134、またバチバチしてるよ
「えっ? イチニーさんがいるの?」
時雨さんは、キョロキョロしている。目の前にいる彼に気づかないみたい。ボロボロのコートを着た怪しい冒険者風だもんね。
「シグレニさん、お久しぶりですね」
イチニーさんが話しかけても、時雨さんは怪訝な表情をしている。時雨さんにはわからないの?
「イチニーさん、なのですか? 雰囲気が変わりましたね。永遠の20歳だと言ってたのは、やはり冗談だったんですね」
(そんなに変わったかな?)
「ちょっと呪いを受けて死にかけましたからねー。痩せたのかもしれません」
「オーラというか、以前とは雰囲気が違うと思いましたよ。死線をくぐり抜けたからかもしれませんね」
「ふふっ、ライバルが目の前にいるせいかもしれませんが」
彼はそう言うと、影武者さんの方に視線を向けた。影武者さんも、そんな彼をなんだか睨んでるのよね。
(また、パチパチだわ)
彼らが睨み合いをしていると、メリルの奴隷とクローン人間達は、こちらには来なかった。しばらく私達の様子を見ていたけど、全員が一斉に、第三層への通路を歩き始めた。
イチニーさんが、影武者さんに絡んでるのは、もしかしたら素性を隠すためかもしれない。メリルから来た異世界人は、イチニーさんがセレム・ハーツ様の分身だと知ってるもの。
彼に複数所持者の話を聞いてから、私も少し調べてみた。だけど彼の場合は、他の複数所持者とは違う。複数のカードを持つことで複数の姿を得た人は、それぞれ分身として動かすことができる。
だけど彼の場合は、カードをクルクルと回して変身するけど、バラバラの個体にはならない。つまり、イチニーさんとりょうちゃんは、同じ場所に居られない。
魂クラッシャーという称号の影響みたいだけど、それぞれのカードに魂を分割できると言っていた。分割しているのに、なぜ複数の彼が同時に存在できないのだろう?
(あっ、覗かれてる)
彼の視線を感じた。でも、今ここで説明はできないよね。
「シグレニさん、珍しい複数所持者の噂を聞いたことはないですか」
イチニーさんは、まさか、時雨さんに説明を促すつもり? 彼は、リョウとしては私達のフレンドだけど、今はイチニーさんだもんね。
「複数所持者にはいろいろなタイプがありますよね。知り合いの学者さんから、最高位のアンデッド系のレアモンスターを倒すと、不思議な称号が得られると聞いたことがありますよ」
(その学者って、りょうちゃんのこと?)
「それは、魂クラッシャーですか?」
「ええ。ザッハの孤島に近寄ろうとする高位のアンデッドを討伐すると得られるようです。完全な別人に変わることができて、一方が学習した能力は、他の姿と共有できるらしいですね」
「そうですね。魂を分割できるから、他の姿と能力を共有できるようですよ」
すると、今までずっと、つまらなさそうにしていたみっちょんが口を開く。
「その称号は、キャプテンも狙ってると言ってたぞ。迷惑な異世界人を排除するには必要なんだって。だけど今は、その称号を持つ人は、いないらしい」
(リゲルさんも?)
確か、レグルス先生の称号が、魂クラッシャーだよね。その存在は隠されてるんだ。
「ふぅん、それなら俺が、その魂クラッシャーという称号を得てやるよ。そうすれば俺の勝ちだな?」
影武者さんが突然、話に割り込んできた。
(勝ちって……)
「そうね。あっ、でも称号を得ても、王族の血を引いてないと……」
時雨さんは、そんなことまで知ってるのね。複数の姿を得るには、一番最初のカードが、名を授かり者じゃないと無理だと聞いたけど。
空の星さんが口を開く。
「シグレニさん、冒険者ギルドの地下で名を授かった人は全員、王族の血を引いているらしいよ。名前を持つ人の半数くらいがそうじゃないかな」
「へぇ、そのあたりは情報が不確実だったから、今度、神託者さんに尋ねてみるつもりだったよ。ソラノホシさんは、さすがだね」
(りょうちゃんは、目の前にいるよ?)
何だか、彼が姿を変えて素性を隠しているときって、私は、少しワクワクするようになってきた。彼自身は、もっとワクワクしてるのかな。
結局、彼は、影武者さんにも魂クラッシャーの称号を得て欲しくて、こんな長い話をしてたのだろうか。
グラグラっと、地震が起こった。すると、イチニーさんは私の方に視線を向けた。何かの目配せをしてきたけど、全然意味がわからない。
(ん? 何?)
イチニーさんは、ニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべると、レオナードくんの方を向いた。
「レオナード様、どうやら、友好的な異世界人が、さっきの奴らに襲撃され始めたようですね」
「あぁ、始まったな。ミカン、どっちがいい?」
「へ? どっちって何?」
「この持ち場を全員が離れるわけにはいかないだろ。シグレニさん達がミッションを受けてるなら、二手に分かれることができる」
(助けに行くか留守番か、かな?)
私は悪役令嬢を演じてるんだから、ゲームアバターを助けに行くのは、おかしいかな。
「ミカンさんも、私と一緒に行きますよね? レオナード様は留守番……いや、レオナード様もいる方がいいな」
イチニーさんが、話に割り込んできた。私が留守番しようと考えたことに気づいたのね。
「俺は、ミカンを守ってやらないとな。壺から出た魔物は、すぐにアンデッド化するだろう? ミカンは、浮遊系のアンデッドは苦手だからな」
(確かに、幽霊は無理)
「レオナード様まで私のライバルですか。あの可憐な婚約者に言いつけますよ?」
「のわっ? イチニー、何を言ってるんだよ! もう、雇わないからなっ」
(また、からかってる)
「ゲネト先生は……」
「彼は、ダメで……いや、有力なシャーマンが、一ヶ所に固まるのは愚策です。レオナード様が第三層に行くなら、あの空間の外にゲネト先生がいる方がいい」
(ん? 何か変)
イチニーさんは、まるでゲネト先生が戦えないような言い方をしたように聞こえた。でも、ゲネト先生の能力は、半端なく高いよね? 私達が身につけている組分けのスカーフは、いわゆる身代わりの魔道具だし。
「ミカン、どうする?」
「じゃあ、私も第三層に行くよ」
「ミカンさんが一緒なら、安心して暴れられますよ。カッコいい所を見せないと」
(はい?)
「ちょ、おい! 俺の方が戦闘力は高いんだぜ?」
影武者さんが、イチニーさんにケンカを売ってる。
「じゃあ、勝負しましょうか? 言っておきますが、私の方が先にAランク冒険者になりましたからね」
「そんなもん、どうでもいいだろ。ソラノホシ、転移を頼む!」
(また、バチバチだ……)




