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179、ミカン、10歳になる

「ミカン、お誕生日おめでとう」


「ありがとう、お姉様。随分と早いのね。式は昼からだよ?」


 姉のエリザは、キラキラとした素材の黒いドレスに身を包み、朝早くにやってきた。


 護衛の騎士達も、今日は服装が違う。いつもエリザのそばにいるロインさんは、黒い上質なタキシードっぽい礼装だ。他の騎士達は礼装用の鎧を身につけている。


(ロインさんが騎士団長なのかな?)


「かわいいミカンと過ごせる時間は、これからは貴重になるもの。あら? そちらにいるのは、もしかして精霊ノキ様? ミカンの幼い頃にそっくりだわ」


「ええ、5歳くらいの少女に化けているわ」


「とっても可愛らしいわね〜」



 賢者ナインさんが、護衛のフリをして入り込んだ女子会から、しばらくの時が流れた。


 今日は、私の10歳の誕生日であり、私の婚姻式が行われる日だ。式が昼からなのは、たぶん彼の配慮だと思う。こうやって、姉のエリザが、私との時間を作りたがることを予想したのだろう。


 私がこの世界に転生してくる1年ほど前から、エリザは幼い妹を守ってきた。異常な溺愛ぶりには驚いたけど、今ではその頃の彼女の心情は理解できる。


 エリザから見れば私は、亡き母の忘れ形見のような存在なのだと思う。彼女は母親を守れなかったという後悔の毎日を生きてきた。私を守ることで、亡き母への償いをしているかのようだ、と誰かが言っていたっけ。



「エリザ! アタシはミカンよりも、キリッとしているはずだぞ」


「ふふっ、そうですね。精霊ノキ様は、幼い頃のミカンとは違って、凛としておられるわ。でも、ほんとによく似ていて可愛らしいから、思わず抱きしめたくなってしまうわ」


「ふん、アタシに気軽に触れることができるのは、ミカンだけだ。でも、どうしてもというなら、頭ナデナデくらいなら許してやってもいいぞ」


(ナデナデされたいのね)


 エリザは私にチラッと視線を移す。私が軽く頷くと、エリザは、ノキの頭をそっと撫でた。


「お姉様、ノキの髪はふわふわでしょ?」


「ええ、そうね。マナのチカラを感じる不思議な髪だわ。式には、この姿で行くのかしら」


「サラが今、お花屋さんに行ってるの。私は生花を髪に飾るから。サラが戻ってきたら、ノキの服を出してくれると思うよ」


「精霊ノキ様ほ、魔法で服を作り出しているのではないの?」


「今の服は、魔法で作り出してるよ。でも、私が持ってる服を着たいみたい。おしゃれに目覚めたのかもしれないわ」


「まぁっ、素敵ね。精霊ノキ様は、本当の人間に見える姿を維持できるだけでも凄いのに、私達の感性も備え始めたのね。数十年後には精霊主さまに次ぐ精霊になるという噂も、納得ね」


(私の死後のことだよね)


 この世界の女性の寿命は短い。私はまだ10歳になったばかりだけど、残された時間は20年くらいかな。前世の分と足しても、やはり短いと感じる。



 ノキがキョトンとして、首を傾げていた。その仕草に、エリザはキュンキュンしてるみたい。これまでずっと、母親代わりとして守ってきた妹に見えているのかな。


 そういえば、エリザは少し、ふっくらしたかしら? 私より10歳年上だから、今は20歳。ちょうど、ゲームに登場し始めた頃ね。


 だけど今のエリザは、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』で描かれていた悪役令嬢エリザ・ダークロードとは、少し雰囲気が違う。最近は、柔らかな表情を見せるようになった。私の婚姻が、エリザの安心に繋がっているみたい。



「エリザ、その噂は間違いだぞ。アタシは今でも、精霊主さまに次ぐ精霊だ。そして、精霊主さまのスペアでもあるのだ。つまり、精霊主を継ぐ精霊だぞ」


「えっ? 精霊主さまの後継者なの?」


「当たり前だろ。アタシは二文字の名を持つ精霊だぞ? まぁ、精霊に寿命はないから、正確にいえば後継者というより、協力者かもしれない。あの頑固な賢者でさえ、アタシには逆らわないからな」


(あー、賢者ナインさんね)



「頑固な賢者って?」


 エリザは、まだ、頭ナデナデを続けている。ノキの髪は触り心地が良いのよね。


「エリザは知らないのか? 賢者ナインという頑固者だ。ミカンを試すようなケンカをふっかけていたぞ。まぁ、ミカンはガッツリと言い返していたがな」


 ノキは離れていても、話はすべて聞いていたみたい。透明なえのき茸もノキの一部だもんね。


 あの後は、ナインさんはおとなしく食事をしていた。残飯だとか言ってたけど、私達の食べ残しを食べさせるわけがない。誰も手をつけてない温かい料理を食べてって言ったんだから。



「ミカン、賢者ナイン様とケンカしたの?」


 エリザはまるで母親のような顔をして、心配しているようだ。ナインさんは魔術の盾だっけ? 素性は知らないけど、セレム様の盾は、身分的にダークロード家の当主と同格かそれ以上だもんね。


「ケンカというほどではないわ。ナインさんのおかしな点を指摘しただけよ」


「ちょっと、ミカン……」


 また、母親みたいな顔をしてる。


(あっ、母親……)




「遅くなりましたぁーっ! わっ、わっ、エリザ様、いらっしゃってたのですね。ひゃぁ、すみませんっ」


 サラが大きな花束を抱えて戻ってきた。魔法袋を使えばいいのに、まさか抱えてくるとはね。


「少しミカンと話したかったから、早目に来たわ。精霊ノキ様の着替えを先にする方がいいわね」


「ひゃっ、ノキ様にはミカン様とお揃いの花を買ってきましたよ〜。あれ? まだ服を選んでないのですかぁ?」


「アタシにはわからないから、サラに任せればいいって、ミカンが言ったぞ」


 ノキにそう反論されて、サラは慌ててクローゼット部屋へと駆け込んでいった。



「サラは、相変わらず賑やかね」


「ええ、全然変わらないでいてくれるよ。他の使用人達もね。お姉様が直接選んでくれたから間違いはなかったわ」


「まぁ、ミカンは、そんな大人びたことを言えるようになったのね」


 エリザは.少し目を細めている。やはり、これまでのことを思い出しているみたい。今日は、節目の日だものね。私も、きちんと挨拶をしなきゃ。


(少し緊張する)



「お姉様……」


「ん? なぁに? ミカン」


「お姉様、これまで母親代わりに私を守り育ててくれて、ありがとうございます」


「えっ? ミカン、どうしたの?」


「節目の日だから、感謝の気持ちを伝えたくなったの。これからも、たくさん面倒をかけるかもしれないけど、よろしくお願いします」


 私がそう挨拶すると、姉エリザは、目にうっすらと涙をにじませながら、輝く笑顔を見せた。



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