15、初等科後期の開始と上機嫌な侍女サラ
「皆さん、入学から半年経ちました。本日より、初等科後期の座学と、フィールド学習が加わります。初等科の在籍可能期間は3年です。すなわち、皆さんに残された時間は2年半です。初等科前期の座学で、まだ、ひとつも修了科目のない人は、反省してください」
(この先生、嫌い)
ユフィラルフ魔導学院だけでなく、ほとんどの学校では年に4回、季節ごとに試験があるようだ。そこで合格点が取れないと、同じ授業を何度も受けなければならないみたい。
初等科って小学校なのかと思っていたけど、なんか違う。学校に通うためには称号が必要だからか、初等科からして大学の単位制度と似ているのね。
私は、初等科前期の座学試験5科目のうち、4科目の修了証をもらえた。入学した秋には試験がなかったから、一度の試験で4つクリア。この半年間、我ながら頑張ったと思う。
エリザは、この春から転校してくるみたい。また賑やかになるのかな。でも私は初等科でエリザは魔術科だから、会えないかもしれない。
あっ、そうだ。春が新年度らしいから、あの先生も赴任してくるのよね?
(楽しみ!)
「初等科では、最初の半年間は、読み書きを中心とした座学を学ぶために少人数制でした。ですが、初等科後期の座学が追加されるこれからは、入学時期に関係なく、大教室になります。初等科前期からの座学を修了できてない人も同じく大教室になります。その科目の落ちこぼれ予備軍ですね」
(いちいち嫌味なのよね、この先生)
私も、イチニーさんからアドバイスをもらってなかったら、この半年をなんとなく過ごしていたと思う。それを、修了試験不合格だったからって落ちこぼれ予備軍だなんて、ひどい言い方よね。
でも魔法学は、何度受けても合格できる気がしない。理数系って前世から苦手なのに、この先生の授業だから、ほんと何を言ってるのかわからなかった。
寮でしっかり復習すべきだったんだけど、魔法学の教科書はもらってない。授業をメモしたぐちゃぐちゃなノートしかなかった。さすがにこれで試験勉強は無理よね。
魔法学の教科書となる魔導書は貴重なものだからと、配付されなかった。図書館にあるらしいけど、引きこもっていた私は、大勢の人がいる場所には行く勇気がなかった。
◇◇◇
「ミカン様、初等科後期の座学は、どれから受けますかぁ?」
後期のオリエンテーションが終わって寮に戻るとき、侍女のサラがそう尋ねてきた。彼女も、私と一緒に真面目に勉強するつもりらしい。
「サラがうけたいのからでいいよ」
「わぁっ! ありがとうございます! じゃあ、どうしよっかなぁ。たくさんあるから困ってしまいます」
「えっ? たくさんあるの?」
「はい。選択できる科目は20種類以上追加されてますよぉ。必須科目もあるけど、前期と合わせて7科目以上の修了証をもらえれば、初等科卒業できるそうですよ。ユフィラルフ魔導学院の初等科って、条件が厳しいですねぇ」
「ん? ほかは、ちがうの?」
「初等科しかない学校だと、3科目のところが多いそうですよ」
「まほうって、むつかしいからかな?」
「むむ? あっ、だから、ユフィラルフ魔導学院の魔術科に入学できない人は、初等科から通うんですね。ミカン様、賢いです〜。サラは気付きませんでしたよぉ」
(いやいや、自分で気付いたじゃない)
サラは上機嫌で後期に追加された科目リストを眺めながら、校庭を歩く。歩きながら読むのは危ないと思うんだけど、ちゃんと石ころを避けて歩いている。視野が広いのかな。
サラは、ユフィラルフ魔導学院ではないけど、別の魔術学校を卒業してるみたい。普通なら授業の付き添いには、魔術学校に通ってない使用人を付けるそうだ。そうすることによって、使用人も学ぶことができる。
だけど、サラは私の専属侍女だからか、自分が付き添いをすると譲らなかったらしい。
(あっ、私を守る必要があるからかな)
この半年間、私はユフィラルフ魔導学院の敷地から出ていない。貴族専用の寮が校舎に一番近い場所なのは、安全のためだそうだ。
私に限らず、貴族の家に生まれた子は、いろいろなアクシデントに遭遇するらしい。私みたいに、後継候補でもないのに命を狙われることは少ないようだけど。
前期のオリエンテーションで会ったレオナードくんは、常に数人の護衛と一緒にいる。有力なシャーマンの息子だと聞いた。
イチニーと呼ばれていた冒険者は、授業のとき、たまに見かけた。彼もレオナードくんの護衛のために、入学したのだと思う。名前を得るためだと言ってたけど、彼は魔法学も一発で合格していたもの。護衛のついでに、名前を得ようと考えたんじゃないかな?
◇◇◇
「ミカン! あぁ〜ん、制服のミカンも、とっても可愛いわぁ」
(えっ? エリザ?)
寮の自室に戻ると、私を待っていたエリザが飛びついてきた。きゅっと抱きしめる力が強い……。
「いたっ」
「ハッ! ごめんなさい。ついつい興奮してしまったわ。でも、もっとミカンを補充させてちょうだい」
少しだけ力が弱まった気はするけど、ひざまずいて私を抱きしめているエリザ。半年ぶりだもんね。
使用人も、エリザのこの反応には慣れていると思うけど……えっ? 時雨さん?
「おねえちゃま、やどのおねえさんが……」
エリザの過激なスキンシップに、時雨さんは目を見開いている。だけど、エリザは気にしないのね。
「あぁ、ミカン。彼女はシグレニさんというのよ。私よりも半年先輩みたい。彼女は春から3年生になっちゃったの。宿屋の娘さんだから、冒険者から得た情報をいろいろと知っている賢い人よ」
(エリザが、褒めた!)
「どうして、いっしょに?」
「それはね、シグレニさんからの提案なの。初等科の後期のオリエンテーションが終わる時間を調べていたら、一人で寮を訪れるのは避ける方がいいって」
エリザは納得しているみたいだけど、その理由がわからない。時雨さんに視線を移すと、ニッと笑っている。彼女が私に会うためなのかな?
私が首を傾げていたら、エリザがやっと私から離れた。
「ミカンは家名を名乗ってないわよね? それが賢明な判断よ。シャーマンは名前がわかるといろいろな術を使うことができるもの」
「えっ? うん」
「ふふっ。私が一人で訪ねるとバレるでしょう? でもシグレニさんが一緒なら、勧誘だと思われるから安心なのよ。すごいでしょ?」
(意味がわからない)
興奮して話すエリザ。こういうときの彼女って、肝心な部分が抜けてるのよね。




