ。アナタ達を助けにきた私達はゲーム内でフレンドだった」
『そうか。叡智の異世界人は、ゲームを通じて戦闘訓練をし、転生後にその能力を引き継ぐから、現地人の身体であっても、ここまで強いのか』
(叡智の異世界人?)
あー、披露宴のことが、タムエル族の中で共有されてるのね。だけど、これは使える。
「私達は、ゲームのルールに従って、着実に成長していったの。アナタ達のように道を外れると、成長を逃す能力も少なくないでしょうね」
『わ、わかった! これほどまでに強くなれるなら、ゲームの順序に従うことにしよう』
「他のみんなにも伝えてくださる? まさか、ここにいるアナタ達だけで、この情報を独占しようとはしないわよね?」
『つ、伝える! ミカノカミに告げ口されては困るからな』
ぴょんと高く飛び跳ねると、タムエル族のアバター達は、結界を破いた場所から始まりの草原へと戻っていった。
「みかんちゃん、あの……」
時雨さんは、どう尋ねるかを迷っているみたい。彼女が言葉を選んでいる間に、二人が戻ってきた。
「みかんちゃん、見てたかい? やはり私の方が、みっちょんより強かったよ」
「おい! りょう、おまえ卑怯だぞ! キャプテンは、イチニーっていう剣士のことは言ってないぞっ」
「あはは、勝ちは勝ちだよ、みっちょん」
彼は、カードをクルクルと回し、リョウの姿に戻った。




