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172、宿屋ホーレスのレストランへ

「みかんちゃん、マーガリンさん、よかったらウチの宿のレストランで、ご飯にしない?」


 ユーザー本部を出て、ギルド横の宿屋のロビーまで戻ってくると、時雨さんがそう提案してくれた。


「いいね! でも、空の星さんを待たせてるよ?」


 私がそう言うと、マーガリンさんはまた少し怯えた表情をしていた。彼女は人見知りが激しいから、知らない人が加わることを恐れているみたい。


「空の星さんは、まだ仕分け作業が残ってるらしいよ。帰りは転移魔法陣を使ってくれって、連絡が来たよ」


「そっか。じゃあ、気にしなくていいのね。マーガリンさんの予定は大丈夫かしら? あっ、時雨さん、そのレストランには、個室はあるよね?」


 マーガリンさんは、ロビーに戻ってきただけでも、人目を避けるように、うつむきがちになっている。


「ええ、みかんちゃんの名前を使わせてもらえば、長期滞在者用の個室が使えるわ。エリザさんが一室を、ずっと借りてくれているからね」


(そういえば、そうだったわね)


 姉のエリザは、宿屋ホーレスの一室を長年に渡り、ずっと借りているみたい。これは、時雨さんへの施しなのだと思う。エリザ・ダークロードが部屋を借りているということは、宿屋ホーレスの信用にも繋がるらしい。




 宿屋ホーレスへ向かって、私達は歩き始めた。時雨さんは、マーガリンさんの方をチラッと見た後、私に目配せをした。


 時雨さんも、マーガリンさんの人見知りな性格がわかっているみたい。二人は面識がなかったようだけど、情報屋でもある時雨さんのことだから、マーガリンさんのことも、ちゃんと把握しているのね。


「あの、私なんかが、ご一緒しても良いのでしょうか」


 マーガリンさんは、私達と一緒に歩きながら、とてもオドオドしていた。彼女の性格なんだろうけど、もう少し気楽に接してもらえたら嬉しいんだけどな。


「もちろん、良いに決まってるわ。マーガリンさんのことを、もっとよく知りたいと思っていたもの」


 私がそう返答すると、マーガリンさんは目を見開いている。変なことを言ったかな?


「グリーンロード家のことではなく、私のことを、ですか? 私は、通訳者である以外、何もできません。だから普段は本当に何の役にも立たなくて」


「もちろん、マーガリンさんのことだよ。グリーンロード家のことは、だいたい知ってるもの。通訳者だなんて、すごいじゃない」


「私個人に関心を持ってくれる人なんて、ほとんどいないから、あの……」


(なぜ、そんなに戸惑うの?)



「もう着きますよ。マーガリンさんのユーザー名は、そのままかしら? 私は時雨で、彼女はみかんだよ」


 時雨さんは、あえて『フィールド&ハーツ』のユーザー同士として話していると感じた。マーガリンさんは、この世界で、何か嫌な経験をしているのかもしれない。


「私は、ユーザー名もマーガリンでした。前世の名字がまがりなので、マーガリンというあだ名で呼ばれてて……」


「それって、私と似てるね。私は名前が美香だったんだけど、みかんと呼ばれてたから、ユーザー名に使ってたよ」


「まぁっ、そうなのですね」


 マーガリンさんは、やっと笑顔を見せてくれた。


「時雨さんのユーザー名は、名前とは関係なさそうだね」


「ん? あぁ、私は、ユーザー名はゲームごとに変えてたからね。『フィールド&ハーツ』は、オープニングの部分で草原が広がっていたから、なんとなく時雨という名前にしたよ」


「へぇ、そういうのもいいね。私は、なんでも、みかんにしてたよ。だから、みかん好きだと思われてた。みかんも嫌いじゃないけど、いちごやぶどうの方が好き」


「ふふっ、こんな話をしてたら、いちごやぶどうが食べたくなるね。この世界には似た物はあるけど、全然違うのよね」


 時雨さんは、そう言うと、私に合図をして宿屋ホーレスにあるレストランへと入っていった。私は、マーガリンさんが怯えないように、いちごやぶどうの話を続けた。


 マーガリンさんは、ブランドいちごや有名なぶどうを食べたことがないらしい。



 店員さん達が同時に私を見た。もう、話が通ったみたい。時雨さんが、店内から手招きするのが見えた。


「マーガリンさん、店に入りましょう。このレストランは来たことある?」


「い、いえ。本当に私なんかが……」


「良いに決まってるよ。時雨さんも、たぶん、ユーザー仲間としておしゃべりしたいんだと思うよ」


 私がそう話すと、マーガリンさんは少し落ち着いたように見える。レオナードくんとなら、普通に話せるのかな?




「いらっしゃいませ、ようこそ宿屋ホーレスへお越しくださいました」


 手の空いている店員さんが全員出てきて、私達を出迎えてくれた。マーガリンさんも、私と同じくロード系貴族の娘なのに、こういう扱いには慣れてないみたい。


 私は軽く会釈をして、店員さん達の前を通る。マーガリンさんは、ガチガチに緊張してるみたい。


(個室で正解ね)



「みんな、並ばなくていいから。仕事に戻って」


 時雨さんがそう言うと、店員さん達は深々と頭を下げて離れていく。だけど、マーガリンさんの表情はガチガチなままだった。



 案内された個室は、予想よりも広かった。長期滞在している冒険者が、ミッションの打ち合わせに使うことが多いと聞く。だから、簡易的な防音結界も備わっているらしい。


「広いね〜。10人以上でも余裕じゃない?」


「ええ、一番広い個室にしたよ」


 時雨さんは、扉に近いテーブル席に座った。戸惑うマーガリンさんには、時雨さんの向かい側に私と並んで座ってもらった。


「3人しかいないのに? あー、もしかして貴族だから?」


「ええ、当然だよ。狭い個室を使うと、私が父親から叱られるもの。それに、この個室は、あまり使ってないの。Aランク冒険者が多数集まる時か、有力貴族しか使わない。だから、邪魔は入らないよ」


(邪魔って……)


 そっか。宿屋ホーレスには、いろいろな客がいる。妙な連中は、この広い個室には近寄らないってことかな。



「じゃあ、秘密の女子会ができるね」


 私がそう言うと、時雨さんは少し驚いたような表情を見せた。


「エリザさんと同じことを言うのね、みかんちゃん」


「へ? 姉のエリザがそんなことを言ったの?」


「女子会という言葉は使わないけど、秘密のコソコソ話ができるって、笑っていたわね」


「へぇ、何か秘密を聞いたの?」


「ふふっ、それは内緒だよ。あっ、料理はお任せでいいよね?」


 時雨さんは、個室の扉の前にいる店員さんに、素早く指示をしていた。



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