181、誓約の儀式
「セレム様、いえ、りょうちゃん。私も、りょうちゃんみたいな男性がいたらいいなって、前世で思ってました。こんなにいろいろと調べてくれて嬉しいです」
(あっ、マズイかな)
思わず、彼をりょうちゃんと呼んでしまった。彼は、リョウの姿を隠しているのに。
「そっか、よかった。私の方こそ、嬉しいよ。みかんちゃん、私と結婚してくれますか」
「ええ、喜んで」
なんだか居酒屋の店員さんみたいな返事をしてしまったけど、彼はホッとした笑みを浮かべた。そして、指輪を私の指にはめてくれた。
(わっ、動くのね)
何かの術がかけられているみたい。ブカブカなリングは、私の指に合わせてスーッと縮んでいく。
無色透明でキラキラとしたダイヤモンドに似た石がついてる。彼がわざわざ探してくれたのかな。
「それでは、誓約の儀式を」
若い女性……精霊主さまが、私達に手をかざした。ぶわっと広がった薄紫色の霧。ユーザー本部に満ちていたものと同じに見えるけど、キラキラとした光の粒が、眩しいほどに輝いている。
「我が名の元に、二人の婚姻を認めます。その証を、私に示しなさい」
(証って何?)
セレム様は、まだ、ひざまずいたままだ。なんだか私が見下ろしているみたいで落ち着かない。
スッと顔をあげた彼は、ニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。イチニーさんがよくやる顔ね。
「あの、証って……」
私が小声で尋ねようとしたとき、私の口は、彼の口付けによって塞がれた。
(あっ! 婚姻式のキスだ!)
その瞬間、キラキラとした輝きが私達の身体をすり抜けていった。
「証は示されました。ここに祝福を」
私は、彼の仕草を真似て、精霊主さまに感謝を示す。
見ていた人達から、パチパチと拍手が聞こえてきた。姉エリザが、涙を拭う姿が見えた。いろいろなことを思い出して、私も胸が熱くなってくる。
誓約の証……なぜ彼が……。身分の低い者からキスをすると、重婚しないという誓約になるのに。
私の心を覗いたのか、彼は満足げに微笑んでいる。
「私の方からって言ってたのに」
「ふふっ、その気持ちだけで十分だよ。これは私のためでもあるんだ。みかんちゃんに捨てられないように、これからも頑張るよ」
「そんなの……」
(捨てるわけないじゃない)
「二人とも、精霊主さまに笑われるぞ」
精霊ノキが、私達を叱った。
(確かに……)
精霊主さまの方に視線を移すと、クスクスと笑われていた。
「お二人は、もう10年以上の付き合いになるようですね。セレム、貴方が変えたいというのは、こういうことですか」
(ん? 何?)
彼は、やっと立ち上がった。そして、私をチラッと見た後に口を開く。
「はい。これは『フィールド&ハーツ』を通じて学んだことでもあります。そして、フィールド星雲を統べる神の狙いとも合致します」
(ミカノカミの狙い?)
「なるほど。この世界の約90%は、魔物しか生息しない荒れた地です。私も、その神と話しましたが、上手く調整ができるのであれば、それが理想形でしょう。セレムがそれを始めるのですね?」
精霊主さまは、壇の下にいる二人に視線を向けた。視線を向けられた二人は、壇のすぐ下まで近寄ってくる。
顔をベールで隠す魔導士風の人と、ゲネト先生に似た黒い礼服を身につけた人だ。
するとセレム様は、突然私をお姫様抱っこして、壇からヒラリと飛び降りた。
(び、びっくりした)
「セレム、ミカンさん、婚姻おめでとう」
ゲネト先生っぽい人が、まるでゲネト先生みたいな話し方をした。でも、声が少し違うし、纏うオーラが別人だ。
「ありがとうございます、王ファクト様」
(えっ? 現王ファクト様!?)
彼がうやうやしく頭を下げた。私は慌てて、彼を真似る。
「セレム、本体はこっちだぞ」
魔導士風の人が、顔のベールを外した。
(わっ! 本当に王様だ!)
私は、慌てて王様にも敬意を表す。
ゲネト先生に似た人は、護衛? いや、違う。本体はこちらだと言われたから、分身? 複数所持者?
彼も、レグルス先生、りょうちゃん、イチニーさんの姿を持ってるけど、同時に存在することはできない。だけど王様は、同時に複数の身体を操ることができるのね。
「なぜ、ミカンさんは混乱しているのだ? 精霊主さまの霧のせいか?」
ゲネト先生っぽい人が、壇上にいる精霊主さまに視線を向けた。なぜか、ノキが壇上で仁王立ちしてる。さっきまでは澄まし顔だったのに、可愛らしいツインテールが台無しだよ?
「いつもとは違うからじゃないか。聖属性を纏っているようだが?」
「あぁ、ミカンさんには違いがわかるのか。レオナードさんにはバレなかったが」
「は? シャーマンに、そのオーラは認識できない。当たり前だろ」
セレム様の言葉遣いが、どんどん崩れていく。王様の前で……いや、ちょっと待って。ゲネト先生みたいな人は、ゲネト先生なの?
「もしかして、私の担任の……」
「あぁ、やっとか。ミカンさんがなぜ魔法学を苦手とするかがわかったよ。今、俺のオーラの構造を考えただろ? こんなもんは、気分によって着替えるだけだ」
「ゲネト先生って、オーラを、服みたいに着替えるんですか」
「あぁ、そうだ」
(シャーマンなのに聖属性? あっ、違う)
現王ファクト様は、確か、精霊を生み出す光を操る稀有な能力の持ち主。多くの精霊は、死霊術を操るシャーマンとは真逆の存在だ。
「みかんちゃん、騙されるな。全属性変化という能力があるだけだ。複数のカードをシャーマンの術でまとめたのだ。纏う属性によってステイタスがガラッと変わる」
「おい、セレム。俺がわざとカードをまとめた罪人みたいに言うなよ。多属性の分身を作りすぎ、力が分散されすぎて、それを呼び寄せたら結合しただけだ」
「カードの改造だろ。精霊主さまへの冒とくだぞ」
「違うって。たまたま結合してしまった事故だ。だよな? 俺の生徒達」
(はい?)
ゲネト先生は、私と壁側にいるレオナードくんに、同意を求めたの? するとナインさんが、こちらに近寄ってきた。
「王ファクト様、場をわきまえてください。精霊主さまの霧の中で、よくそんな嘘がつけますね。カードはマナに分解しなければ結合などしません。実験か改造かは存じませんが、許されることではありませんよ」
(ナインさん、怖っ)
「はぁ、つまらぬ奴だな」
そう言うとゲネト先生は、王ファクト様と重なると、スッと吸い込まれるように消えた。
(分身を解除したのね)
王ファクト様は、あらゆる属性のオーラを纏っていた。




