187、なぜか、りょうちゃんがいた
「ごめん、お待たせ」
待ち合わせの草原に行くと、時雨さんとみっちょんだけでなく、なぜか、りょうちゃんまでがそこに居た。
彼は、今は建国の手続きを始めていて忙しいはずなのに、どうしたんだろう? しかも、珍しく女装してない。草原のミッションのときは、いつも妖艶な女性の姿をしていたんだけどな。
「みかん、遅いぞ!」
今日のみっちょんは、すごい鎧を装備をしている。ここは始まりの草原だから、強いモンスターはいない。『フィールド&ハーツ』の新人ユーザーが多くやってくる場所だ。
「ごめんごめん。なんか、みっちょんの装備、すごいね」
そう指摘すると、彼女は一気に上機嫌になった。
「これは、新しい海底ダンジョンのドロップ品なんだ。二人に見せようと思って着てきたんだぞ。なぜか、りょうも待ってたんだけどな」
みっちょんに睨まれて、りょうちゃんはヘラっと笑った。彼は私達と一緒だと、よくこんな顔をする。気を許してるんだということが伝わってくる。
「私も、たまにはフレンドさん達と一緒に、監視ミッションをしたいからね。ここしばらく忙しかったから、今日はちょっと休憩だよ」
確かに彼は、完全に休憩モードみたい。お気に入りのパン屋の紙袋を抱えている。焼き立てパンの匂いは、モンスターを引き寄せてしまうのに、気にしてないみたい。
(あっ、魔法袋に入れた)
私の頭の中を覗いたのかも。
「は? りょう、何を言ってんだ? 監視ミッションが休憩なのか? そんなに神託者の仕事は忙しいのか。あっ、確かに転生者は増えたんだよな」
「ふふっ、私の本業は学者なんだけどね」
「なっ? それなら、みかんの魔法学を何とかしてやれよ。いつまで経っても、卒業できないぞ」
「私は、魔法学の学者じゃないんだよ」
「でも、仲が良いじゃないか……あっ、そうか。みかんは人妻になったからな。キャプテンも、なんだか遠い人になってしまったし」
みっちょんは、ガクリと肩を落としている。そっか、リゲル・ザッハ推しのみっちょんとしては、リゲルさんが、セレム様の5つの盾の一人に選ばれていることを知ったから、戸惑ってるんだ。
「みっちょん、別に、リゲルさんは変わらないんじゃないかな? 今は、少しバタバタしてるだろうけど」
私がそう指摘すると、みっちょんは少し複雑な表情を見せた。そして、拗ねたようにプイッと横を向く。
(ご機嫌を損ねちゃったか)
「みかんちゃん、たぶん、みっちょさんは、リゲルさんの役割のことを気にしてるんだと思うよ。セレム様の側近だとは、知らなかったもの」
時雨さんは、りょうちゃんの視線を気にしているみたい。彼女は、りょうちゃんの素性を知ってるのかな。情報屋だから、知っていたとしても、素知らぬフリをするだろうけど。
「セレム様の側近だとマズイの?」
「みっちょんは船屋の娘だから、身分差を気にしてるみたい」
「ん? 時雨さん、それって、みっちょんの恋バナ?」
「しーっ! りょうちゃんもいるのに……って、りょうちゃんも知ってることよね。だけど、りょうちゃんも同じね」
「ん? りょうちゃんの何が同じなの?」
「りょうちゃんは、みかんちゃんのことが好きでしょう? でも、みかんちゃんはセレム様と結婚したから、もう、りょうちゃんには手の届かない人になったじゃない?」
「えっ? あ……」
(時雨さんは、彼の素性を知らないんだ)
でも、私から話すことじゃないよね。彼は、リョウの姿を秘密にしてるんだから。
「だよね? 同じだよね、りょうちゃん」
時雨さんに話を振られて、りょうちゃんは首を傾げている。私達は、ただ草原を歩きながら話してるけど、彼は真面目に、ゲームアバター達の動きを追っていたから、話をちゃんと聞いてなかったみたい。
「私の何が同じなのかな? 道を逸れていく新人ユーザーが気になって聞いてなかったよ」
「あっ、ほんとね。初期アバターならあの街道は越えられ……あら、越えちゃったね。そういえば、始まりの草原は、結界不備が頻発してるんだったっけ」
初期アバターを身につけたゲームユーザーが、始まりの草原から出て、道を渡ったみたい。あの先は、かなり強い魔物がいる。
「りょうちゃん、転移魔法!」
「はいはい、行きますよ」
私達は、彼の転移魔法で、街道の向こう側の草原へと、移動した。
◇◇◇
「あぁ、結界が破られてるね。タムエル族だな」
りょうちゃんは、フゥーっと深いため息をついた。こういうことが頻繁に起こっているのかも。
「うわ、デカいウサギだらけじゃねぇか」
みっちょんは、少し嬉しそう。
「みっちょさん、あれは、タムエル族のアバターよ。行動制限を無視して行き来してしまうみたいね。だから、『フィールド&ハーツ』のアバターまでが、紛れ込んでしまうのね」
時雨さんは、連絡用なのか、魔道具を操作している。あっ、球体のカメラも使ってるのね。この現状をどこかに報告してるようだ。
「あっ、あの魔物……」
タムエル族が、巨大なミミズみたいな魔物を掘り当てちゃったみたい。
(あれは、厳しいんじゃないかな)
タムエル族のウサギの姿は、アバターということになってるけど、本当はカードを使った分身だ。だからゲームアバターとは違って、強制ログアウトはない。負けてしまうと分身を失う。
ギィイィイ〜!
魔物の啼き声で、近くにいたアバター達は、状態異常を起こしたみたい。ショック状態から麻痺が起こるから、しばらくは動けなくなりそうね。
「アレは、ちょっとヤバくないか?」
そう言うと、みっちょんは剣を抜いた。
「そうだね。タムエル族のアバターは、殺されるとなかなか回復できないって聞いたよ。あの魔物は、魔法が効かないから、タムエル族には不利だよ」
時雨さんは、素早く魔物の情報をサーチしてくれた。
「じゃあ、私も行こうかな。りょうちゃんは、時雨さんと……」
私が剣を装備すると……。
「仲間はずれにしないでおくれ。楽しそうじゃないか」
(あれ? 話し方がセレム様だよ)
時雨さんは、少し首を傾げたけど、いくつかの魔道具を操作するのに忙しいみたい。
「りょうは、学者なんだろ? 魔法が効かない相手に何ができるんだよ。邪魔だから来んなよ」
みっちょんにそう言われたのに、りょうちゃんは嬉しそうな顔をしてる。そして、チラッと私の顔を見た。その目は少年のようにキラキラしてる。
(まさか……)
そう思った瞬間、りょうちゃんの手にはカードが浮かんでいた。そしてクルクルと回し、彼は、イチニーさんの姿に変わった。




