133、恋人達の約束の貝
「こ、恋人? ミカン、本当なのか?」
レオナードくんは、イチニーさんの話で真っ赤な顔をしている。怒っているわけでもなさそう。でも、もうレオナードくんは11歳だから成人してるはず。こんなことで照れる年齢じゃないよね?
「えーっと、イチニーさんに言ったっけ?」
(あのときは、りょうちゃんだったよね?)
「ミカン! そんなにたくさんの男に、恋人になろうと言ってるのか!?」
レオナードくんは、すっごく驚いた顔をしてる。
(誤解だよー)
「いろいろと話が難しいんだけど……イチニーさんから説明して」
私の頭では、限界だった。言ってはいけないことを暴露してしまいそう……。そもそもイチニーさん……彼は、なぜそんなことを言うんだろう。
「おい、イチニー! 説明しろ! 話によっては、ミカンに無礼を働いたことになるぞ」
レオナードくんは、イチニーさんの腕を掴んでいる。影武者さんも、彼に鋭い視線を向けていた。
「レオナード様、コワイ顔をしないでくださいよ。私は、3年前に、ミカンさんにくっつき貝の貝殻を渡していますよ。ほら」
イチニーさんは、巻き貝を取り出し、耳に当てた。すると、私の手のひらに、私が持つ巻き貝が現れた。
「のわっ!? 恋人達の約束の貝じゃないか!」
(約束の貝?)
「ええ、そうですよ。長い間持っていたから色が変わってるでしょう? 恋人の誓いに、くっつき貝が嫉妬して赤くなったんですよ」
そういえば、赤みがあるというか朱色っぽい。光の加減で見え方が変わるから、よくわからないけど。
「なっ、何だよ。でもそれなら、ミカンが婚約する前のことか。だけど、くっつき貝をいつ渡したんだよ? 3年前といえば、ミカンはその意味がわからないくらいチビじゃないか」
「ミカンさんに渡したのは、転移事故に巻き込まれた日ですよ。ね? 恋人になろうという約束があったでしょ。ミカンさんは、その貝を捨てなかったんですから」
イチニーさんはそう言うと、巻き貝を収納したみたい。それに合わせるように、私の手のひらから巻き貝は消えた。
(連動してるの!?)
私はこれまでに、何度も何度も、この巻き貝を手に出して眺めていた。使うと壊れると思ってたから通話はしなかったけど。
私が巻き貝を出すたびに、彼の手にも巻き貝が現れていたなら……。
(めちゃくちゃ恥ずかしいよー)
「ふぅん、ハート貝って、そんな風に使うんだぁ。知らなかった」
私の腕にくっついていたベティさんが、小さな声で呟いた。今日はポニーテールの軽装だけど、彼は、ツインテールでかわいいワンピースを着ることも多い。そう、ベティさんは私より少し年上の女の子に見えるけど、男の子なのよね。
「お嬢さん、想いびとに渡せばいいですよ。確か、1年くらい捨てられなければ恋人の証だと、王都では言われてました。何かの強制的があるわけじゃないですが、だからこそ相手の心がわかるんです」
イチニーさん……彼は、ベティさんが男の子だと知っているはずなのに、あえてお嬢さんと言ったのかな。
「そうね。えーっと、1年ほど二人で持っていると恋人になれるの?」
「離れていても繋がりは保てますからね。邪魔なら廃棄されてしまう。ずっと持ち続けるということは、想ってくれているという証なんですよ」
「へぇ、素敵ね」
ベティさんは、少女のように無邪気な笑みを浮かべている。こういう、ペアで持つ不思議なおまじないみたいなことが好きなのかも。
「おい、そのハート貝は、どこに売ってるんだ?」
影武者さんは、イチニーさんに脅すような乱暴な言い方で尋ねた。
「このベルメの海底ダンジョンにありますよ。ただ、一方的に贈っても廃棄されるだけだと思いますよ。それに、ミカンさんには、既に婚約者がいる。受け取ってもらえるかは疑問ですね」
なんだかイチニーさんは、影武者さんを挑発してるみたい。
「は? そんなもん、わからねぇだろ。だいたい、なぜミカンが、おまえみたいなチャラチャラした奴から渡された貝を持っているか理解でき……あぁ、そうか。わかったぞ。ミカンは、その貝の意味を知らなかったんだな?」
私を真っ直ぐに見る影武者さんは、少し虚な目をしていた。彼のメンタルは、まだ死に向かっているのか。
(でも、ごまかすべきじゃないよね)
私は、スゥハァと深呼吸をして、口を開く。
「カゲムシャさん、私は、イチニーさんに何度も命を救われたわ。幼い頃は、私は何もできない弱い存在だった。そしてその頃は、頻繁に命を狙われていたから」
「あっ……」
影武者さんは、私が『エリザの妹』だということを思い出したみたい。
「ベルメの海の転移事故のときは、イチニーさんがいなかったら、私は死んでいたと思う。彼は私を、必死に守ってくれたんだよ? 人を見た目で判断しちゃダメだよ」
「そうか……恩人なんだな。俺にとってミカンが恩人であるように……」
影武者さんは、暗い表情をしてうつむいた。だけど、顔をあげたときには、いつもの表情に戻っていた。
そんな影武者さんの様子を、イチニーさんはジッと見ている。彼は、イチニーさんの姿のときでも、他の能力を使えるのかな。だとすると、彼は、影武者さんの心を探りたかったのかもしれない。
(彼は、影武者さんを試したのかも)
「おい、ミカン、様子がおかしいぞ」
レオナードくんが、第三層への通路を指差している。
(メリルの奴隷か)
どこからか転移してきた同じ顔の人達。メリルの奴隷とは言っても、カメキチになった彼とは違う顔をしている。
空の星さんの近くに、時雨さんとみっちょんが転移してきた。時雨さんは魔道具を使うから、ダンジョン内転移もできるみたい。
「あっ、みか……ミカンさん、レオナードさんも居たんですね。海からの転移があったよ」
時雨さんは、私のクラスメイトがいるから配慮して、言葉を選んでいる。やはり、アレは新たに投入されたメリルの奴隷とクローン人間なのね。
「シグレニさん、久しぶりだね。海からの転移って何?」
レオナードくんは、メリル星から来た異世界人がこの世界を乗っ取ろうとしていることを、知らないよね。
「友好的な異世界人を排除しようとする団体がいます。奴隷からクローン人間を作って兵器にしているようです。私達は、友好的な異世界人を守るミッションを受けてきました」
「そうか、じゃあ、俺達と共闘しよう。ユフィラルフ魔導学院の15組は、シャーマンだらけだから役立つはずだぜ。イチニーも手伝えよ」




