184、セレムの宣言
ゲネト先生が私を転生者だと暴露したことで、集まっていた大勢の人達は、シーンと静まり返ってしまった。
この世界に転生者がいることは、当然、多くの人が知っている。だけど、その転生者を叡智の盾だと言ったから、こんな反応なのだろう。
(警戒かな)
転生者は、この世界の人達から見れば、異世界人だ。どんな知識を持つのかと、いろいろな想像を掻き立てられるだろう。ゲネト先生やセレム様が、叡智の盾だなんて言うから……侵略者扱いする人もいるかもしれない。
私の肩を抱き寄せていたセレム様が、私の耳元に顔を近づけた。
「みかんちゃん、民を鎮めてくれる?」
「へ? 私が?」
「ふふっ、それが一番でしょ。民を惹きつけないと、宣言できないからね」
(何の宣言よ?)
それを尋ねたかったけど、きっと口には出せない制約がありそう。ほんと、この世界の常識って、意味不明なのよね。
彼は、それ以上は何も言わずに、私を前へと押し出した。エフェクト状態で浮かぶ大きなウサギに当たりそうな勢いだ。
(ふわもこちゃんは自由ね〜)
ほとんどの人には姿が見えないから、タムエル族の神ミカノカミは、運動場内をふわふわと見て回っている。きっと集まった人達の頭の中を覗いているのだと思う。
「ゲネト先生、拡声器の前を譲っていただけますか」
私がそう声をかけると、ゲネト先生はいつものように好戦的な笑みを浮かべた。でも、王ファクト様の分身なのよね。これまでのような雑な反論はできないわ。
「ミカンさん、理由は何だ?」
「拡声器がないと私の声は、ほとんどの人に届きませんから」
「は? 何だ? そのつまらない答えは? いつもの勢いはどうした? あっ、わかったぞ。婚姻したからって、大人ぶるつもりだな。そんなことでは、いつまでたっても魔法学の試験には通らないぞ」
「ちょ、ゲネト先生! こんな場所で何をおっしゃるのですか。個人情報を暴露するなんて……」
「ふふん、まだ上品ぶってるじゃねぇか。まさかとは思うが、緊張してるのか? 腕の中に最強兵器を抱えているくせに」
(なぜ、ケンカを売ってくるの?)
私がゲネト先生を、王ファクト様として扱おうとしたことが不満なのかな。いや、このやり取りを見せたいのか。
「ノキは兵器ではありません。ゲネト先生、怒りますよ?」
「怒ってもいいぜ。ミカンさんの文句には慣れてる。あっ、言っておくが、アレは、けしかけるなよ?」
ゲネト先生は、ふわもこちゃんを指差している。
(なるほどね、そういうことか)
集まっていた大勢の人達の感情は、転生者への警戒から未知の見えないモノへの興味に、切り替わったみたい。
タムエル族のことを、私から説明させたいのかな。セレム様が何を宣言するのかはわからないけど、私が民を惹きつけないといけない、ってことだよね。
(難しいミッションね……)
私は、ゲネト先生から、拡声器のような魔道具を奪い取った。たぶん奪い取らなくても、私の声は拡声器がひろってたみたいだけど。
ゲネト先生は、大げさにのけぞって、少し後ろに下がった。セレム様に睨まれてるけど、逆に喜んでるみたい。
(もうっ、子供みたいなんだから……)
「皆さん、私は、ユフィラルフ魔導学院でゲネト先生のクラスに在籍している、ミカン・ダークロードです。セレム様からお話があったように、先程、王宮の礼拝堂にて、セレム様と婚姻いたしました。皆さん、披露宴にお集まりいただきありがとうございます」
そこで一旦、口を閉じる。左腕のえのき茸が多くの悪意を教えてくれた。集まっている大半は、私の挨拶なんて聞く気はないみたい。
(ま、そりゃ、そうよね)
チラッとセレム様に視線を移すと、りょうちゃんのように穏やかな笑みを浮かべていた。まだ、セレム様の顔は見慣れてないけど、彼が私を信頼してくれていることは伝わってくる。
何を話すのかも、何も指示されてない。ということは、私が話す内容は、何でもいいのだろう。セレム様が民に何かを宣言するための前座のようなものか。
(また、悪意が強くなってきたな)
集まった見知らぬ人達から見た私は、ゲネト先生と対等に話す未知の転生者だ。そして、ダークロード家への警戒心も加わって、この世界を侵略しようとする敵だと感じているのかも。
腕の中のノキは、何も話さない。でも、私の腕の中は死守したいみたい。ふわもこちゃんが浮遊してるもんね。
「皆さん、私への警戒心が強いようですね。それは、当然のことでしょう。警戒するなとは言いません。ただ、意味なく悪意を向けられるのも不快です。少し、私の前世の話をしましょう」
そう話し始めると、ノキは私の意図を察して、枯れたえのき茸を1本出してきた。
私は、左腕でノキを抱え、右手で枯れたえのき茸をポキッと折り、空中へ放り投げる。
すぐに、ボンッと大きなメラミンスポンジに変わった。私は風魔法を使って、適当にカットする。
(うっ、ぐちゃぐちゃになった……)
カットしたメラミンスポンジは、集まっていた人達に降り注ぐ。攻撃だと驚いた人も少なくないけど、こういうやり方が、たぶんこの世界の人には合うのね。
「私は、魔法のない異世界からの転生者です。今、風魔法を使ってみたけど、ひどい結果になりましたね」
メラミンスポンジだと誰かが叫ぶと、地面に落ちたものを拾う人も出てきた。そして、私がなぜメラミンスポンジを飛ばしたのか、興味を持ってくれたみたい。
「メラミンスポンジは、前世の最後の日に、私が買ったものです。前世の私は、嫌なことがあるとメラミンスポンジを使って、いろいろなものをピカピカに磨きたくなる癖がありました。それを精霊ノキが、この世界に再現してくれたのです」
(あっ、悪意が減っていく)
「先程、私達のような転生者が叡智の盾だと言われたのは、こういうことでしょう。魔法のない異世界では当たり前にあったものが、この世界にはない。つまり、この世界にはないものを知っているだけです」
ここまで話すと、セレム様が私の横に並んだ。
「皆も知っている通り、このメラミンスポンジのおかげで、紅茶病の発生を抑制することができた。私達は、異世界人に怯えるのではなく、共存し、その未知の知識を学ぶべきであろう」
セレム様がそう話し始めると、集まっていた人達の表情はガラッと変わった。好奇心、かな?
「私は、5つの輝く盾を得た。だが、王ファクトの後継者になるつもりはない。私は、ここに宣言する。私は、白亜の大陸に建国する」
皆様、いつもありがとうございます♪
もう少しで本編は完結です。
そのあと、数話の後日談とエピローグを予定しています。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




