126、影武者さんの宣言
大きな亀は、そーっと頭を出した。かなり臆病なのね。
「あ、あの、ご主人様、カメキチというのは……」
(気になってるんだ)
私の方を真っ直ぐに見るつぶらな瞳は、亀吉にそっくりね。ノキの再現度の高さって凄い。
でも、ミドリガメとはあまりにも違う大きさ。亀を知らないこの世界の人には、魔物に見えるみたい。
「貴方の名前は?」
「名前なんてありません。メリルの奴隷ですから……。あっ、いえ、メリルの奴隷でしたから」
(知能は、低くはないよね?)
チラッとノキに視線を移すと、まだドヤ顔のままだった。ふふっ、かわいい。私の考えがわかっていて何も言ってこないってことは、これでいいのかな。
「じゃあ、貴方は今からカメキチね。亀吉というのは、私が以前飼っていたペットの名前なの。いいかしら?」
「名前をいただけるのですか! こんな卑しい奴隷に……」
(あっ、マズかったっけ)
この世界では名前は、神託者さんから授かるものだよね。いや、神様から授かるんだっけ? メリルの事情は知らないけど。
チラッとりょうちゃんに視線を移すと、軽く頷いてくれた。神託者のりょうちゃんがダメ出しをしないなら、大丈夫かな?
すると、りょうちゃんが口を開く。
「人間の多くは、メリル星と同じく、名前を持たないよ。この世界では、名前は神から授かるものだからね。ただ、キミの場合は、もはや人ではない。自分の見た目が変わったことに気づいているかな」
「あ、あぅ、はい。まだ上手く動かせませんが……。ご主人様に救っていただいたことは理解できています」
「それならいい。今、彼女がキミに与えた名前は、使役するモノの識別のための呼称だよ。人間の名前とは違って、魔物に名を付けるのは主人の自由だ。だが、彼女が大切にしていたペットの名前を付けてもらえた意味は、しっかり考えるといい」
(りょうちゃんの話は難しいな)
メリルの奴隷は教育を受けてないなら、今の話を理解できるのだろうか。
大きな亀……カメキチは、つぶらな瞳で私をじっと見ている。亀吉もたまにジーッと私を見てたよね。目が合っても逸らさない。そういう点も似ていると感じる。
「ご主人様は、私に大きな役割を与えられ、確実な成果を期待されるのですね。あの、精霊様は……えっと、序列がわかりません。教えてください」
(序列?)
私の腕の中にいたノキが、地面に降りた。着地するときには、5歳くらいの少女の姿に変わっていた。
「アタシが代わりに教えてやる! アタシは、みかんの守護精霊だ。名前のない守護精霊は序列が低い。だが、アタシには、最強な名前がある。それを授けてくれたのは、おまえの主人だ」
ビシッとカメキチを指差して、ノキは力強く話した。
「精霊様、えーっと……」
カメキチは必死に考えているけど、わからないみたい。私も、イマイチよくわからない。
「みかん! アタシは、守護精霊の中では最強だし、その辺にいる精霊よりも圧倒的に強いけど、それは、みかんがアタシに2文字の名前を授けてくれたからだ。だから、みかんの方が、序列は上なんだよ」
「ふぅん、でも、序列ってあまり聞かないよね」
「メリル星から来た異世界人には、完全な序列があるようだ。下剋上も珍しくない。この世界なら、家柄ごとにざっくりと地位が決められているが、メリルは完全に一人一人が、順位付けされているようだ」
「へぇ、ノキ、よく知ってるんだね」
「アタシを誰だと思ってるんだ?」
(ふふっ、かわいい)
チビっ子に化けたノキが、ドヤ顔をしてふんぞり返ってる姿は、かわいくてクスッと笑ってしまう。私だけじゃなく、時雨さんやりょうちゃんもニコニコしてるね。
「カメキチ! おまえの使命は、わかっているな?」
(使命?)
そういえば、ノキは、メリルの奴隷を捕まえることに執着していたっけ。それに亀吉と同じアザの亀を、彼の魂の器として用意するなんて、よほどのことだ。
「はい。救われた魂は、ご主人様のものです。ご主人様のためなら何でもします」
(えっ……あ、そういうことか)
カメキチの言葉に、私は少しショックを受けた。だけど、ノキが言っていたのは、こういうことなんだ。生まれたときから奴隷だから……それ以外の生き方ができないんだ。
「みかん、カメキチは何でもやると言っている。決して裏切ることはないぞ。命令を待っている」
(命令って言われても……)
カメキチは、私を真っ直ぐに見つめている。そっか、それで、序列にこだわってたんだ。きっともう、ノキが命じても動かない。こんなことなら、ノキの方が私より序列が上だと言ってくれる方が楽だったな。
ノキは、私に何もヒントをくれない。こっそり念話してくれてもいいんだけど。
「みかん、コイツって、もっと大きくなるのか? 怪獣みたいに」
私が困っていると、影武者さんが声をかけてきた。さっき、ゲネト先生と何か話してたみたいだけど。
すると、みっちょんが何かに気づいたみたい。彼を指差して、ポカンと口を開けている。
「コミュ障はどうしたんだ? みかんに馴れ馴れしくするんじゃねぇぞ。みかんは、私達のフレンドなんだからな」
(みっちょんが、なぜか威嚇してる……)
「は? 俺が誰と親しくしようが、おまえには関係ねぇだろ!」
(へ? 親しい?)
りょうちゃんの視線が突き刺さる。えっと、別に、そういう意味の親しいじゃないよ?
「わかった! 影武者、おまえ、みかんに惚れたんだろ!? だけど、みかんには、政略結婚の相手がいるんだぞ」
「ふん、政略結婚なら別に問題ねぇだろ。どうせ、みかんは、オッサンに放置される。俺が……お、俺が、みかんを守りたいと言っても、何の問題もないじゃねぇか!」
(へ? 何?)
影武者さんの方を見ると、彼は、真っ直ぐに私の顔を見ていた。りょうちゃんが居るのに……。
「みかん、俺は、おまえに仕えるぜ。今はグリーンロード家から裏切りだとか言われそうだから、おまえが政略結婚したら、俺を護衛にしろ」
「ええっ?」
険しい表情をした時雨さんが口を開く。
「みかんちゃんが、セレム・ハーツ様に嫁ぐから? その恩恵を狙ってるの? 影武者さん」
「違う! 俺の兄貴達がグリーンロード本家に仕えているからだ。グリーンロード家とダークロード家は同格だろ」
「じゃあ、なぜ、みかんちゃんの護衛になりたいわけ?」
シーンと静かになった。
(皆が注目してる?)
「俺は……あっ、みかんに勝負を挑まれてるからだ! 俺の方が強いということを、ずっと、一生かけて証明する!」




