173、秘密の女子会
「さて、秘密の女子会を始めますか〜」
料理が届くと、時雨さんは扉にある何かのスイッチを押していた。たぶん、防音結界を作動させたのね。
「時雨さん、料理が多すぎるよ」
「ふふっ、商売だもの。余るともったいないから、たくさん食べてねー」
時雨さんは、マーガリンさんの好みがわからないから、いろいろな料理を用意させたようだ。こういう気遣いがさりげなくできるって素敵ね。
「あの、もう一人の女性は、誘わなくてよかったのですか。もしかして、私がオドオドしていたせいでしょうか」
食事が少し進むと、マーガリンさんから話題を振ってくれるようになってきた。
「みっちょさんのことかな? 言葉遣いの面白い子?」
「あ、えっと、はい、独特な感じの女性で……」
マーガリンさんは言葉を選んでいるけど、みっちょんのことが苦手だということは伝わってくる。
「みっちょんなら、リゲルさんについて行ったよ。マーガリンさんは、リゲル・ザッハの物語をやったことある?」
「あ、いえ。私は、ゲームは半年くらいしかやってなくて……」
「みかんちゃん、たぶんマーガリンさんは、私と同じくらいの時期に、この世界に来たと思うよ。リゲルさんの物語は、配信されてなかったかな」
「そっか。マーガリンさんは私より4つ年上だから、3〜4年早く来てるよね。名前を授かる前の身体にしか、転生者は入れないみたいだし」
「貴族は5歳からだからね。私は、商人だから10歳からだったけど。あれ? 私が一番オバサンじゃない?」
「時雨さんは今年18歳だよね? 確か、私より8つ上だったはず」
私達が年齢の話をしていると、マーガリンさんは不思議そうな表情に変わってきた。彼女の変化を敏感に察知した時雨さんが、口を開く。
「マーガリンさんも、気楽に話してね。現地人がいるときは、この世界の身分制度に従うけど、今は、地位も年齢も関係ない。私達は、『フィールド&ハーツ』のゲームユーザー同士でしょ。ゲームではフレンドじゃなかったけど、今こうして出会えたから、私達はフレンドだよ」
「そうそう、フレンドだよ」
「えっ、こんな私みたいな者に……」
マーガリンさんは、思いっきり目を見開いていた。なぜこんなに、自己肯定感が低いんだろう? グリーンロード家のお嬢様なのに。
そういえば、ユーザー本部でギルドマスターは彼女のことを、マーガリン・グリーンロードって紹介したっけ。マーガリンさんは、レオナードくんと結婚したのに名前はそのままなのかな?
「マーガリンさんは、今、どういう状況なのかしら? 何を怯えているの? よかったら話してくれないかな」
時雨さんが穏やかな声で、そう語りかけた。時雨さんは、彼女がレオナードくんの奥さんになったことを知ってるはずだよね?
その指摘をしようかと迷っていると、マーガリンさんが私に視線を移した。
「あの、ミカン・ダークロードさんのことは、あの……」
(ん? 何?)
私が首を傾げていると、時雨さんが口を開く。
「私は、みかんちゃんの婚約者のことは知っているわ。それに、私はレオナードさんとは何度か冒険者として、一緒にミッションを受けたことがあるよ」
「じゃあ、セレム・ハーツ様のことはご存知なのですね。そしてレオナードさんが、その……」
「レオナードさんとマーガリンさんの婚姻式のことは、すぐに情報が回ってきたわ。レオナードさんが、セレム・ハーツ様から短剣を授かったのよね? びっくりしたわ」
「は、はい。私も、私の家族も親戚も、とても驚きました。レオナードさんは、私の父と同格になりました」
(グリーンロード家の当主と同格!?)
私がイメージしていた以上の身分なのね。でも、それなのにマーガリンさんは、暗い表情をしていた。
「マーガリンさん、なぜ辛そうな顔をしてるの?」
私がストレートに尋ねてしまったせいか、彼女の頬を一筋の涙が流れた。
「えっ? あっ、ごめんなさい」
(どうしよう、泣かせちゃった)
私が焦っていると、時雨さんが口を開く。
「マーガリンさん、さっき、ギルドマスターが貴女のことを、マーガリン・トリッツ・グリーンロードと呼ばなかったことに、私は引っかかっていたの。もしかして、レオナードさんが出世したから、グリーンロード家から何か言われた?」
(ん? 嫉妬ってこと?)
時雨さんの問いかけに、マーガリンさんは、うなだれてしまった。図星なのね。
鼻をすする音がした。マーガリンさんは顔をあげられないみたい。
しばらく時間が流れた。
時雨さんは、何か魔道具を操作していたけど、マーガリンさんが話すのをジッと待っているようだ。
ようやく顔をあげたマーガリンさんは、ゆっくりと話し始める。
「私は、グリーンロード家では役立たずで、そして気味悪がられていました。名前を授かるまでは、皆とても優しくて幸せだったんです。だけど、名前を授かってしばらく経つと、だんだんと人が離れていきました」
「えっ? なぜ……あっ、ごめん」
私はつい口を挟んでしまった。
「私は通訳者という能力を、名前とともに与えられたようです。いろいろな声が言葉として聞こえるようになりました。魔物の唸り声も、精霊の声も、また死霊の声も言葉として聞こえる。これが、私だけの能力だと気付かず、周りの人に話してしまった。神託者さんからは内緒にと言われていたのに……」
「守護精霊の声が聞こえてしまうのね。人の心の中はわかるの?」
時雨さんは、静かに尋ねた。
「守護精霊の声は離れていても聞こえます。人の考えはわかりません。声と念話が聞こえるようです。子供だった私は、常にいろいろな声が聞こえることが怖くなって、兄や姉、そして使用人にも話してしまいました」
「それで避けていたのね。冒険者なら、守護精霊を持つ人は少なくないわ。凄まじい騒音ね。この部屋は大丈夫?」
(確かに、すっごくうるさいよね)
「はい、ここはとても静かです。レオナードさんには何も話してなかったんですが、これをくれました。夜に活動する邪気を伴う声は、聞こえなくなりました」
マーガリンさんは、黒い腕輪を見せてくれた。
(それって幽霊の声よね? ひぇ)
「レオナードさんとの関係は、上手くいってるのね。まだ、一緒には暮らしてないの?」
時雨さんの問いに、マーガリンさんの表情はズーンと暗くなっていった。
「レオナードさんが格下の貴族ではなくなったから……私には相応しくないと……」
(はい?)
もしかして婚約破棄? じゃなくて、婚姻破棄なの?




