127、カメキチへの命令
「影武者さん、それって、みかんちゃんに……」
時雨さんがさらに質問を重ねようとしたけど、影武者さんが手で制した。
「俺は生きる意味が無かった、みかんに会うまではな。俺は、この5年間ずっと死に場所を探していた。だが、みかんはエリザの妹に転生しても自暴自棄にならずに、しぶとく生き抜いてきたんだぜ? しかも、俺の生きる理由を用意してくれた。そんな女に惹かれない奴なんて、いねぇだろ!?」
(ちょ、りょうちゃんがいるのに)
「あら〜、そういうこと〜」
時雨さんは、さっきまでとは違ってニヤニヤしてる。影武者さんへの疑惑が消えたみたい。
りょうちゃんの方をチラッと見ると、彼は表情の読めない笑みを浮かべてた。これは、彼が意識的に感情を隠してるときの表情だ。
そんな彼の変化に気づくと、ゲネト先生は何か話しかけている。ゲネト先生は、りょうちゃんとは親しいのよね。
「おい、おまえは暗殺ばかりしてるじゃないか! みかんの護衛が暗殺者ってのは、どうなんだよ」
みっちょんが、正論で反論してくれた。
「は? 俺が斬ってきたのは、悪人ばかりだぜ? それに、みかんが嫁ぐ先は、はっきり言ってハードすぎる環境だろ。俺みたいなのが側にいる方が安心じゃねぇか。なぁ? みかん」
(ひゃ、こっちに話を振ってきた!)
りょうちゃんの視線も、私に向いた。私が考えてることは、りょうちゃんにはわかるんだよね?
(どうしよう)
私が困っていると、りょうちゃんは寂しげな笑みを浮かべた。えっと、何? なぜ、そんな顔をするの?
すると、5歳児の女の子に化けた精霊ノキが口を開く。
「おまえ、今のままでは力が足りないぞ。みかんの護衛になりたいなら、もっと教養を磨け。ただ強いだけの使用人は、ダークロード家には腐るほどいる。知恵のない護衛は必要ない」
「は? 教養だと? 護衛にそんなものは……あっ、魔力の総量のことか」
(魔力の総量?)
「おまえは、この世界に転生してから学校に通ってないし、ギルドの教育も受けてない。魔力は年齢に関係なく成長するが、精霊の加護は、学びの場にこそ会得機会がある。しょぼい守護精霊の加護さえ無い者が、みかんを守れるわけないだろ」
(そんな話、初耳ね)
だけど影武者さんは、ノキの話に頷いた。時雨さんも、まさかのみっちょんまで大きく頷いている。
「ノキ、私、その話は知らない」
「のわっ? みかんは何を言ってるんだ? あぁ、アタシのせいか……」
ノキが頭を抱えてしまった。
すると、ニヤニヤしていたゲネト先生が口を開く。
「ミカンさん、魔法学で習ったんじゃないのか? 学ぶことで様々な守護精霊の加護を得る機会がある。その媒介となるものが、魔力の総量の変化だ」
(全然、意味がわからない)
「ゲネト先生、私、魔法学はまだ単位が取れてなくて……って、知ってますよね? 15組の皆の成績は」
「ククッ、成績優秀な優等生が、なぜ魔法学だけ避けるのかは、学院の七不思議のひとつになっているぞ」
「はい? まさか」
「ふっ、真面目な話をすれば、キミがすべてを理解しようとするから、魔法学が苦手なんだよ。あんなもんは感覚で適当でいいんだ」
「あんなもんって……」
「あれは意味のない教科だ。だが魔法学を学ぶことで、守護精霊の加護を得る機会が増える。守護精霊となるべき弱い精霊は、人間の数よりも多く存在する。逆の言い方をすれば、守護精霊は人間に加護を与える中で成長し、いずれは自然界を守護する精霊へと育っていくのだ」
「なぜ魔法学を学ぶことで、そんな機会が増えるんですか?」
私がそう尋ねると、まさかのみっちょんが、ポカンとした顔を私に向けた。
「みかん、何を当たり前のことを聞いてるんだ? 守護精霊は、魔法が好きなんだぞ」
「へ? みっちょん、どういうこと?」
「魔法学の薄っぺらい本を開くと、キラキラが出てくるだろ? 相性の良いキラキラが守護精霊になるんだ」
そう言うとみっちょんは、青くキラキラした光を出した。これが、みっちょんの守護精霊?
「へぇ、そんなの初耳だよ。みっちょんは物知りだね。どこで聞いたの? あっ、リゲルさん?」
「む? キャプテンは関係ないぞ。キラキラがしゃべりかけてくるだろ? アナタの守護精霊になろうかなって」
「そうなの? 私、そんな声、一度も聞いたことないよ」
私がそう言うと、みっちょんは、りょうちゃんの方を睨んでる。なぜすぐ睨むかな。守護精霊のことは、神託者の仕事じゃないんだよね?
「みっちょさん、それは、りょうちゃんのせいじゃないわよ? ほら、精霊ノキ様が頭を抱えてる」
(ん? ノキが邪魔してたの?)
時雨さんがそう言うと、みっちょんはノキに視線を移した。だけど、すぐにカメキチの方を見てる。そして、何かに気づいたのか、またポカンとした顔だ。
「アタシが邪魔していたというか……喰ってた」
「えっ? ノキが守護精霊を?」
「守護精霊になる前の弱き光だ。魔物よりもたくさんのマナがあるから……」
(守護精霊喰いなのね、ノキは)
「みかん! 亀吉も喰ってるぞ。魔法の話をしてるとキラキラが近寄ってくるだろ? それを亀吉が喰ってる」
みっちょんに指差されて、カメキチは驚き、甲羅に閉じこもってしまった。みっちょんの大声が苦手みたい。
「なるほどな。あの魔物は、そういう属性か」
ゲネト先生が意味深に呟いた。そういう属性って、何? 守護精霊喰い?
「アタシが使える能力の一部を器に授けた。だから、あの亀は、守護精霊になる前の光を取り込むことができるし、魔物を喰って、マナとして取り込むことができる。みかんが命令すれば、あの亀は大きく成長できるんだ」
(ノキ、それってヒント?)
そう語りかけたつもりだけど、ノキは何も言わない。もしかすると、私が自分の頭で考えたことしか命令できないのかな。
メリルの奴隷だった彼を、ノキは死なせないように頑張ってた。しかも、私のペットの亀吉に似た姿にした。
(そっか、わかったかも)
カメキチは、ノキと同じように、魔物を喰ってマナに変換して自分の力にできるってことよね? メリルの奴隷だった彼には、考える知恵がない。でもカメキチは、メリルの奴隷だったと言った。メリルの奴隷だ、ではなく、メリルの奴隷だったと言ったよね。
「カメキチ! キミの役割を命令するよ」
私がそう言うと、カメキチは頭を出した。つぶらな瞳はキラキラしている。
「カメキチは、このベルメの海底ダンジョンに棲み、ヌシになりなさい。そして、この世界に害となる者を排除しなさい」




