17、ミカンの初恋?
「ミカン様、安心してください。歴史学は必須科目ですからね」
レグルス先生が次の部屋へと去った後、侍女のサラが、ニコニコしながらそんなことを言った。
「ん? うん」
「ミカンってば、初恋なのかしら? まぁ、レグルス先生は、見た目はパッとしないおじ様だけど、家柄は悪くないと聞いたわ。ミカンが誰かに関心を持つのは、成長の証ね」
「へ?」
(めちゃくちゃカッコいいよ!)
思わず反論しそうになって、慌てて口を閉じる。エリザよりも、時雨さんの方がニヤニヤしてる……。
エリザから見れば、彼くらいの年齢の男性はオジサンなのね。まぁ、確かにそうかもしれない。今日は、キチンとしたジャケットを着ていたから、こないだ会ったときよりも落ち着いて見えた。
彼から見れば、やはり私は、お子ちゃまなんだろうな。だからさっきみたいに、私の失敗を微笑ましいと感じて、自然に笑ってしまうのね。別に彼に悪意があるわけじゃない。逆に、かわいらしいと思ってくれたのかもしれない。
(でも、なんか悲しい……)
「さっきのレグルス先生の話だけど、ミカンはフィールド実習をいつ始めるのかしら?」
エリザは、ズーンと落ち込んでいる私ではなく、サラに尋ねている。まぁ、うん、私は5歳児だからね。
「はい、エリザ様。ミカン様が6歳になられてからの方がいいかと思っていたのですが……」
「そうね。でも、レグルス先生がわざわざ回っておられるから、きっと、一番早いクラスに大勢集まるわね。みんなフィールド実習は後回しにしていたでしょうから、相当な数になるわ。魔術科に、実習補助の依頼が来るでしょうね」
エリザは、時雨さんの方をチラッと見た。そして少し考えた後、何かの覚悟を決めたように口を開く。
「シグレニさん、貴女を信用してもいいかしら?」
「えっ? あ、はい。情報屋は、口は堅いです」
時雨さんは、姿勢を正した。
「ありがとう。実はね、ミカンは命を狙われているの。しかも犯人はひとりではないわ。校外で行われるフィールド実習は、とても危険なのよ」
時雨さんは、驚いた顔を……作っている。演劇部も顔負けなくらい自然な表情。時雨さん自身も転生者だということを隠しているから、慣れてるのかな。
「ミカンさんが……」
「ええ。そこで貴女にお願いがあるの」
「はい、エリザ様」
「シグレニさんは、冒険者よね? ミカンがフィールド実習のとき、魔術科の先輩として実習補助をしてあげてくれないかしら」
(エリザ本人ではなく?)
てっきり、エリザが自分が実習補助をすると言い出すのかと思ってた。時雨さんも驚いた顔をしている。
「私がですか?」
「ええ、ミカンは貴女に懐いているみたいだし、私が手伝うとミカンの素性が知られる可能性が高くなる。ミカンは、今よりもっと危険になるわ」
(なるほどね)
エリザは、本当によく考えている。感情的になることも多いけど、何が最善かを冷静に判断する能力があるのね。
「わかりました。そういうことなら、実習補助の手続きをしておきます。実習人数が多いなら、グリーンロードの冒険者ギルドにも補助依頼があるかもしれませんね」
「そうね。フィールド実習は、冒険者としての経験値にもなるものね。この町に冒険者ギルドの出張所はあるかしら?」
「はい。魔術科の学生食堂の2階に、常設の出張所があります。初等科の学生も当然利用できますよ」
時雨さんがそう答えたことで、エリザは何かを思い出そうとするかのように、斜め上を向いた。時雨さんも、何かを考えているみたい。
「ミカン、何をキョロキョロしているの?」
「へ? べ、べつに」
確かにキョロキョロしていたかもしれない。
「エリザ様、いいことを思いつきました」
時雨さんは、私にニヤニヤ顔を向け、そんなことを言った。
「今、私が思いついたことと似ているかしら? その出張所で、もしフィールド実習の手続きができるなら、確実に貴女はミカンの手伝いができるわ」
「エリザ様! まさにそれです。学生食堂の2階の冒険者ギルド出張所は、学生のサポートの役割も担っていますから、フィールド実習の手続きも可能です。私がミカンさんとパーティ申請をすれば、私が稼いだ経験値も一部はミカンさんに分配されます」
「パーティを組むの? レベル1の初等科の子でも可能なのかしら」
「あぁ、それは確認しないとわからないですね。もし組めないなら他の作戦を考えないと」
「じゃあ、すぐに行きましょう。あっ、いえ、私と一緒に歩かない方がいいわね。サラ、貴女が同行なさい」
「はい! お任せください。冒険者ギルド経由ならサラも、ミカン様の実習のお手伝いができます」
◇◇◇
エリザを寮の部屋に残し、私達は魔術科の校舎へと移動した。
(すっごく見られる)
私が初等科の制服を着ているためかもしれない。サラも付き添いの制服を着ているけど。魔術科には制服はないのかな。
「シグレニさん、そのお嬢さんは誰? 初等科の制服を着てる子供ってことは貴族だよね? 紹介してくれない?」
学生食堂の2階への階段で、なんだか囲まれてしまった。階段を塞ぐように何人もの男性がいる。背後にも、食堂からの視線を遮るためか、人の壁ができている。
時雨さんは、スッと目を細めた。彼女の雰囲気が変わった。冒険者の顔かも。
「通してくれない? 私達は、2階の冒険者ギルドに用事があるの!」
かなり大きな声で、時雨さんが冷たく言い放った。
だけど彼らはニヤニヤしていて、私達を取り囲む人数は、さらに増えてきた。
(痛っ)
左腕が、ズキンと痛んだ。えのき茸を学長さんが封じてくれてから、すっかり忘れていたスポンジの木。その新芽がうずいているのかな。
(あれ?)
左腕に触れると、光の線が見えた。私達に、あちこちから何かの光が当てられている。左腕に刺さっているスポンジの木は、その光に反応したのかな?
「その貴族のお嬢ちゃんは、なんかおかしいな。そっちは護衛の魔導士か。シグレニさん、変な友達ができたんだね」
「なぜ私達の邪魔をするの? 神託者を目指すなら、人格者であるべきではないの?」
(もしかして、私が狙われてる?)
左腕がズキズキしてきた。まるで、階段を塞ぐ人達の悪意に反応してるような……。
「キミ達、何をしてるんだ? 私の友達を口説くつもりかい」
(この声!)
食堂の方にいた人達が、サーッと道を開けていく。現れたのは、やはりイチニーさんだ。私と目が合うと彼は、パチッとウインクした。相変わらず、チャラい……。




