14、名も無き冒険者とレオナード坊や
「なんだよ? イチニーじゃないか。何をしに来たんだよ」
イチニーと呼ばれたのは、草原の香りがする冒険者風の人だ。今、草原を抜けてきたばかりなのかな。でも制服を着ているから初等科の学生よね? エリザより少し年上に見えるけど。
「レオナード様が問題を起こさないように監視するミッションですよ」
「な、なんだって!? お父様は、俺を信頼されてないのか」
「ふふっ、冗談です」
「ふぉっ? お、おまえなー! もう雇わないからな!」
(どういう関係だろう?)
冒険者風の男性は、この男の子の家で雇われている護衛か何かだろうか。でも、からかって遊んでいるみたい。からかわれたチビっ子は、頬を膨らませて拗ねている。
「ふふっ、あぁ、お嬢さん、失礼しました。私はこういう者です」
(わっ! プラチナカードだ!)
その冒険者風の男性は、私に冒険者ギルドカードを見せた。そういえば、時雨さんも、エリザにカードを見せていたっけ。
でも、5歳児の私に字が読めると思ってるのかな? 読めないフリをする方がいいよね。
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【称号】剣術を極めし者
【名前等】11112(20歳)
【総合レベル】 136
【冒険者ランク】 A
【商業者ランク】 C
【製造者ランク】 E
【特殊能力等】 複数所持者
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凄そうな称号に反して、レベルは136かぁ。ゲームとは上がり方が違うのかもしれない。冒険者ランクAってことから、冒険者なのだとわかる。特殊能力等のとこの、複数所持者って何だろう?
あれ? 名前が数字になってる。イチニーさんじゃないの? あっ、そうか、名前を授かってないのね。
「えっと、あたしは……」
「あぁ、お嬢さんはカードを出さないでいいですよ。グリーンロード領では、下の身分の者が、身分証明として提示するんです。お嬢さんは貴族の生まれだから、その若さで入学されたのでしょう?」
「えっ、あ、はい。あたしは、ミカン・だ……」
「おっと! 家名は言わない方がいいですよ。ミカンさん」
彼は、私の左手の白い手袋を見てそう言った。確かに、家の名前を言うと、さっきのこのチビっ子のように、ダークロード家の子が呪われてるとか、変な噂をされそうね。
「ありがとう。あの、おなまえは……」
そう尋ねると、彼はカードをスッと消した。
「私は、名前を得るために、この魔術学校に来たんですよ。イチニーと呼ばれているのは、登録番号の最後の数字が、1、2だからです。呼び名がないと不便ですからね」
ふわっと柔らかな笑顔を見せる男性。そっか、20歳なのに名前がないのね。名前がない人の方が多いから、不思議なことではないみたいだけど。
「イチニー! おまえの方こそ、女の子に声をかけてるじゃないか! 俺がユフィラルフ魔導学院に行くと言ったら、女の子が少ない学校だから残念だとか言ってたくせに、なんで、おまえまで来たんだよ!」
ムキになって怒っているチビっ子。私と同じくらいに見えるけど、言葉がちゃんと話せて羨ましい。5歳児なら、普通はこんなに話せるのね。
「ふふっ、だから、レオナード坊ちゃんが悪さをして退学にならないように監視するミッションですってば」
「うぉおっ? さっきは冗談だと言ってたじゃないか。冗談だと言ったのが冗談なのか!?」
急に不安そうに元気を失っていくチビっ子。
(面白いな、この子)
たぶん、性格が素直なんだと思う。
「レオナード様、そういう所ですよ? 旦那様が心配されているのは。そんなことでは、旦那様のような立派なシャーマンにはなれませんよ?」
(えっ、シャーマン?)
「うるせーぞ、イチニー! あっち行け! シッシ」
チビっ子は、もう私の左手のことなどすっかり忘れて、思いっきりフンと前を向いた。
「ミカンさん、お隣りの席、よろしいですか? この位置だとレオナード様の監視をしやすいので」
そう言って、パチンとウインクしたよ、この人。
(チャラい……)
侍女のサラに確認を取ろうと、右側の席に視線を向けると……サラは、ガチガチにテンパってるみたい。私の判断で、大丈夫かな。彼は監視目的だと言ってるし。
「はい、どうぞ」
すると、前の席のチビっ子は、また後ろを振り返って、何かブツブツ言ってる。私と目が合うと、なぜか顔を赤らめて前を向いた。恥ずかしかったのかな? 変な子。
「コホン。中断してしまいましたね。初等科はこれだから嫌なんだ」
(心の声がもれてるよ)
「初等科は、基本的な読み書き計算などの座学から始まります。魔導書は特に難解な文字が多い。文字を覚えることを怠らないようにしてください。春になれば、フィールドでの実習も予定しています。はぁ、説明しても、準備しない学生が多いのだろうな」
自慢話の続きじゃなくて、愚痴モードになってる。どの先生もこんな感じなら授業はともかく、忍耐力だけは身につきそう。
(でも来年度からは、あの先生が来るのよね?)
この学校に来るときに会ったメガネ男子のレグルス先生。私、そういえば、笑われたんだっけ。
私は5歳児だから……相手にされるわけないか。レグルス先生は30代前半に見えた。私とは親子ほどの歳の差よね。
私の感覚は、やはり前世のままみたい。中身は30歳だから、レグルス先生みたいな人に惹かれるのかな。
(ん? 何?)
隣りの席に座ったイチニーさんが、私の方をジッと見てる。もしかしたら、私、顔に出てた?
「ミカンさん、もうすぐ冬になります。その間に、可能な限りの座学を終えてしまうといいそうですよ」
「えっ? あ、はい」
イチニーさんからアドバイスをもらった。やわらかな笑みを浮かべているけど、この人、ちょっとチャラいのよね。悪い人ではなさそうだけど。
そんなことを考えているうちに、イチニーさんは、チビっ子の前の席に移動していた。本当に、監視のミッションなのかもしれないな。
◇◆◇◆◇
秋に入学した私は、授業以外のときは、寮の自室に引きこもっていた。上手く話せないから、人と関わることが怖かったのもある。
授業は、文字が読めることは有利だった。計算も小学生レベルだから楽勝。ただ、魔法学というものが難しすぎた。化学と生物と地学がベースになっていて、そこに高校レベルの数学と物理学が組み合わさってくる感じ。
冬に行われた試験では、魔法学以外の初等科前期の座学は、無事、修了証をもらうことができた。




