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187/196

187、なぜか、りょうちゃんがいた

「ごめん、お待たせ」


 待ち合わせの草原に行くと、時雨さんとみっちょんだけでなく、なぜか、りょうちゃんまでがそこに居た。


 彼は、今は建国の手続きを始めていて忙しいはずなのに、どうしたんだろう? しかも、珍しく女装してない。草原のミッションのときは、いつも妖艶な女性の姿をしていたんだけどな。



「みかん、遅いぞ!」


 今日のみっちょんは、すごい鎧を装備をしている。ここは始まりの草原だから、強いモンスターはいない。『フィールド&ハーツ』の新人ユーザーが多くやってくる場所だ。


「ごめんごめん。なんか、みっちょんの装備、すごいね」


 そう指摘すると、彼女は一気に上機嫌になった。


「これは、新しい海底ダンジョンのドロップ品なんだ。二人に見せようと思って着てきたんだぞ。なぜか、りょうも待ってたんだけどな」


 みっちょんに睨まれて、りょうちゃんはヘラっと笑った。彼は私達と一緒だと、よくこんな顔をする。気を許してるんだということが伝わってくる。


「私も、たまにはフレンドさん達と一緒に、監視ミッションをしたいからね。ここしばらく忙しかったから、今日はちょっと休憩だよ」


 確かに彼は、完全に休憩モードみたい。お気に入りのパン屋の紙袋を抱えている。焼き立てパンの匂いは、モンスターを引き寄せてしまうのに、気にしてないみたい。


(あっ、魔法袋に入れた)


 私の頭の中を覗いたのかも。


「は? りょう、何を言ってんだ? 監視ミッションが休憩なのか? そんなに神託者の仕事は忙しいのか。あっ、確かに転生者は増えたんだよな」


「ふふっ、私の本業は学者なんだけどね」


「なっ? それなら、みかんの魔法学を何とかしてやれよ。いつまで経っても、卒業できないぞ」


「私は、魔法学の学者じゃないんだよ」


「でも、仲が良いじゃないか……あっ、そうか。みかんは人妻になったからな。キャプテンも、なんだか遠い人になってしまったし」


 みっちょんは、ガクリと肩を落としている。そっか、リゲル・ザッハ推しのみっちょんとしては、リゲルさんが、セレム様の5つの盾の一人に選ばれていることを知ったから、戸惑ってるんだ。



「みっちょん、別に、リゲルさんは変わらないんじゃないかな? 今は、少しバタバタしてるだろうけど」


 私がそう指摘すると、みっちょんは少し複雑な表情を見せた。そして、拗ねたようにプイッと横を向く。


(ご機嫌を損ねちゃったか)


「みかんちゃん、たぶん、みっちょさんは、リゲルさんの役割のことを気にしてるんだと思うよ。セレム様の側近だとは、知らなかったもの」


 時雨さんは、りょうちゃんの視線を気にしているみたい。彼女は、りょうちゃんの素性を知ってるのかな。情報屋だから、知っていたとしても、素知らぬフリをするだろうけど。


「セレム様の側近だとマズイの?」


「みっちょんは船屋の娘だから、身分差を気にしてるみたい」


「ん? 時雨さん、それって、みっちょんの恋バナ?」


「しーっ! りょうちゃんもいるのに……って、りょうちゃんも知ってることよね。だけど、りょうちゃんも同じね」


「ん? りょうちゃんの何が同じなの?」


「りょうちゃんは、みかんちゃんのことが好きでしょう? でも、みかんちゃんはセレム様と結婚したから、もう、りょうちゃんには手の届かない人になったじゃない?」


「えっ? あ……」


(時雨さんは、彼の素性を知らないんだ)


 でも、私から話すことじゃないよね。彼は、リョウの姿を秘密にしてるんだから。


「だよね? 同じだよね、りょうちゃん」


 時雨さんに話を振られて、りょうちゃんは首を傾げている。私達は、ただ草原を歩きながら話してるけど、彼は真面目に、ゲームアバター達の動きを追っていたから、話をちゃんと聞いてなかったみたい。



「私の何が同じなのかな? 道を逸れていく新人ユーザーが気になって聞いてなかったよ」


「あっ、ほんとね。初期アバターならあの街道は越えられ……あら、越えちゃったね。そういえば、始まりの草原は、結界不備が頻発してるんだったっけ」


 初期アバターを身につけたゲームユーザーが、始まりの草原から出て、道を渡ったみたい。あの先は、かなり強い魔物がいる。


「りょうちゃん、転移魔法!」


「はいはい、行きますよ」


 私達は、彼の転移魔法で、街道の向こう側の草原へと、移動した。




 ◇◇◇



「あぁ、結界が破られてるね。タムエル族だな」


 りょうちゃんは、フゥーっと深いため息をついた。こういうことが頻繁に起こっているのかも。


「うわ、デカいウサギだらけじゃねぇか」


 みっちょんは、少し嬉しそう。


「みっちょさん、あれは、タムエル族のアバターよ。行動制限を無視して行き来してしまうみたいね。だから、『フィールド&ハーツ』のアバターまでが、紛れ込んでしまうのね」


 時雨さんは、連絡用なのか、魔道具を操作している。あっ、球体のカメラも使ってるのね。この現状をどこかに報告してるようだ。



「あっ、あの魔物……」


 タムエル族が、巨大なミミズみたいな魔物を掘り当てちゃったみたい。


(あれは、厳しいんじゃないかな)


 タムエル族のウサギの姿は、アバターということになってるけど、本当はカードを使った分身だ。だからゲームアバターとは違って、強制ログアウトはない。負けてしまうと分身を失う。



 ギィイィイ〜!


 魔物の啼き声で、近くにいたアバター達は、状態異常を起こしたみたい。ショック状態から麻痺が起こるから、しばらくは動けなくなりそうね。



「アレは、ちょっとヤバくないか?」


 そう言うと、みっちょんは剣を抜いた。


「そうだね。タムエル族のアバターは、殺されるとなかなか回復できないって聞いたよ。あの魔物は、魔法が効かないから、タムエル族には不利だよ」


 時雨さんは、素早く魔物の情報をサーチしてくれた。


「じゃあ、私も行こうかな。りょうちゃんは、時雨さんと……」


 私が剣を装備すると……。


「仲間はずれにしないでおくれ。楽しそうじゃないか」


(あれ? 話し方がセレム様だよ)


 時雨さんは、少し首を傾げたけど、いくつかの魔道具を操作するのに忙しいみたい。



「りょうは、学者なんだろ? 魔法が効かない相手に何ができるんだよ。邪魔だから来んなよ」


 みっちょんにそう言われたのに、りょうちゃんは嬉しそうな顔をしてる。そして、チラッと私の顔を見た。その目は少年のようにキラキラしてる。


(まさか……)


 そう思った瞬間、りょうちゃんの手にはカードが浮かんでいた。そしてクルクルと回し、彼は、イチニーさんの姿に変わった。



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