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160/196

160、壇上の二人へ

 私は、彼とノキの顔を見ながらスゥハァと深呼吸をして、会場へと足を踏み入れた。


「ミカンさん、こちらです」


「ありがとう」


 ボルトルさんが、レオナードくんのところまで案内してくれるみたい。


(うわぁ、悪意が半端ないな)


 大勢の客人からの視線が突き刺さる。それだけで、左腕がズキンと痛んだ。だけど殺意のようなものはない。当たり前だけど、こんな場所では誰も襲撃して来ないよね。


 でも左腕からは、無数の透明なえのき茸がスルスルと伸びていく。そして、私達の前後左右だけじゃなく、上にも網の目のように広がっていった。


 チラッとノキの方を見ても、素知らぬフリをしている。というか、ノキは会場全体の監視に忙しいみたい。



 私が緑色のじゅうたんの上を歩き始めると、いろいろな声が聞こえてきた。私のことを知る人は、ほとんどいないみたい。客人の関心の大半は、ノキに向けられているようだ。


「あの服は、精霊の正装だよな? 精霊を従えているのか。それとも守護精霊が、精霊のフリをしている?」


「精霊様よ。あんなに美しいマナを纏っているのだもの。それに、何て素敵なお姿なのでしょう」


「ダークロード家の娘だと言ってたな? もしかすると、ダークロード家当主に加護を与える火と大地の精霊ではないか?」


「そんな偉大な精霊様を護衛につけているの? あんなお嬢様は見たことないわ。ダークロード家といえば、エリザ様でしょう?」


「精霊様と並ぶ男性は、どこかで見たことがあるわね? 身なりは護衛のようだけど」


「精霊様の護衛かもしれないな。トリッツ家のような邪気にまみれた貴族の婚姻式だ。精霊様がけがされることがあってはならないからな」


(セレム様も、知られてないのね)


 たぶん服装が、重要な判断基準になるのだと思う。彼は騎士風の黒い服を着ているからかな。



 レオナードくんの姿が見える距離に近づくと、通路の左側には、広いテーブル席が広がっているのが見えた。右側にもテーブル席はあるけど、かなり少ない。


「ミカンさん、右側がトリッツ家の客人席、左側がグリーンロード家の客人席です。ミカンさんは、右側の一番前の席へご案内します。着席前に、レオナード様へお言葉をいただけると嬉しいのですが」


 前を歩いていたボルトルさんが、手順の説明をしてくれた。私は軽く頷いておいた。ノキが警戒しているから、下手に言葉を発してはいけないと思ったためだ。


(レオナードくんの奥さんの名前を知らないわね)


 到着してすぐに挨拶をするとは思ってなかった。でもたぶん、ここに集まっている客人は、その挨拶を聞くためにいるのだと感じる。


 普通なら、新郎新婦の方を見るはずなのに、テーブル席では、互いにウロウロして交流することに必死みたい。


 部屋の出入り口近くで立っている客人は、たぶん商人なんだろうな。そして、テーブル席が貴族や王族か。


 テーブル席付近では、私への視線が増えてきた。



「ダークロード家に、あんな少女がいたか? なかなか美しい子ではないか」


「母親が誰かによっては、お近づきになる方が良いだろう。精霊様を護衛につけているのだから、本家の娘だ」


「ダークロード家には、分家は無いのではなくて?」


 セレム・ハーツ様との婚約が発表されたのは昨年のことだから、貴族の大半は、もう私のことなんて忘れてるみたい。



(右前方から、何?)


 トリッツ家側のテーブル席から、何かの波動を感じた。その波動を受けた側の透明なえのき茸が、鮮やかなピンク色に変色した。


『みかん、無視しろ』


(ん? ノキ、わかった。でも……)


 私は、歩きながら左腕に触れて、波動の出所を探した。


(見つけたわ)


 ノキが警戒しているのは、これなのね。シャーマンの術は、発動にマナを必要としないものが多い。ここに集まる人間の悪意から発するエネルギーを媒介にできる。


 私が睨んでいることに気づいた術者からは、スッと悪意が消えた。シャーマンには、これが一番効くみたい。真っ直ぐに目を見られたら、術返しを恐れて目を逸らす。


 ユフィラルフ魔導学院の15組、ゲネト先生のクラスでは随分と、シャーマンの取り扱い方法を鍛えられた。この対処方法は、ノキが警戒していて私に術が届かないという安心感があってこそ、なんだけど。




「ミカン、ありがとうな」


 レオナードくん達がいる壇上に上がると、レオナードくんの方から、声をかけてくれた。そして、私の後ろからついてきた一人が誰かに気づき、目を見開いている。


 チラッとセレム様の方を振り返ると、めちゃくちゃドヤ顔をしてるよ。一方で、ノキは忙しそう。あちこちを警戒してるみたい。


「ミカンさん、こちらをお使いください」


 ボルトルさんは、丸い玉に持ち手がついた魔道具を私に渡した。拡声器よね? だけど、何か嫌な予感がする。


「拡声の魔道具は不要だ。アタシが声を届ける。その前に、目障りな術を放つ人間を消し炭にしてもいいか? あまりにも不快だ」


 ノキがそう言ったことで、部屋の中はシーンと静かになった。トリッツ家側の何人かが、青い顔をしている。


(ん? 何?)


 セレム様が目で合図をしてきた。彼の剣の柄にある王族の紋章、『フィールド&ハーツ』のロゴを指差している。悪役令嬢を演じなさいってこと?


 グリーンロード家は穏やかな人が多いけど、室内にいる大半は、トリッツ家というかレオナードくんをバカにしていると感じる。この雰囲気を打ち払うことが、主賓の役割なのね。



「ノキ、こんな場所でそんなこと言わないの。レオナードくんの婚姻式だよ?」


「だって、ずっとウザイじゃないか。部屋に入ってから、どれだけの術を受けてると思ってんだ?」


(ノキは、本気でキレてるかも)


 会場にいる人達からは、様々な感情が伝わってくる。でも、きっと、これが貴族の婚姻式なのね。チカラを誇示する場だから、私の力量を試してるんだ。



 私は、会場全体を見回した。


(だから、悪役令嬢か)


 たぶん彼は、私に演じてと言えば、緊張しないで話せると思ったみたい。


 でも婚姻式……結婚式で、悪役令嬢を演じるのは不味くないかな。私は、レオナードくんに招かれた主賓だもの。


 前世では、多くの結婚式でスピーチをしてきた。ただ、この世界の挨拶は、私の常識とは違うはず。でも、そんなことはどうでもいい。主役はレオナードくん達なんだから。



 私は、静かに、レオナードくんの方を向いた。


「レオナードくん、そして奥様、おめでとうございます。ミカン・ダークロードと申します」



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