131、なんだかバチバチ……
それから毎日、私達は、ベルメの海底ダンジョンに行った。だけど、あれ以来、メリル星から来た異世界人には遭遇していない。あちこちに壺や罠は仕掛けられているけど。
私は、学校の見回り担当の日には、ユフィラルフ魔導学院の人達と一緒に行動する必要があった。だけど、時雨さんや影武者さん達は、いつも近くにいてくれたみたい。壺のモンスターが多いときは、こっそり助けてくれたこともある。
そして、ベルメの海底ダンジョン見回りの最終日、私達の前に、まさかの彼が現れた。
◇◇◇
「どこから湧いてきた? 特殊な異世界人か?」
突然、転移魔法で現れた彼に、近くにいた15組の人達は、一気に警戒したみたい。彼の見た目が、ボロボロなコートを着た、怪しい冒険者風だからかな?
そんな皆の反応に喜んでいるのか、彼……イチニーさんは、ニッと悪戯っ子な笑みを浮かべて、辺りを見回していた。レオナードくんの姿を捜しているのかな。
彼の様子は、すぐ近くにいる私には、まるで興味がないようにも見える。彼の素性を知らなかったら、私はきっと傷ついてたと思う。
(たぶん、メリルの目があるからよね)
この付近は、常に、くっつき貝が浮遊している。だけど、ゲームアバターのイベントの邪魔をすることになるから、私達は手出しできない。
確かイチニーさんの称号は、『剣術を極めし者』だったよね? ステイタスは称号に応じたものだと言っていたっけ。それを演出するかのように、腰に何本も剣を下げている。
(ヤバそうな冒険者に見えるよ)
彼が私に素性を明かしたとき、イチニーさんの姿は瀕死の状態だった。メリルの呪いによって、カード自体がマナを失っていたから、ノキのチカラでも半分程度しか回復しなかった。
今、開催中の『フィールド&ハーツ』の10周年イベントの目的は、そんなカードのマナを回復するアイテムの原料となる魔石集めだ。彼だけでなく、多くの王族が、メリル星から来た異世界人によって、そのチカラを削られているからよね。
(あれ? でも、なぜ?)
イチニーさんの姿がセレム・ハーツ様であることは、メリル星から来た異世界人達にはバレてるんだよね? レグルス先生の姿が本体だと思われているって言ってたけど、イチニーさんの姿で、ここに来るのは危険すぎる。
くっつき貝の監視だけじゃない。ベルメの海底ダンジョンのあちこちには、メリルから来た異世界人や奴隷、そしてクローン人間が大量に隠れているんだから。
「おい、イチニー、何をしに来たんだよ? 王都の仕事はどうした?」
彼の姿を見つけたレオナードくんが、すっ飛んできた。不機嫌そうな表情を作っているけど、レオナードくんが再会を喜んでいることは明らかだ。
「レオナード様がチャラチャラしてないかと思いまして、見張りに来たんですよー」
そう言うと、彼は私達にバチッとウインクをした。
(懐かしいな)
「なっ? 誰が……それは、おまえの方だろ、イチニー! ユフィラルフ魔導学院も、結局、初等科を卒業しただけだろ? 名前を授かるまで頑張るって言ってたじゃないか」
レオナードくんは、イチニーさんの素性を知らないみたい。だけど、なぜ彼は、レオナードくんの護衛というかお世話係をしてたのかな。
「レオナード様、私が飽きっぽいことはご存知でしょう? あっ、私のいない間に、ミカンさんと親しくしてたんですか? なぜ、ミカンさんの前に立ってるんです?」
「は? な、何を言ってるんだ」
彼はレオナードくんをからかって遊んでる。この光景も、懐かしいな。
「おい、おまえは、こんな所で何をしてんだ?」
ゲネト先生が、呆れた顔をして現れた。15組の他の人達が、先生を呼びに行ったみたい。今日の見回り担当には、私達の他にイチニーさんを知る人がいないからかな。
「こんにちは! ゲネト先生。ちょっと、ついでに様子を見に来ただけですよ」
「何のついでだ?」
「ふふっ、秘密です」
「そのボロボロな格好は何だ? ベルメの海底ダンジョンを舐めんなよ?」
(確かに……)
だけど、彼がこの場所を舐めてるわけはない。なぜ、防御力の無さそうなボロボロなコートなんだろう?
「舐めてませんよ? ただ、この方がカッコいいでしょ。強そうな冒険者風で」
(はい?)
すると、レオナードくんが口を開く。
「ゲネト先生、すみません。コイツは、俺をからかいに来ただけですよ。ずっと王都にいたはずなんですが、まだ、俺の護衛契約は残してあるので」
「へぇ、レオナードさんの護衛か。あぁ、そう言えば、何年か前に学院で見かけたな」
ゲネト先生にそう言われて、イチニーさんはフフンと愉しげに鼻を鳴らした。
(なんだか上機嫌ね)
「まぁ、いい。今日は見回りの最終日だから、みんな、気合いを入れろよ? 何かの最終日は、たるんだ奴が怪我をするからな」
ゲネト先生はそう言うと、私の方をチラッと見て、スッと姿を消した。持ち場に戻ったみたい。
(私に何かを託された気がする)
「イチニー! 久しぶりに来て、ふざけてんじゃねぇぞ。それから、ミカンには手を出すなよ!?」
(レオナードくん?)
「レオナード様、なぜ、ミカンさんのことになると熱くなるんですか? だいぶ前に、私は宣言しましたよね?」
「あのなー、おまえは王都にいたくせに知らないのか? ミカンには、婚約者がいるんだよ」
「貴族のご令嬢ですから、そりゃそうでしょう。だから、何なのです? 平民である私が、対等に扱っていただけるとでも?」
「なっ? だ、だけど、おまえも実は貴族なんだろ? 複数所持者じゃないか」
「あれ? 複数所持者は、貴族だけでしたっけ?」
「いや、そうとは限らないが……とにかく、ミカンに手出しはするなよ!」
レオナードくんはムキになってるけど、イチニーさんは久しぶりのやり取りが楽しくてたまらないみたい。
(どうしよう……)
「おまえは何者だ?」
(げっ、なぜ出てくるの?)
不機嫌そうな顔をして、影武者さんが姿を現した。その後ろには、空の星さんとベティさんもいる。イチニーさんを知る時雨さんがいない。
「キミは、私のことを知らないの? Aランク冒険者だろ? 会ったことあるよね?」
(なんだかバチバチ……)
「ミカン、この人達は何?」
レオナードくんや、近くにいたクラスメイトは混乱してる。
「あのね、この人達は……」
「俺は、カゲムシャだ。トリッツ家から見れば、厄介者だろうがな。ミカンがダークロード家を離れたら、仕えると決めている」
(ちょ、影武者さん……)




