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145、りょうちゃんの不安

「りょうちゃん? 突然、どうしたの?」


 時雨さん達から離れても、りょうちゃんは私の手を握ったまま、無言でズンズンと歩いていく。女装した彼の表情には、いつものような笑みはない。


(何か、怒ってる?)


 新人のゲームアバターが最初に集まるフィールド部分を抜け、大きな道を越えた。こちら側の草原も、10周年イベントを機に『フィールド&ハーツ』に開放されたみたい。


 その草原にある丘を、りょうちゃんは私の手を引いて無言で上がっていく。その表情は、やはり怒っているように見える。


(どうしたんだろ?)


 そして、私達がいつもゆっくりしている花畑の高台に着くと、彼は、いつもとは違って、草の上にそのまま座った。いつもなら、テーブルと椅子を出すんだけどな。


 高台から草原を見ると、ゲームアバターがあちこちにいるのがわかる。この草原には、確かレベル制限をしているから、弱いユーザーは入れない。


 新たに開放されたフィールドだから、フィールド好きなユーザーが、それぞれ一人で探検してるみたい。


 この高台や花畑には、ゲームアバターはいない。ここには上がって来られないようにしてるのね。



 しばらくの間、草原の様子を見ていた彼は、フッと自嘲気味な笑みを浮かべた。


「りょうちゃん、どうしたの? 何か怒ってる?」


「あぁ、ごめん。そうだな、確かに怒っているかもしれない」


「うん? 何か気に障るようなことあった?」


 私がそう尋ねると、彼は、水魔法のような何かで、化粧を落とした。一瞬でメイク落としができるなんて、便利な魔法ね。


 化粧を落とした彼は、怒っているというより、焦っているように見えた。



「やはり、偽りは良くないね」


「あぁ、みっちょんにリョウだと明かさなかったこと?」


 そう尋ねると、彼は一瞬、キョトンとしたように見えた。変なことを言ったかな。


「それもあるけど、私のこの心の乱れは、別のことが原因だよ。フッ、私は長く生きているのに、なんと幼いことだ」


「ん? りょうちゃんは幼くないよ?」


 彼が何を言っているのかわからず、私は首を傾げた。すると彼は、やっとふわっと笑った。


「ふふっ、やっぱ、みかんちゃんっていいな。うん、全部話すよ。聞いてくれる?」


「うん? うん、何?」


 私は、彼の横に座った。9歳児の座高では、座ってしまうと草原の様子は見えない。




「私はね、影武者さんに危機感を抱いたんだよ」


「へ? 影武者さん?」


 予想もしなかった人の名前が登場して、私は少し混乱した。影武者さんは確かに口は悪いけど、悪い人ではないと思う。


「そうだよ、影武者さん。彼は、みかんちゃんと同じ世界からの転生者だ。そして、みかんちゃんとの接点も、前世からあるよね」


「確かに影武者さんは、私が派遣で行っていた会社の社長の息子だったみたいだけど、面識はなかったよ?」


「それはわかってる。だけど、同じ世界に生きた価値観が似た人だ。だから、私は危機感を抱いた。みかんちゃんを取られるんじゃないかってね」


「へ? 私? 別に影武者さんに対しては、特別な感情はないよ?」


「それもわかってる。だが彼は、みかんちゃんに好意を持ってるだろう? それに、すべてを賭けてでも、みかんちゃんを守ろうとする強い意思がある。だから私は、嫉妬したのかもしれない」


「えっ? りょうちゃんが?」


(嫉妬?)


 私から見れば、りょうちゃんは地位も権力もあるし、その婚約者である私は、他の人からはシンデレラガール扱いされている。


 りょうちゃんのことは、『フィールド&ハーツ』のフレンドだった頃から大切な友達で、レグルス先生はこの世界に来た私の初恋の人だし、イチニーさんは胸が苦しくなるほど好きな人だ。その三人が同一人物だとわかり、そして私の婚約者のセレム・ハーツ様だということもわかった。


 りょうちゃんは、そんな私の心の状態を常に見ていたはず。それなのに、嫉妬なんてするのかな。



「呆れるだろう? 私も、自分で自分の心に呆れているよ。だけど、みかんちゃんの自由を奪う気はないんだ。それなのに、みかんちゃんの心が、私から離れてしまうのではないかと想像してしまって……」


「えっ?」


「もちろん、だからといって、みかんちゃんに好意を寄せる人達を消し去ることはしないと誓う。私利私欲のために、自分が担当した人の命を奪うことは、神託者の称号を失うことにもなる」


「りょうちゃんが、影武者さんの名前を授けたの?」


「あぁ、そうだよ。『フィールド&ハーツ』のユーザーだった転生者は、ほとんど私が担当しているからね。あっ、秘密だよ?」


 りょうちゃんは、また自嘲気味な笑みを浮かべている。


(ちょっと病んでない?)


 なんだか彼が、迷子の子犬のように見えてきた。



「りょうちゃんって、すぐに人の心の声を覗くでしょ?」


「いや、今は覗いてないよ……ごめん」


「責めてるんじゃないよ? たぶん、りょうちゃんの不安定さの原因はそこにあると思う。前に、私のことに関する未来が見えないって言ってたよね?」


「あぁ、今も、見えないよ」


「それが当たり前なの。だから想像するのよ。たぶん、私達の方がそういう能力は上ね。魔法のない世界で生きていたもの」


「そういう能力?」


「うん、たぶん私達の方が、相手の情報をたくさん見てるよ。どういう人なのか、何をしたいと思ってるのか、そういう行動予測みたいなものかな?」


「うん?」


 りょうちゃんは、私が何を言いたいのかわからないみたい。不安そうな顔をしてる。だけど頭の中は覗いてないみたい。覗いてたら、こんな顔はしない。



 私は立ち上がり、彼の髪に触れた。


「何? みかんちゃ……」


 見上げた彼の唇に、私はそっと唇を重ねた。



 ゆっくりと離れると、彼は驚きで目を見開いていた。こういうことは、女性からはしないのかも。



「りょうちゃんに、私のファーストキスをあげたよ? まだ不安?」


「い、いや…………みかんちゃん」


 彼は、まだ目を見開いていたけど、それを隠すように、私を優しく抱きしめた。


「なぁに?」


「いや、何でもない。私は、みかんちゃんの価値観に合わせると決めたんだった」


「ん? 何? 気になる」


 やっぱり、女性からキスしちゃダメだったのかも。


「婚姻の日に、わかることだよ」


「気になるー! 私、見た目は子供だけど、中身はアラサーだよ?」



 すると、りょうちゃんは、私からゆっくりと離れた。


(あっ、顔が赤い)


「女性からのキスは、誓いなんだ。他に伴侶を持たないという誓い。あっ、でも、それは婚姻の場でのことだから……」



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