177、レオナードくんの護衛が
「なっ? ウジウジって……」
レオナードくんは反論しようとしたみたいだけど、口をパクパクしただけだった。少し頬が赤くなってる。
(やっぱりね)
まだレオナードくんには、恋愛感情はないかもしれないけど、マーガリンさんのことを気に入っていることは確かだと思う。
そしてマーガリンさんは、レオナードくんのことが、かなり好きなのだと感じる。グリーンロード家に居るのは辛かったみたいだし、レオナードくんへの気持ちがないなら、ここまで暗い顔はしない。
「レオナードくん、そういう所は直さなきゃいけないと思うよ」
「へ? どういう所だよ? ウジウジって……」
「私ね、貴族のそういう所が嫌いなの。トリッツ家から見てグリーンロード家は、確かに圧倒的に格上だろうけど、婚姻式をしたのに、状況が変わったからって破棄させるようなことを言ってくる神経が理解できない」
「ちょ、ミカン。それは、おまえがダークロード家に生まれたから言えることだ。トリッツ家は、グリーンロード家から冷遇されることになると、俺はよくても、弟や妹に、いや、トリッツ家の全員に影響が及ぶんだよ」
「レオナードくんがセレム様の側近になったから、大丈夫じゃないの?」
「俺は、まだ半人前どころか見習いの身だ。使えないと判断されれば、当然だが、主従関係は切られる」
(そっか、慎重なのね)
これは、レオナードくんの良い所でもある。だけど、私が伝えるべきことは、同調ではない。きっと真逆だわ。
「あれ? レオナードくんは自信がないわけ? セレム様が、あんな大勢の前で短剣を授けた理由を理解できてる?」
私は、あえて嫌な言い方をした。今、私は悪役令嬢を演じている。レオナードくんにこんなことを言える人は、私以外には居ないもの。
「ちょ……」
レオナードくんは、反論しようとしたけど、すぐに口を閉ざした。そして、何かを考えているみたい。
「セレム様の婚約者として言うわ。マーガリンさんの通訳者という能力は、セレム様の助けになる」
「えっ? ミカンは、マーの能力を知ってたのか。だが実際には、あまり使い途はないだろ。魔物が何を言ってるかがわかるのも、見える距離に現れてからのことだ。戦えないマーを、変な場所に連れて行くのも危険だからな」
(やっぱ、気遣ってるね)
「レオナードくん、全然わかってないね。異世界人の言語も、マーガリンさんがいるだけで変換されるんだよ? 近いうちに、タムエル族という異世界人が来るの。メリルが恐れている種族だよ」
「なっ? 新たな異世界人が……」
「うん、これからは、もっと他の世界からも来るんじゃないかな。精霊を経由する必要がない通訳者は、活躍できるだろうね」
「そうか! セレム様の側近の伴侶として、マーの能力は役に立つ! ミカン、ありがとうな。これを正当な理由として、グリーンロード家の申し出を断れる!」
レオナードくんは、パァッと明るい笑顔を見せた。彼のこの表情が、トリッツ家の人達からすれば、シャーマンらしくない弱さなのだろう。でも人としては、これで良いと思う。あの時セレム様も、レオナードくんの心に汚れがないと言っていたもんね。
(うん? 何?)
レオナードくんの護衛の一人が、ジッとこちらを探るように見ていることに気づいた。私が視線を向けると、スッと視線を逸らしたけど。
もしかして、敵となる人が紛れ込んでいるのかな。そっと左腕に触れてみたけど、透明なえのき茸は反応しない。あの人には悪意はないということか。
「レオナードくん、護衛の人達って、トリッツ家の人? 見たことない人ばかりだね」
「あぁ、俺が学校以外の場所に外出するときに護衛してくれるのは、王家に雇われている人だ。皆、王家の紋章を身につけているだろ?」
「どこに?」
「見えないか? 袖に小さな刺繍があるだろ?」
そういえば、確かに『フィールド&ハーツ』のロゴっぽい模様が付いているようにも見える。でも、普通は胸元につけてるよね?
「ふぅん、そうなんだ。なぜ、王家の使用人がレオナードくんの護衛をしてるの?」
「は? おまえなー。俺は半人前というか見習いだけど、王族に仕えて……確かにそうだな。王族の使用人に王家の使用人が付くのは、おかしいか」
王家は、現王とその家族を指す言葉だ。王族はたくさんいるけど、王家は王様とその近親者だけだから、決して多くはない。
でも、紋章は同じなのよね。ただの王族でも、セレム様の護衛や使用人は、王家と同じ紋章を身につけている。
(それに……)
私は、レオナードくんをジッと見ていた護衛に近寄っていく。見たことのない顔だけど、私に向ける目付きには心当たりがある。
「あの、失礼ですが、私は、貴方とお会いしたことがありますよね?」
「おや? 私を誘うかのような言葉ですね」
(はい? ナンパじゃないわよ?)
だけど、この雰囲気は間違いない。まだノキが生まれる前だったけど、初めて、私に悪意を向けてないのに怖いと思った人だ。
「ユフィラルフ魔導学院内のカフェには、たまに行くんですよ、私」
「あちゃ、精霊ノキ様は海底ダンジョンですよね?」
「ノキがいなくてもわかるわ。姿を変えてもオーラを消しても、変わらないものはありますよ。ナインさんも複数所持者なんですね」
「ナインさんって、賢者ナイン様? 複数所持者ではないはずだぞ」
護衛の人よりも早く、レオナードくんが声を発した。
「そう。じゃあ、幻術系の魔法かしら? なぜ、レオナードくんの護衛のフリをしておられるの?」
私がそう尋ねても、しばらくは返答がなかった。レオナードくんだけじゃない。他の護衛も目を見開いている。
「あーあ、バレたことはないんですけどねぇ」
そう言うと、護衛の一人は、自身にかけた術を解いたみたい。私が知っているナインさんとは姿が違う。でもこれが、本来の姿なのね。セレム様よりも少し年上に見える。
「げっ! 賢者ナイン様!」
レオナードくんは、めちゃくちゃ慌てているみたい。たぶん、いろいろな感情が頭の中でごちゃごちゃになってるよね。
「ナインさん、なぜ護衛のフリを? レオナードくんを監視していたのかしら」
レオナードくんが聞きたいはずのことを尋ねてみた。だけど、たぶん違うと思う。レオナードくんを本当に守っていたのだろう。
「ええ、新たな盾の監視ですね」
「ふっ、嘘が下手ですね。レオナードくんを守っていたのでしょ?」
「あははは、さすがミカンさんだな。あまりにも考えが甘い」
(はい? ケンカを売られた?)




