153、カメキチへの命令を追加する
「でも、飛竜達は、空に逃げて好き勝手してない?」
私がそう言うと、飛竜達がすぐに降りてきた。カメキチの後方の草原に着地して、互いに押し合っているように見える。
(私の言葉がわかるの?)
レオナードくんは、飛竜達には言葉が通じないからシャーマンの術が使えないって、言ってたよね?
「ご主人様、奴らには、反撃の意思はありません。そして、ご主人様の言葉は、念話として伝わっているようです。その理由はわかりませんが……」
ゾウガメくらいの大きさになったカメキチは、つぶらな目で私を見つめつつ、首を思いっきり傾げている。その動作は、私のペットだった亀吉にそっくりね。
(ふふっ、かわいい)
「カメキチと関わったからかもしれないね。アナタ達は、なぜここに来たの? 話せる?」
私の問いかけに、飛竜達は一瞬ギクッとしたみたいだけど、互いに押し合っているだけだ。
「ご主人様、奴らは知能が低いので、意思を言葉にすることは難しいようです。今のナワバリには食料が少なくなったようで、世話をする人間から、穴の先に行けば豊富な食料があると教えられたみたいです」
(やはり、誘導されたのね)
「カメキチ、飛竜の食料って何?」
「ここに来たのは飛竜の一部ですが、この種族は、魔物の屍やマナを喰っています。他の飛竜は、生きた魔物を喰っているようです」
(食料か……)
「それでナワバリを広げようとして、ここに来たのね。じゃあ、帰れと言っても簡単には帰らないかしら」
私が視線を向けると、飛竜達は慌てたのか、落ち着きなくキョロキョロし始めた。
「それは問題ありません。奴らは、この草原の方が危険だと学んだので、帰り道を見つけたら逃げ帰ります」
「カメキチが、脅したの?」
「いえ、事実を伝えただけです。奴らは、ただ単純に、ご主人様が従えている精霊ノキ様に怯えているだけです。当然、精霊ノキ様を従えるご主人様への畏怖も……」
「そっか、私が、ゲームアバター達を攻撃したためね」
私がそう話すと、カメキチは思いっきり頷いてる。ノキが飛竜達にも何かしたのかも。透明なえのき茸は、かなりの数が伸びていったもんね。
「みかんちゃん、飛竜達のナワバリから食料が減ったのは、『フィールド&ハーツ』のせいかもしれない。ブライトロード領のフィールドを開放したからね」
りょうちゃんが、小声で教えてくれた。
「りょうちゃん、それは違うと思うよ。新フィールドに入れるのは、かなりのレベルのユーザーでしょ? そんな人達なら、飛竜のエサになるような魔物より、飛竜を狙うはずだよ」
「あっ、そうか、確かに。私は、フィールドには出てないからな」
「りょうちゃんは物語勢だったもんね。たぶんわざと、飛竜の食料が少なくなるように仕組んだんだよ。そして、この場所へと誘導したのね」
「ブライトロード領には、メリル星から来た異世界人が多いからね」
彼は、難しい顔をしてる。でも、そんなに難しく考えることじゃないよ?
「カメキチ、飛竜以外にも、メリル星から来た魔物はいる?」
「はい、います。私達のような奴隷は地上しか行動できないので、空は飛竜が、そして湖には水魚がいます」
(水魚?)
「あぁ、やはりアレも、メリル星で造られた人工物か。飛竜とは役割が違って、アレは奴隷が水の中でも活動できるようにするための魔物だね」
りょうちゃんがそう言うと、カメキチは大きく頷いた。
「水魚の葉を飲み込めば、水の中でも呼吸ができます」
(ん? それって)
「水魚って、魚じゃなくて、ワカメか昆布みたいなやつ?」
「あぁ、みかんちゃんも食べたことがあったね。ベルメの海に生息してるよ」
(イチニーさんが食べさせてくれたよね)
レオナードくんに聞こえたらいけないから、イチニーさんの名前は出せないけど。
「そっか、じゃあ、現地人と交戦する魔物は、飛竜だけかな。それなら……」
私が飛竜達の方に視線を向けると、また押し合いが始まった。
「キミ達は、今のナワバリから出ない方がいいよ。たぶん、わざとキミ達の食料が少なくなるようにしている人間がいる。その人間をナワバリに入れないようにすれば、食料不足にはならないと思う」
メリル星の技術で、魔物が吹き出す壺が作れるんだから、きっと、飛竜のナワバリにも、似たような仕掛けがあるはず。食料不足で飛竜が街に来ちゃったら大変だもんね。
(あっ! これも伝わったのか)
飛竜達の様子が、明らかに変わった。
「ご主人様、奴らは、壺に蓋をする人間を記憶しています。それに、えーっと……」
「ん? カメキチ、何?」
「はい、奴らは、この場所に来させた人間が、自分達を滅ぼそうとしたのだと話しています。飛竜を全滅させるために、こんな恐ろしい草原へ誘導したのだと……」
(はい? 被害妄想?)
りょうちゃんの方をチラッと見てみると、さっきとは違って、その表情には余裕の笑みが浮かんでいる。
「どうやら飛竜達は、自分達が利用されていたことに気付いたみたいだね。ふふっ、みかんちゃんが生きる知恵を授けてあげたからかな」
「そんな大げさなことはしてないよ?」
飛竜達は、いつの間にか、押し合いをしなくなってる。それどころか、私を見てる?
「ご主人様、奴らは、ご主人様に仕えたいと言っています。そのような厚かましいことは私が許さないと伝えると、私に仕えると言ってきました。どうすれば良いのか、わかりません」
カメキチのつぶらな目が、少し困っているように見えた。
「カメキチがいいなら、従えればいいんじゃない? 私にわざわざ尋ねなくても大丈夫だよ?」
「私は、ご主人様から、ベルメの海底ダンジョンのヌシになれと命じていただきました。だから、海底ダンジョン内の魔物はすべて従えました。でも奴らは、海底ダンジョンには来ませんから……」
(めちゃくちゃ困った顔してる)
メリルの奴隷だった弊害だよね。カメキチは、主人の命令の範囲でしか行動できないんだ。
「じゃあ、カメキチ、命令を追加するよ」
「はい! ご主人様」
「メリル星から来たモノは、カメキチが従えなさい。すべてじゃなくていいよ。関わったモノだけでいいからね」
「はい! わかりました!」
カメキチは、目をキラキラさせて頷くと、飛竜達の方を向いた。
「ヌシとして命じる! さっさとナワバリに戻れ!」
そう言われた飛竜達は、明らかに嬉しそう。霧状に姿を変えると、カメキチが指し示した草原に開いた穴へ、スーッと消えていった。




