13、ユフィラルフ魔導学院にて
ユフィラルフ魔導学院での寮生活が始まった。
私の部屋は、貴族専用寮の3階にあるみたい。魔導学院の校舎に一番近い寮らしく、窓からは、校庭での授業の様子が見える。
不思議な授業風景は、見ていて飽きない。先生は女性が多く、学生は圧倒的に男子が多いみたい。この学校は、神託者を目指す人やシャーマンの子が多いと聞いてたけど、そのためなのかな。
乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』では、魔法が飛び出す武器があって、それを装備することで魔法が使えた。私は基本的には、杖ではなく剣を装備していたけど、剣でも炎が飛び出すものがあった。
でも校庭にいる人達は、手には何も持ってない。それなのに手から放たれた光が火や水に変わるから、不思議すぎる。
「ミカン様、昼食を頂いて参りました」
使用人達は、私を部屋の外に出したくないみたい。エリザが帰った後、私は一度も部屋から出ていない。黒服が、学生用の食堂に、毎食の食事を取りに行ってくれる。
「ありがとう」
私は、舌を切られた過去があるためか、味がイマイチよくわからない。だけど、誰かに話すと心配をかけるだけだから、このことは黙っている。
「ユフィラルフ魔導学院の学食は、とても美味しいですよね。私達にも時間をズラして提供してくださるのです」
「ミカン様、明日からは授業が始まります。制服が届きました。サラが同行させていただきますね」
「かわいい制服ですね。きっとお似合いになりますよ。楽しみですね」
私が食べている間、使用人達は、ずっとこんな感じで話しかけてくる。食事中だから、私は頷くだけで聞き流しているけど。
使用人達の話からわかった意外な事実がある。サラ以外の使用人には、名前がないらしい。あだ名のような呼び名はあるけど、この世界の住人は、それすら無い人も少なくないんだって。
(だから、名前は称号なのね)
どの学校も入学するための条件は、称号を得ていることだっけ。冒険者をして何かの称号を得ると、名前を得るために学校へ通う人も多いと言っていた。
私みたいに簡単に名前を得ることができるのは、貴族や有力な商人だけらしい。貴族なら5歳から、そしてその他の有力な家に生まれた人は10歳から、名前を授かることができるみたい。
時雨さんは13歳だと言ってたけど、大きな宿屋の娘だから、10歳で名前を得たのかな。
普通の平民でも冒険者ギルドでカードを作ることは可能らしい。名前の欄には受付番号のような物が記載されるから、その番号を名前代わりに使うこともあるという。
そんな貴重な名前だけど、この世界には、二つ以上の名を持つ人もいるそうだ。どの学校でも、一定以上の成績で卒業すると、卒業特典の一つとして、名前を授かる権利を選択することができるんだって。
エリザは、既に2つの学校を卒業したけど、彼女は家督を継ぐ権利を選択している。私は家督を継がないから……って、その前に生き延びなきゃだよね。
◇◇◇
翌朝、私は制服を着せられ、ここに来てから初めて部屋の外に出た。制服は長袖だから、私の左腕の包帯は隠れている。でも、左手には白い手袋。これは怪我をしていることを表すそうだ。
侍女のサラも、付き添い用の制服を着ている。
「ミカン様、さぁ、参りましょう。今日から、初等科の授業が始まります。サラが常に同行しますから、ご安心くださいね」
(めちゃくちゃ緊張してない?)
ポンと自分の胸を叩いてみせるサラの表情は、緊張でガチガチだった。私を守らなきゃいけないから、だよね。
私は、サラが緊張しているからか、逆に落ち着いていた。身体は5歳児だけど中身は30歳、サラよりずっと歳上だもんね。
◇◇◇
「入学式でも話しましたが、ユフィラルフ魔導学院は、魔術学校の中でも常にトップ争いをしている優良校です。魔法の技術だけでなく学問にも力を入れています。授業を理解できない人は、早い時期に転校されることを薦めます」
広い教室では、付き添いを含めて100人くらいの人がオリエンテーションを聞いている。私のような子供には付き添いが必須みたい。
長々と、つまらない自慢話のような話が続く。
(忍耐力の試練なの?)
この世界にも四季があって、その季節ごとに入学の機会があるんだって。今季、初等科に入学したのは20人程で、魔術科は100人以上だとか。
今この教室にいるのは、初等科の学生だけなのに、人数が合わない。付き添いが多い人もいるのかな。
初めて学校に通う人は、年齢に関係なく初等科から始めるらしい。ただ、初等科だけの学校が各領地にあるから、このユフィラルフ魔導学院の初等科は人数が少ないみたい。
また、この町の名前は、学校の名前をとってユフィラルフと名付けられたそうだ。グリーンロード領の一部だけど、この学校は王立なんだって。
私は、長すぎる自慢話をぼんやりと聞いていたけど、ゴタゴタし始める子もでてきた。
(退屈だもんね)
私と歳が近い子は、こんな話を黙って聞いていられないのだと思う。そんな子供達を必死に黙らせようとする付き添い達。やんちゃな子には、5人くらい付き添っているのかな。
「そこの方! ジッと座っていられないなら、まだ学校は早いのではないですか」
(あらら、叱られてるよ)
だけど、叱られた子供がキレたみたい。なんか暴れてる。話は中断され、暴れる子供は教室から連れ出される。付き添いは5人どころじゃないな。10人以上の人が出て行った。
「ねぇ、キミ、知ってる? あれはレッドロード家の子だよ。ロード系の貴族って、あんな風に暴れても退学にならないらしいよ。ひいきだよね」
前の席に座っていた男の子が、私に話しかけてきた。私と同じくらいの歳に見えるから、貴族の子ね。
私は上手く話せないから、困った顔を作っておく。
「何を気取ってんだ? あっ、キミは左手が使えないのか? 呪いか? だから、ここに入学したんだな」
男の子は、私の白い手袋を見つけて、勝ち誇ったような顔をしてる。確かに、ただの怪我なら魔法で治るもんね。
サラが反論しようとしたけど、私はそれを制した。使用人が変なことを言うと、下手をすると処分される。
(だけど、どうしよう……このチビっ子)
そのとき、ふわっと草原のような香りがした。
「レオナード様、また、女の子に声かけてるんですか」




