132、イチニーさんの目的は何?
「カゲムシャ? あぁ、暗殺ばかりやっているAランク冒険者か。確かにシャーマン家からすれば、厄介者だ。そんな奴がミカンに仕えるだと? ふざけんなよ」
レオナードくんは、影武者さんに対して敵意を向けた。レオナードくんがこんな反応をするのは、初めて見たかも。
「お坊ちゃんには理解できねぇだろうけどな。ミカンが政略結婚する相手のことを考えれば、俺みたいな護衛がいる方がいいだろ」
「確かに謎の多い老人だろうけど、ミカンはダークロード家なんだぜ? 強い使用人ならいくらでもいる」
「どんなオッサンが爺さんか知らねぇけどな、ミカンのことなんて放置するき決まってる。嫁いだ先で、ミカンが嫌な目に遭うのは明らかだろ。俺がついていてやらないとな」
(ちょっと、二人とも……)
レオナードくんと影武者さんの口論を、イチニーさんは真顔で聞いている。
自分のことをオッサンとか老人と言われても、素性を明かせないから黙っているしかないよね。だけど、いい気はしないはず。
「そういうケンカは、私のいない所でやってくださる?」
私が冷たく言い放つと、彼らはハッとしたみたい。
「いや、ミカン、別にケンカってわけじゃないけどさ。本気で、人斬りを護衛にする気かよ?」
(返事が難しい)
だけど、ここで断るわけにはいかない。影武者さんの生きる意味が、私の護衛になることなら……。
「私の護衛には、剣術だけでなく様々な教養が必要よ。それを学ばない人は雇えないわね」
私がそう言うと、二人は異なる表情を浮かべた。レオナードくんは、私が拒否したと思ったみたい。そして影武者さんは、私が許諾したと受け止めたのね。
(まぁ、いっか)
「へぇ、ミカンさんの護衛になりたいんですか。それは困ったな。私もミカンさんを守るつもりなんですけどね」
イチニーさんが、話に割り込んできた。さっきまでとは違って、いつものチャラチャラした雰囲気だ。
「おい、イチニー、何を言い出すんだ」
「レオナード様、私はずっと前から、ミカンさんが好きだと宣言していたでしょう?」
「だから、おまえは手を出すなって言ってんだよ。ミカンの婚約者は、セレム・ハーツ様だぜ? イチニーみたいな冒険者が、近寄ることなんてできないぞ」
(いや、本人だよ)
「じゃあ、レオナード様が私を紹介してくださいよー」
「はぁ? おまえみたいに飽きっぽい奴を紹介できるわけないだろ。ってか、俺もセレム・ハーツ様に会える身分じゃないぞ」
イチニーさんは、レオナードくんをからかって楽しそうだけど、何をしに来たんだろ?
クラスメイト達は、影武者さんと行動を共にする、空の星さんとベティさんのことも警戒してる。とりあえず、このピリピリした感じをなんとかしなきゃ。
「レオナードくん、紹介するよ。彼らは、シグレニさん経由で知り合いになった冒険者友達だよ。たぶん、シグレニさんも近くにいると思う」
時雨さんの名前を出すと、レオナードくんだけでなく、15組の人達も、少し安心したみたい。時雨さんの知名度の高さと信頼性は、すごいよね。
「それなら、早く言ってくれ。その男が変なことをいうから、警戒したぜ」
「あー、うん。あっ、異世界人の団体さんだよ。みんな、道を開けてあげて」
私達がいた通路を、大量のゲームアバターが通っていく。レオナードくんの姿を見つけると、手を振る人もいる。
(新攻略対象だもんね)
私の姿は、ゲームアバターからは見えないみたい。ゲーム画面に表示される範囲って、結構狭いのよね。
だけど、なぜこんなにゾロゾロと、ここを通っていくんだろう? この先は、何もない第三層なんだけどな。
「ミカン、なぜ大量の異世界人が、この道を下っていくんだ? この先の第三層は行き止まりだぜ。集団迷子かもしれないが、どうする?」
レオナードくんは、自分の仕事を思い出したみたい。だけど、ここを通っていったアバター達は、レア装備を身につけていた。そんな人達が道に迷うわけがない。
「第三層で、集まるのかもしれないね。私達は、この裏に行かないようにする役割があるから、持ち場は離れない方がいいよ」
「そうだな。この先の第三層はただの空洞だから、危険はないか」
他のクラスメイト達も、互いに頷き、ベルメのヘソに繋がる隠し通路の前に立った。
「ミカン、そろそろフィナーレが始まるんじゃねぇか? 狙われるぞ。メリルの奴らに」
影武者さんが、そう耳打ちしてきた。
「フィナーレ? 何それ」
「は? イベント最終日といえば、どこかにスポットが現れるだろ。ポイント2〜3倍、ドロップも2〜3倍のフィナーレフェスティバルだよ」
(知らない……)
空の星さんとベティさんも、コクコクと頷いている。私がぼんやりしていると、ベティさんが私に腕組みをしてきた。今日は、ポニーテールね。
「みかんさん、ランカーなら知ってる穴場だよ。メリルが妨害してくる。一度、フェスティバルが不具合祭になったことがあるんだよね。エリザが若かったから、きっと今頃だよ」
「えっ? そうなの?」
「うん、1周年イベだよ。それで、運営がお詫びのアイテム配布をしなかったから、辞める人が続出したんだよね」
「あっ! 覚えてる! 1周年イベントの最終日、謎のログアウトが起こったよね。時雨さんも怒ってたよ。あれって……そうか、強制ログアウトか」
(それで、イチニーさんも来たのかな)
10周年イベントの最終日に不具合祭になったら、『フィールド&ハーツ』を辞める人が続出するよね。特に、ランキング争いをしている人は、絶対に怒る。下手すると、あちこちのSNSに不満を書き込まれて、サービス終了に追い込まれるかも。
「おい、イチニー、おまえは用があるんだろ?」
レオナードくんはそう言うと、イチニーさんにシッシと追い払うような仕草をした。イチニーさんは、メリルがゲームアバターを狙うのを、ここで待ってるんだよね。
もしかすると、影武者さん達が姿を現したのも、この通路の先で、フィナーレがあるからなのかもしれない。
「はい、用がありますよ」
「じゃあ、さっさと行けよ」
イチニーさんは、私の方をチラッと見ると、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。この顔は、りょうちゃんがよくやる顔だよね。
「私の用事は、ミカンさんとのデートですよ」
彼はそう言うと、私にウインクしてきた。チャラい。
「なっ? そんなわけないだろ」
「見回り時間が終われば、自由ですよね。待ちきれないので、合流することにしたんですよ」
「ミカン、そんな約束をしてたのか?」
「へ? いや……」
「私はミカンさんに、恋人しようと言ってもらったんですよ」
(ちょ、イチ……りょうちゃん!!)




